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第13話 切り取られる真実
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第13話 切り取られる真実
噂が、先に歩き始めた。
それはいつも、事実よりも軽く、
けれど人の心を刺すには、十分すぎるほど鋭い。
「聞きました?
ヴァルモント夫人が、王立図書院に頻繁に出入りしているそうですわ」
朝の社交サロンで、誰かが囁いた。
名前は出さない。
だが、視線は一斉にジェシカへと向く。
(もう、来たのね)
ジェシカは、紅茶を置き、ゆっくりと顔を上げた。
「勉強は、罪かしら」
その一言で、場の空気が一瞬凍る。
「まあ……熱心ですのね」
「ええ。知らないままでいるよりは」
微笑みは崩さない。
だが、言葉は一歩も引かない。
その日の午後。
王都に流通する新聞――《王都日報》が発行された。
一面の隅。
だが、十分に目立つ位置。
『名門当主夫人、過度な情報収集か』
記事は巧妙だった。
嘘は書いていない。
だが、真実も書いていない。
・王立図書院への出入り
・年代記官との接触
・「白の誓約」に関する調査
それらを並べ、最後にこう締めくくる。
――「夫人の行動は、家の統制を乱すものではないか」
「……上手いわね」
ジェシカは、紙面を見つめながら呟いた。
これは告発ではない。
印象操作だ。
その夜、アルヴィンが部屋を訪れた。
「出たな」
「ええ」
ジェシカは、新聞を差し出す。
「“真実”が、切り取られている」
アルヴィンは、記事を読み、眉を寄せた。
「貴族院が動いたな。
正面から叩けないから、評判を削る」
「私を“危険な妻”に仕立てたいのね」
「……そうだ」
沈黙の後、アルヴィンは低く言った。
「しばらく、大人しくしてくれ。
これ以上は――」
「無理よ」
ジェシカは、はっきり言った。
「沈黙は、認めたことになる」
彼女は、新聞を畳み、机に置く。
「彼らは、私が声を上げる前に、
“信用できない女”にしたいだけ」
「だからこそ、危険だ」
「だからこそ、今なの」
その夜遅く。
ジェシカの元に、再び手紙が届いた。
差出人――エレノア。
――《王都日報》は、貴族院監査派の息がかかっています
――次は、より強い揺さぶりが来るでしょう
――ですが、こちらも準備が整いました
ジェシカは、静かに息を吸った。
翌日。
王立図書院の奥。
「これを」
エレノアが差し出したのは、原本の写しだった。
「白の誓約が作られた年。
当時の王命書です」
そこには、明確に書かれていた。
――『当主配偶者に対し、
知得した事実を制限することを許可する』
「……監禁と同義ね」
「ええ」
エレノアは、淡々と告げる。
「ですが、これまで“公式の場”で提示されたことはありません」
ジェシカは、紙に触れた。
指先が、少し震えた。
「これを出せば――」
「戦争です」
エレノアは、即答した。
ジェシカは、目を閉じる。
恐怖はある。
だが、迷いはなかった。
「なら、覚悟はできている」
帰路。
馬車の中で、ジェシカは窓の外を見つめた。
噂は、彼女を縛る鎖になるかもしれない。
だが――
(切り取られた真実なら、
私が“全部”見せてあげる)
沈黙は、もう選ばない。
歪められた物語を、
正しい形に戻すために。
ジェシカは、
次の一手を打つことを決めていた。
それは――
白い誓約を、公の言葉で語るという選択だった。
噂が、先に歩き始めた。
それはいつも、事実よりも軽く、
けれど人の心を刺すには、十分すぎるほど鋭い。
「聞きました?
ヴァルモント夫人が、王立図書院に頻繁に出入りしているそうですわ」
朝の社交サロンで、誰かが囁いた。
名前は出さない。
だが、視線は一斉にジェシカへと向く。
(もう、来たのね)
ジェシカは、紅茶を置き、ゆっくりと顔を上げた。
「勉強は、罪かしら」
その一言で、場の空気が一瞬凍る。
「まあ……熱心ですのね」
「ええ。知らないままでいるよりは」
微笑みは崩さない。
だが、言葉は一歩も引かない。
その日の午後。
王都に流通する新聞――《王都日報》が発行された。
一面の隅。
だが、十分に目立つ位置。
『名門当主夫人、過度な情報収集か』
記事は巧妙だった。
嘘は書いていない。
だが、真実も書いていない。
・王立図書院への出入り
・年代記官との接触
・「白の誓約」に関する調査
それらを並べ、最後にこう締めくくる。
――「夫人の行動は、家の統制を乱すものではないか」
「……上手いわね」
ジェシカは、紙面を見つめながら呟いた。
これは告発ではない。
印象操作だ。
その夜、アルヴィンが部屋を訪れた。
「出たな」
「ええ」
ジェシカは、新聞を差し出す。
「“真実”が、切り取られている」
アルヴィンは、記事を読み、眉を寄せた。
「貴族院が動いたな。
正面から叩けないから、評判を削る」
「私を“危険な妻”に仕立てたいのね」
「……そうだ」
沈黙の後、アルヴィンは低く言った。
「しばらく、大人しくしてくれ。
これ以上は――」
「無理よ」
ジェシカは、はっきり言った。
「沈黙は、認めたことになる」
彼女は、新聞を畳み、机に置く。
「彼らは、私が声を上げる前に、
“信用できない女”にしたいだけ」
「だからこそ、危険だ」
「だからこそ、今なの」
その夜遅く。
ジェシカの元に、再び手紙が届いた。
差出人――エレノア。
――《王都日報》は、貴族院監査派の息がかかっています
――次は、より強い揺さぶりが来るでしょう
――ですが、こちらも準備が整いました
ジェシカは、静かに息を吸った。
翌日。
王立図書院の奥。
「これを」
エレノアが差し出したのは、原本の写しだった。
「白の誓約が作られた年。
当時の王命書です」
そこには、明確に書かれていた。
――『当主配偶者に対し、
知得した事実を制限することを許可する』
「……監禁と同義ね」
「ええ」
エレノアは、淡々と告げる。
「ですが、これまで“公式の場”で提示されたことはありません」
ジェシカは、紙に触れた。
指先が、少し震えた。
「これを出せば――」
「戦争です」
エレノアは、即答した。
ジェシカは、目を閉じる。
恐怖はある。
だが、迷いはなかった。
「なら、覚悟はできている」
帰路。
馬車の中で、ジェシカは窓の外を見つめた。
噂は、彼女を縛る鎖になるかもしれない。
だが――
(切り取られた真実なら、
私が“全部”見せてあげる)
沈黙は、もう選ばない。
歪められた物語を、
正しい形に戻すために。
ジェシカは、
次の一手を打つことを決めていた。
それは――
白い誓約を、公の言葉で語るという選択だった。
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