白い仮面の結婚を捨てた私が、裁かれない場所を作るまで

ふわふわ

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第12話 静かなる同盟

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第12話 静かなる同盟

 

 夜更けの屋敷は、昼間よりも饒舌だ。

 誰もいないはずの回廊に、足音が重なり。
 閉じたはずの扉の向こうで、紙の擦れる気配がする。

(見られている)

 ジェシカは、それを恐怖ではなく、前提として受け止めていた。

 

 その夜、彼女は一通の手紙を受け取った。
 差出人はなく、封蝋は古い家紋――王都文官家系のもの。

 中身は、短い一文だけ。

 

 ――「あなたは、独りではありません」

 

 心臓が、静かに脈打つ。

 

 指定されたのは、翌日の午後。
 王立図書院の最奥、閉架閲覧室。

 

 ジェシカは、誰にも告げずに向かった。
 監視を撒くためではない。
 “堂々と”動くことで、相手の出方を見るためだ。

 

 閉架閲覧室には、すでに一人の女性がいた。

 落ち着いた灰色のドレス。
 年齢は三十前後。
 派手さはないが、視線だけが鋭い。

「はじめまして、ジェシカ・ヴァルモント夫人」

 

「あなたは?」

 

 女性は、静かに名乗った。

「エレノア。
 王立年代記編纂官の一人です」

 

 年代記官――
 それは、王国の“公式な歴史”を書く者。

 

「なぜ、私に?」

 

 エレノアは、薄く笑った。

「あなたが、記録されていない事実に触れたから」

 

 彼女は、一冊の古文書を机に置いた。

「白の誓約は、三代前に作られた制度です。
 名目は『貴族家保護』。
 実態は――不都合な真実の隔離」

 

 ページをめくると、消された名前が並んでいた。

 追放。
 失踪。
 早逝。

 

「真実を知った妻たちは、例外なく排除されました」

 

 ジェシカは、静かに問う。

「私は、次?」

 

「その可能性は、高い」

 

 だが、エレノアは続けた。

「――だから、あなたを消す前に、利用しようとする者もいる」

 

「利用?」

 

「貴族院内部にも、白の誓約を危険視する派閥が存在します。
 ただし、正面から壊す力はない」

 

 エレノアは、ジェシカを見据えた。

「あなたは、表の顔が“当主夫人”であり、
 裏で真実に触れた唯一の生き証人」

 

 沈黙が落ちる。

 

「……同盟を、持ちかけているの?」

 

「ええ」

 

 エレノアは、はっきり言った。

「あなたが前に出る。
 私たちは、記録で守る」

 

 それは、剣ではなく、歴史で戦うという宣言だった。

 

 ジェシカは、目を伏せる。

 安全ではない。
 むしろ、最も危険な道だ。

 

 だが――

 

「条件があります」

 

「聞きましょう」

 

「私は、操られない。
 利用されるなら、こちらも利用します」

 

 エレノアは、わずかに目を細め、頷いた。

「それでこそ」

 

 その夜、屋敷に戻ると、アルヴィンが待っていた。

「どこへ行っていた」

 

 ジェシカは、嘘をつかなかった。

「歴史に会ってきたわ」

 

 アルヴィンの表情が、硬くなる。

 

「……危険だ」

 

「ええ」

 

 ジェシカは、静かに告げる。

「でも、もう決めたの。
 私は“消される側”にはならない」

 

 彼女は、一歩近づいた。

「あなたが沈黙を選ぶなら、私は声になる」

 

 アルヴィンは、何も言えなかった。

 

 その沈黙は、否定ではない。
 同意でもない。

 だが――
 覚悟の始まりだった。

 

 白い誓約は、もはや家の内側だけの問題ではない。

 歴史が、
 貴族院が、
 そしてジェシカ自身が――

 静かに、同じ方向へ動き始めていた。
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