婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ

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第十話 王太子の比較

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第十話 王太子の比較

 夜の執務室は静まり返っていた。

 燭台の火がゆらめき、机の上に影を落とす。

 ルーシェは椅子に腰かけ、昼間のやり取りを思い返していた。

「わたくしは未来の王太子妃ですのよ」

 確信に満ちた声。

 だが、その言葉に重さはなかった。

 彼は机の上の書類に視線を落とす。

 王家慈善事業の予算案。

 数字が並ぶ。用途が並ぶ。
 どれも国の信用に関わる。

 軽く扱えるものではない。

 扉が叩かれる。

「入れ」

 側近のベルクが一礼して入室する。

「晩餐会の席次案をお持ちしました」

 ルーシェは受け取り、すぐに視線を走らせる。

「隣国の大使が下がっている」

「はい。昨日の外交状況を反映し——」

「まだ確定していない。前案に戻せ」

「承知しました」

 即断。

 ベルクは一瞬だけ逡巡し、静かに口を開く。

「殿下」

「何だ」

「本日の講義の件ですが」

 ルーシェの手が止まる。

「耳に入ったか」

「一部、でございます」

 ベルクは慎重に言葉を選ぶ。

「未来の妃殿下は……実務を軽視なさっているように見受けられました」

 率直な指摘。

 ルーシェは否定しない。

「理解の段階だ」

「段階であればよろしいのですが」

 沈黙が落ちる。

 やがてベルクは続けた。

「殿下は以前、別の方と面談されたことがございましたね」

 その言葉に、ルーシェの視線が揺れる。

 別の方。

 ナチュ。

 あの面談は形式的なものだった。婚約内定前の顔合わせ。

 だが、記憶は鮮明だ。

 静かな部屋。
 差し出された港湾税の報告書。

 彼が問いかける前に、彼女は答えた。

「今年度の増収は交易路の安定によるものでございます。ただし、来期は調整が必要と存じます」

 理由も添えて。

 数字の裏付けと、先を読む視点。

 華やかさはなかった。

 だが、揺るがぬ安定があった。

 ベルクが言う。

「比較はお避けになるおつもりかと存じますが」

「避けられぬ」

 ルーシェは短く答える。

 王太子である以上、最善を選ばねばならない。

 情ではなく、国益。

「殿下は何をお求めでございますか」

 ベルクの問いは核心だった。

 ルーシェは目を閉じる。

 王家に必要なのは華か。

 それとも、責任を共に負う者か。

 王宮は飾りの場ではない。

 判断の場だ。

 昼間の言葉が蘇る。

「細かいことは殿下がなさればよろしいのでは?」

 その瞬間、胸に生まれた違和感。

 共に立つということは、負担を分けることだ。

 片方が背負い、片方が飾る形ではない。

「ベルク」

「はい」

「婚約とは何だ」

 突然の問い。

 側近は一瞬考え、答える。

「王家にとっては同盟であり、統治の基盤でございます」

「そうだ」

 ルーシェは小さく頷く。

「感情ではなく、機能だ」

 それを理解している者でなければならない。

 彼は窓の外を見た。

 王都の灯りが瞬いている。

 遠くに、静かに灯る一つの館。

 ノーランド家の屋敷。

 あの屋敷には、帳簿を読み、静かに判断する娘がいる。

 彼は拳を軽く握る。

 比較はすべきでない。

 だが、王太子は常に最善を考えねばならない。

「殿下」

 ベルクが低く呼ぶ。

「ご決断は」

 まだ早い。

 だが疑念は芽生えた。

 それは消えるどころか、確実に広がっている。

 ルーシェは静かに言う。

「もう少し見る」

 それが今の答えだった。

 だが心の奥では、既に比較は始まっている。

 華と重み。

 肩書と責任。

 どちらが王家に必要か。

 その問いが、夜の静寂の中で深く根を下ろしていった。
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