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第三話 公爵令嬢ですもの
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第三話 公爵令嬢ですもの
午後の陽光が、温室のガラスを透かして柔らかく差し込んでいる。
ノーランド公爵邸の温室は、後妻である公爵夫人の自慢の場所だった。季節外れの花々が咲き誇り、香りが重く漂う。
その中央で、コンキュは優雅に紅茶を口にしていた。
「お母様、昨日の晩餐会、わたくしの方がずっと似合っておりましたわよね?」
「もちろんよ。あなたは生まれながらにして華やかですもの」
公爵夫人は柔らかく微笑む。
ナチュは温室の入口でその様子を見ていた。呼び出されたのは、来期の夜会計画について相談があるからだと聞いていたが、話題は専ら衣装と宝石のことだった。
「お姉様もいらしたの?」
コンキュが振り返る。
「お忙しいのではなくて? 帳簿とにらめっこでしょう?」
「その通りですわ」
ナチュは穏やかに答える。
「夜会の予算についてご相談があると伺いました」
コンキュは小さく肩をすくめた。
「まあ、そんな難しい話ではございませんわ。ただ、次の夜会はもっと華やかにしたいのです。王太子殿下もいらっしゃるかもしれませんし」
その名が出ると、温室の空気がわずかに変わる。
「そのために、装花を倍にして、楽団も増やして……」
「予算を確認させていただきます」
ナチュは淡々と応じる。
コンキュは首を傾げる。
「確認? そんなの必要ございます?」
「必要でございます」
「どうして?」
その問いは、本気だった。
「だって、わたくしたちは公爵令嬢ですもの」
コンキュは当然のように言う。
「夜会を華やかにするのは当然ですわ。費用のことなど、家令が整えてくれますでしょう?」
公爵夫人も小さくうなずく。
「そうね。あなたはお姉様と違って、華やかな場が似合うわ」
ナチュは二人を見つめる。
「華やかさには、支えがございます」
「支え?」
「予算でございます」
コンキュはくすりと笑う。
「お姉様は本当に真面目ですわね。でも、そういう面倒なことは、下の者がやるものです」
その言葉には悪意がない。ただ、信じ切っているのだ。
「お姉様はどうしてそんなに働かれるの? 公爵令嬢がそこまでなさる必要はございませんのに」
ナチュは静かに答える。
「必要があるからです」
「何のために?」
「家のために」
コンキュは首を傾げる。
「家は、父上が守るものではなくて?」
ナチュは一瞬、言葉を選ぶ。
「父上は名目上の当主でございます」
「名目上?」
「実務は別でございます」
コンキュの目がわずかに細くなる。
「つまり、お姉様はご自分が家を回しているとおっしゃりたいの?」
「申し上げておりません。ただ、必要なことをしているだけです」
公爵夫人が紅茶を置く。
「ナチュ、あなたは少し出過ぎです。公爵令嬢がそこまで表に出るものではありません」
「表には出ておりません」
「でも噂は広まるわ。あなたが帳簿を握っていると」
ナチュは静かに答える。
「噂よりも、実態が重要です」
コンキュは立ち上がり、花を一輪摘む。
「わたくしは、王宮に入れば書類を見る必要などございませんわ」
「どうしてそうお思いに?」
「王宮には官僚がいるでしょう? 侍女も侍従も。わたくしは指示するだけでよろしいのです」
その声音に疑念はない。
「わたくしは公爵令嬢ですもの」
ナチュは目を伏せる。
同じ家に生まれながら、思想はここまで違う。
責任を負う者と、責任を委ねる者。
その差は、いずれ表に出る。
「夜会の件、詳細をまとめてお持ちします」
ナチュは一礼し、温室を後にした。
廊下を歩きながら、胸の奥に微かな不安が芽生える。
もしコンキュが本当に王宮へ入れば。
あの思想のままで。
帳簿の重みを知らぬままで。
それは家の問題ではなく、国の問題になる。
窓の外に広がる領地は穏やかだった。
だが温室で交わされた言葉は、静かに未来へ影を落としている。
公爵令嬢であるという意味を、理解している者は誰か。
