婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ

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第19話 追い詰められた選択

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第19話 追い詰められた選択

返還期限まで、
残された日数は少なかった。

アセルス・アウストラリスは、
机の上に広げた帳簿を前に、
長く息を吐く。

数字は、
容赦なく現実を突きつけてくる。

王家の名で動かせる資金。
個人として把握していた資産。
売却可能な私物。

――どれを足しても、
到底足りない。

(……詰んでいる)

その事実を、
ようやく認めざるを得なかった。

派閥は動かない。
商会は冷たい。
父王に頼れば、
政治的に致命傷となる。

残された選択肢は、
ごくわずかだった。

その時、
執務室の扉が、
控えめに叩かれた。

「……入れ」

姿を現したのは、
見覚えのある男だった。

アルベルド商会の下請、
ロスベルド商店の主、
ロズベルド。

「いやぁ殿下、
 お久しぶりで」

軽薄な笑み。
だが、その目は、
状況を正確に測っている。

「……貴様か」

アセルスは、
苛立ちを隠そうともせずに言った。

「たしか、
 ロスベルドとかいう……」

「チンピラ、
 って言われる前に言いますが」

ロズベルドは肩をすくめる。

「これでも、
 ちゃんとした商人でしてね。
 今日は“助け舟”を
 持ってきました」

「助け舟、だと?」

「ええ。
 殿下の借金を、
 一気に返済する方法です」

その言葉に、
アセルスの視線が鋭くなる。

「……そんなものが
 あるはずがない」

「ありますよ」

ロズベルドは、
懐から一枚の書類を取り出し、
机の上に置いた。

「ここにサインを
 いただくだけで」

「返済は、
 私どもが肩代わりします」

「アルベルド商会にも、
 話は通してあります」

紙に目を落とした瞬間、
アセルスの眉がひそむ。

「……身柄提供?」

「簡単に言えば、
 “労務契約”です」

「少々長期ですが、
 殿下ほどの立場なら、
 すぐに元は取れます」

「ふざけるな」

反射的に吐き捨てる。

「第一王子に、
 そんな契約が
 結べると思うか?」

ロズベルドは、
一瞬だけ沈黙し、
それから静かに言った。

「殿下」

「もう、
 第一王子“だから”
 守られる段階は
 過ぎています」

その言葉は、
刃のように鋭かった。

「このまま期限を迎えれば、
 借金は公になります」

「そうなれば、
 王太子候補どころか、
 王家にいられるかどうかも
 怪しい」

「どちらを選びます?」

部屋の空気が、
重く沈む。

(……脅し、か?)

そう思いたかった。

だが、
ロズベルドの言葉は、
すべて現実だった。

選択肢は二つ。

――公に破滅するか。
――誰にも知られず、
 姿を消すか。

アセルスは、
書類から目を離せなかった。

そこには、
難解な条文が並んでいる。

だが、
一文だけは、
はっきりと理解できた。

> 「本契約に基づき、
契約期間中、
被契約者は
契約者の指示に従うものとする」



(……従う)

それは、
これまで彼が
他人に向けてきた言葉だった。

「……本当に、
 返済は終わるのだな?」

声が、
かすれる。

「ええ。
 一切、後腐れなく」

ロズベルドは、
即答した。

アセルスは、
目を閉じる。

プライド。
地位。
未来。

それらを、
秤にかける余裕すら、
もう残っていなかった。

この場をしのげば、
何とかなる。

そう思うことでしか、
自分を保てなかった。

「……筆を」

ロズベルドは、
静かに差し出す。

アセルスは、
それを受け取り――
紙の上に、
自分の名を書いた。

その瞬間、
何かが、
決定的に終わった。

だが彼は、
まだ知らない。

この選択が、
「逃げ」ではなく、
完全な退場への
第一歩であることを。

そして――
この契約書こそが、
後に
“自分で自分を売った王子”
と語られる
始まりになることを。

まだ、
彼は理解していなかった。
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