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第21話 静かな逆流
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第21話 静かな逆流
変化は、必ずしも喝采とともに訪れるわけではない。
王都の朝は、いつもと同じように始まっていた。
市場は開き、鐘は鳴り、人々は日常を装う。
だが、その水面下で――
確実な逆流が生まれていた。
「調査委員会の動きが、速すぎる」
そう囁かれ始めたのは、評議会の決定から十日後のことだった。
ジェシカは、書斎で報告書に目を通していた。
アルヴィンが、低い声で告げる。
「古参派が、水面下で動いている」
「予想通りね」
彼女は、ページを閉じた。
制度が揺れれば、
それを“守ることで利益を得てきた者”が動く。
それは自然な反応だった。
「具体的には?」
「白の誓約を“自発的な美徳”として再定義する動きだ」
ジェシカは、ふっと息を吐いた。
「強制ではない。
でも、選ばなかった者が“劣って見える”構図ね」
アルヴィンが、苦く笑う。
「さすがに理解が早い」
数日後、その動きは形となって現れた。
社交界で広まる、新しい言葉。
――『純白の意思』。
白の誓約を結ぶことは、
強制ではなく、
高潔で、誇るべき“選択”である。
そういう物語が、丁寧に流布され始めた。
「上手いわね」
ジェシカは、噂話を聞きながら呟いた。
「露骨な反発はしない。
代わりに、“空気”を作る」
否定しなくても、
沈黙していれば、選択肢は一つに見える。
――かつてと、同じ手口。
その夜、ジェシカのもとに一通の手紙が届いた。
『白の誓約を選ばなかったことで、
婚約を破棄されました
私は、間違っていたのでしょうか』
震える文字。
まだ若い令嬢のものだった。
ジェシカは、静かに目を閉じる。
(来た)
これは、反撃ではない。
揺り戻しだ。
翌日。
ジェシカは、学園での講話の場に立っていた。
集まったのは、令嬢だけではない。
貴族の子息たちも、後方にいた。
「今日は、制度の話はしません」
ざわめき。
「代わりに、一つだけ聞かせてください」
彼女は、穏やかに問いかけた。
「あなた方は――
選んだ理由を、言葉にできますか?」
沈黙。
「白を選んでもいい。
選ばなくてもいい」
ジェシカは、はっきりと言った。
「でも、“説明できない選択”は、
いつか誰かを傷つける」
誰かが、息を呑む音がした。
「誇りは、
他人を測る物差しじゃない」
その言葉は、
静かに、しかし確実に場に染み込んでいった。
講話の後。
一人の少年貴族が、ジェシカに声をかけた。
「……僕は、白を選ぶつもりです」
「そう」
ジェシカは、頷いた。
「理由は?」
少年は、少し考え、答えた。
「自分が、そう在りたいからです。
誰かに命じられたからじゃない」
ジェシカは、微笑んだ。
「それなら、いい」
選択が、
初めて“自分の言葉”を持った瞬間だった。
屋敷に戻り、アルヴィンが言う。
「敵は、手強い」
「ええ」
ジェシカは、窓の外を見た。
「でも、もう戻らない」
制度は、形を変えようとする。
価値観も、簡単には変わらない。
それでも。
理由を問われる世界は、
もう始まってしまった。
白い仮面は、
再び被られようとしている。
だが今度は――
それが仮面だと、皆が知っている。
静かな逆流は、
確かに、次の波を呼んでいた。
変化は、必ずしも喝采とともに訪れるわけではない。
王都の朝は、いつもと同じように始まっていた。
市場は開き、鐘は鳴り、人々は日常を装う。
だが、その水面下で――
確実な逆流が生まれていた。
「調査委員会の動きが、速すぎる」
そう囁かれ始めたのは、評議会の決定から十日後のことだった。
ジェシカは、書斎で報告書に目を通していた。
アルヴィンが、低い声で告げる。
「古参派が、水面下で動いている」
「予想通りね」
彼女は、ページを閉じた。
制度が揺れれば、
それを“守ることで利益を得てきた者”が動く。
それは自然な反応だった。
「具体的には?」
「白の誓約を“自発的な美徳”として再定義する動きだ」
ジェシカは、ふっと息を吐いた。
「強制ではない。
でも、選ばなかった者が“劣って見える”構図ね」
アルヴィンが、苦く笑う。
「さすがに理解が早い」
数日後、その動きは形となって現れた。
社交界で広まる、新しい言葉。
――『純白の意思』。
白の誓約を結ぶことは、
強制ではなく、
高潔で、誇るべき“選択”である。
そういう物語が、丁寧に流布され始めた。
「上手いわね」
ジェシカは、噂話を聞きながら呟いた。
「露骨な反発はしない。
代わりに、“空気”を作る」
否定しなくても、
沈黙していれば、選択肢は一つに見える。
――かつてと、同じ手口。
その夜、ジェシカのもとに一通の手紙が届いた。
『白の誓約を選ばなかったことで、
婚約を破棄されました
私は、間違っていたのでしょうか』
震える文字。
まだ若い令嬢のものだった。
ジェシカは、静かに目を閉じる。
(来た)
これは、反撃ではない。
揺り戻しだ。
翌日。
ジェシカは、学園での講話の場に立っていた。
集まったのは、令嬢だけではない。
貴族の子息たちも、後方にいた。
「今日は、制度の話はしません」
ざわめき。
「代わりに、一つだけ聞かせてください」
彼女は、穏やかに問いかけた。
「あなた方は――
選んだ理由を、言葉にできますか?」
沈黙。
「白を選んでもいい。
選ばなくてもいい」
ジェシカは、はっきりと言った。
「でも、“説明できない選択”は、
いつか誰かを傷つける」
誰かが、息を呑む音がした。
「誇りは、
他人を測る物差しじゃない」
その言葉は、
静かに、しかし確実に場に染み込んでいった。
講話の後。
一人の少年貴族が、ジェシカに声をかけた。
「……僕は、白を選ぶつもりです」
「そう」
ジェシカは、頷いた。
「理由は?」
少年は、少し考え、答えた。
「自分が、そう在りたいからです。
誰かに命じられたからじゃない」
ジェシカは、微笑んだ。
「それなら、いい」
選択が、
初めて“自分の言葉”を持った瞬間だった。
屋敷に戻り、アルヴィンが言う。
「敵は、手強い」
「ええ」
ジェシカは、窓の外を見た。
「でも、もう戻らない」
制度は、形を変えようとする。
価値観も、簡単には変わらない。
それでも。
理由を問われる世界は、
もう始まってしまった。
白い仮面は、
再び被られようとしている。
だが今度は――
それが仮面だと、皆が知っている。
静かな逆流は、
確かに、次の波を呼んでいた。
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