その答えは、もう決まりつつあった。
午後の陽光が、温室のガラスを透かして柔らかく差し込んでいる。
ノーランド公爵邸の温室は、後妻である公爵夫人の自慢の場所だった。季節外れの花々が咲き誇り、香りが重く漂う。
その中央で、コンキュは優雅に紅茶を口にしていた。
「お母様、昨日の晩餐会、わたくしの方がずっと似合っておりましたわよね?」
「もちろんよ。あなたは生まれながらにして華やかですもの」
公爵夫人は柔らかく微笑む。
ナチュは温室の入口でその様子を見ていた。呼び出されたのは、来期の夜会計画について相談があるからだと聞いていたが、話題は専ら衣装と宝石のことだった。
「お姉様もいらしたの?」
コンキュが振り返る。
「お忙しいのではなくて? 帳簿とにらめっこでしょう?」
「その通りですわ」
ナチュは穏やかに答える。
「夜会の予算についてご相談があると伺いました」
コンキュは小さく肩をすくめた。
「まあ、そんな難しい話ではございませんわ。ただ、次の夜会はもっと華やかにしたいのです。王太子殿下もいらっしゃるかもしれませんし」
その名が出ると、温室の空気がわずかに変わる。
「そのために、装花を倍にして、楽団も増やして……」
「予算を確認させていただきます」
ナチュは淡々と応じる。
コンキュは首を傾げる。
「確認? そんなの必要ございます?」
「必要でございます」
「どうして?」
その問いは、本気だった。
「だって、わたくしたちは公爵令嬢ですもの」
コンキュは当然のように言う。
「夜会を華やかにするのは当然ですわ。費用のことなど、家令が整えてくれますでしょう?」
公爵夫人も小さくうなずく。
「そうね。あなたはお姉様と違って、華やかな場が似合うわ」
ナチュは二人を見つめる。
「華やかさには、支えがございます」
「支え?」
「予算でございます」
コンキュはくすりと笑う。
「お姉様は本当に真面目ですわね。でも、そういう面倒なことは、下の者がやるものです」
その言葉には悪意がない。ただ、信じ切っているのだ。
「お姉様はどうしてそんなに働かれるの? 公爵令嬢がそこまでなさる必要はございませんのに」
ナチュは静かに答える。
「必要があるからです」
「何のために?」
「家のために」
コンキュは首を傾げる。
「家は、父上が守るものではなくて?」
ナチュは一瞬、言葉を選ぶ。
「父上は名目上の当主でございます」
「名目上?」
「実務は別でございます」
コンキュの目がわずかに細くなる。
「つまり、お姉様はご自分が家を回しているとおっしゃりたいの?」
「申し上げておりません。ただ、必要なことをしているだけです」
公爵夫人が紅茶を置く。
「ナチュ、あなたは少し出過ぎです。公爵令嬢がそこまで表に出るものではありません」
「表には出ておりません」
「でも噂は広まるわ。あなたが帳簿を握っていると」
ナチュは静かに答える。
「噂よりも、実態が重要です」
コンキュは立ち上がり、花を一輪摘む。
「わたくしは、王宮に入れば書類を見る必要などございませんわ」
「どうしてそうお思いに?」
「王宮には官僚がいるでしょう? 侍女も侍従も。わたくしは指示するだけでよろしいのです」
その声音に疑念はない。
「わたくしは公爵令嬢ですもの」
ナチュは目を伏せる。
同じ家に生まれながら、思想はここまで違う。
責任を負う者と、責任を委ねる者。
その差は、いずれ表に出る。
「夜会の件、詳細をまとめてお持ちします」
ナチュは一礼し、温室を後にした。
廊下を歩きながら、胸の奥に微かな不安が芽生える。
もしコンキュが本当に王宮へ入れば。
あの思想のままで。
帳簿の重みを知らぬままで。
それは家の問題ではなく、国の問題になる。
窓の外に広がる領地は穏やかだった。
だが温室で交わされた言葉は、静かに未来へ影を落としている。
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その答えは、もう決まりつつあった。
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