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第二十九話 門前
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第二十九話 門前
応接室の扉が閉まったあとも、沈黙はしばらく続いた。
元公爵は椅子に腰を下ろしたまま、両手を膝の上に置いている。
かつては、誰よりも高い位置に座っていた。
今は、ただの来客だ。
ナチュは正面に座る。
距離は近い。
だが、立場は遠い。
「用件を、改めて」
その声音は穏やかだが、公的な響きを帯びている。
父は一度目を閉じ、覚悟を固めた。
「サウザー公爵に、お目通りを願いたい」
直接ではなく、段階を踏む。
それがせめてもの礼だと分かっている。
ナチュはわずかに頷く。
「ご趣旨は」
「……復権ではない」
言葉を選ぶ。
「ただ、最低限の生計の保証を」
没収後、王家から与えられた生活資金は限られている。
土地もなく、特権もなく、
ただの平民として生きるには、あまりに不器用な家族だ。
「働き口の斡旋でも構わぬ」
その言葉に、ナチュの指先がわずかに止まる。
父が“働く”という言葉を使ったことが、重い。
かつては考えもしなかったはずだ。
「私の立場では即答できかねます」
当然の返答。
「公爵に報告いたします」
父は深く頭を下げた。
その姿勢は、ようやく本物だった。
廊下に出ると、家令が待っている。
視線は冷静。
かつての主人を見る目ではない。
報告は迅速に行われる。
執務室。
サウザーは書類から目を上げる。
「内容は」
ナチュが簡潔に伝える。
復権ではない。
生活の保証。
労働の斡旋。
感情を排した説明。
サウザーは黙って聞く。
やがて言う。
「王家の決定に逆らうことはできぬ」
「承知しております」
「だが、労働の斡旋は可能だ」
それは救済ではない。
機会だ。
「家名は戻らぬ」
「戻りませぬ」
言葉は短い。
秩序は守られる。
情で揺らがない。
「門前での扱いは」
サウザーの問い。
ナチュは少しだけ視線を伏せる。
「礼を尽くしました」
それで十分だった。
情に溺れず、辱めず。
正統とは、感情を抑えた線引きだ。
再び応接室。
ナチュが戻る。
「公爵は、労働の斡旋について検討されます」
父の肩がわずかに落ちる。
安堵と、屈辱が混ざる。
「……ありがたい」
それ以上は言えない。
ナチュは立ち上がる。
「ただし、家名の復権はございません」
静かな宣告。
父は頷く。
「分かっている」
ようやく、理解している。
門を出るとき、元公爵は振り返らなかった。
振り返る資格はない。
門番が静かに扉を閉める。
それは拒絶ではない。
線引きだ。
ノーランド家は終わった。
だが、人として生きる道は残されている。
それは正統の慈悲ではない。
秩序の中の機会。
門前で、父は初めて“家”の意味を理解した。
地位ではない。
責任を継ぐ者が守るもの。
それが正統だった。
応接室の扉が閉まったあとも、沈黙はしばらく続いた。
元公爵は椅子に腰を下ろしたまま、両手を膝の上に置いている。
かつては、誰よりも高い位置に座っていた。
今は、ただの来客だ。
ナチュは正面に座る。
距離は近い。
だが、立場は遠い。
「用件を、改めて」
その声音は穏やかだが、公的な響きを帯びている。
父は一度目を閉じ、覚悟を固めた。
「サウザー公爵に、お目通りを願いたい」
直接ではなく、段階を踏む。
それがせめてもの礼だと分かっている。
ナチュはわずかに頷く。
「ご趣旨は」
「……復権ではない」
言葉を選ぶ。
「ただ、最低限の生計の保証を」
没収後、王家から与えられた生活資金は限られている。
土地もなく、特権もなく、
ただの平民として生きるには、あまりに不器用な家族だ。
「働き口の斡旋でも構わぬ」
その言葉に、ナチュの指先がわずかに止まる。
父が“働く”という言葉を使ったことが、重い。
かつては考えもしなかったはずだ。
「私の立場では即答できかねます」
当然の返答。
「公爵に報告いたします」
父は深く頭を下げた。
その姿勢は、ようやく本物だった。
廊下に出ると、家令が待っている。
視線は冷静。
かつての主人を見る目ではない。
報告は迅速に行われる。
執務室。
サウザーは書類から目を上げる。
「内容は」
ナチュが簡潔に伝える。
復権ではない。
生活の保証。
労働の斡旋。
感情を排した説明。
サウザーは黙って聞く。
やがて言う。
「王家の決定に逆らうことはできぬ」
「承知しております」
「だが、労働の斡旋は可能だ」
それは救済ではない。
機会だ。
「家名は戻らぬ」
「戻りませぬ」
言葉は短い。
秩序は守られる。
情で揺らがない。
「門前での扱いは」
サウザーの問い。
ナチュは少しだけ視線を伏せる。
「礼を尽くしました」
それで十分だった。
情に溺れず、辱めず。
正統とは、感情を抑えた線引きだ。
再び応接室。
ナチュが戻る。
「公爵は、労働の斡旋について検討されます」
父の肩がわずかに落ちる。
安堵と、屈辱が混ざる。
「……ありがたい」
それ以上は言えない。
ナチュは立ち上がる。
「ただし、家名の復権はございません」
静かな宣告。
父は頷く。
「分かっている」
ようやく、理解している。
門を出るとき、元公爵は振り返らなかった。
振り返る資格はない。
門番が静かに扉を閉める。
それは拒絶ではない。
線引きだ。
ノーランド家は終わった。
だが、人として生きる道は残されている。
それは正統の慈悲ではない。
秩序の中の機会。
門前で、父は初めて“家”の意味を理解した。
地位ではない。
責任を継ぐ者が守るもの。
それが正統だった。
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