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第18話 積み重なる沈黙
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第18話 積み重なる沈黙
返還請求の書簡を受け取ってから、
数日が過ぎた。
その間、
アセルス・アウストラリスの周囲は、
目に見えて静かになっていた。
――静かすぎる。
かつては、
朝になれば執務室の前に列をなした者たち。
意見を求める貴族、
要望を携えた官僚、
顔を売ろうとする者までいた。
だが今は、
扉の前に立つ者はほとんどいない。
(……皆、忙しいのだろう)
そう思おうとしたが、
廊下の先で誰かが
別の王子の名を口にするのを、
何度も耳にしてしまった。
「リベルタス殿下なら、
午後には時間を取れるそうだ」
「第2王子殿下は、
対応が丁寧で助かる」
そのたびに、
胸の奥がひりつく。
(……代わり、か)
考えまいとすればするほど、
思考は同じ結論に向かう。
誰も明言しない。
誰も否定もしない。
だが――
誰も、
自分を中心に動いていない。
それが、
何より雄弁だった。
午後、
アセルスは久しぶりに
古くからの知己である貴族に
面会を申し込んだ。
返事は、
簡潔だった。
「本日は、
予定が立て込んでおりまして」
翌日も、
同じ答え。
(偶然、か?)
三度目で、
ようやく理解する。
――これは、
断られている。
理由は告げられない。
だが理由は、
誰の目にも明らかだった。
(……王太子では、
ないから)
その言葉が、
頭の中で
はっきりと形を持つ。
夜、
執務机に向かいながら、
アセルスは手を止めた。
インク壺の中身は、
ほとんど減っていない。
書くべき文書が、
ないのだ。
(……何をしてきた?)
自分は、
これまで何を判断し、
何を決めてきたのか。
思い返してみても、
浮かぶのは
「承認した」
「同意した」
という記憶ばかり。
誰かが整えた案を、
誰かが準備した流れを、
自分は“当然”として
受け取ってきただけだった。
(それでも、
うまく回っていた)
――いや。
うまく回していたのは、
周囲だったのだ。
派閥があり、
商会があり、
聖女が――
これから結ばれるはずだった存在があった。
それらを、
自分は
「あるもの」として
扱ってきた。
だが今、
それらは、
一つずつ沈黙している。
否定も、
拒絶もない。
ただ、
離れていくだけ。
「……静かすぎるな」
誰にともなく呟く。
返事はない。
その沈黙こそが、
今の彼の立場を
何よりも正確に
映していた。
この日、
アセルスはようやく――
自分が
“見放されつつある”
という現実を、
言葉にせずとも
理解し始めていた。
だが、
まだ彼は思っている。
(完全に、
終わったわけではない)
取り戻せる。
何か一手を打てば、
流れは変わる。
そう信じている限り、
彼はまだ、
本当の意味では
崩れていなかった。
そしてそれが、
次の選択を――
より致命的なものに
してしまうことを、
この時の彼は
まだ知らない。
返還請求の書簡を受け取ってから、
数日が過ぎた。
その間、
アセルス・アウストラリスの周囲は、
目に見えて静かになっていた。
――静かすぎる。
かつては、
朝になれば執務室の前に列をなした者たち。
意見を求める貴族、
要望を携えた官僚、
顔を売ろうとする者までいた。
だが今は、
扉の前に立つ者はほとんどいない。
(……皆、忙しいのだろう)
そう思おうとしたが、
廊下の先で誰かが
別の王子の名を口にするのを、
何度も耳にしてしまった。
「リベルタス殿下なら、
午後には時間を取れるそうだ」
「第2王子殿下は、
対応が丁寧で助かる」
そのたびに、
胸の奥がひりつく。
(……代わり、か)
考えまいとすればするほど、
思考は同じ結論に向かう。
誰も明言しない。
誰も否定もしない。
だが――
誰も、
自分を中心に動いていない。
それが、
何より雄弁だった。
午後、
アセルスは久しぶりに
古くからの知己である貴族に
面会を申し込んだ。
返事は、
簡潔だった。
「本日は、
予定が立て込んでおりまして」
翌日も、
同じ答え。
(偶然、か?)
三度目で、
ようやく理解する。
――これは、
断られている。
理由は告げられない。
だが理由は、
誰の目にも明らかだった。
(……王太子では、
ないから)
その言葉が、
頭の中で
はっきりと形を持つ。
夜、
執務机に向かいながら、
アセルスは手を止めた。
インク壺の中身は、
ほとんど減っていない。
書くべき文書が、
ないのだ。
(……何をしてきた?)
自分は、
これまで何を判断し、
何を決めてきたのか。
思い返してみても、
浮かぶのは
「承認した」
「同意した」
という記憶ばかり。
誰かが整えた案を、
誰かが準備した流れを、
自分は“当然”として
受け取ってきただけだった。
(それでも、
うまく回っていた)
――いや。
うまく回していたのは、
周囲だったのだ。
派閥があり、
商会があり、
聖女が――
これから結ばれるはずだった存在があった。
それらを、
自分は
「あるもの」として
扱ってきた。
だが今、
それらは、
一つずつ沈黙している。
否定も、
拒絶もない。
ただ、
離れていくだけ。
「……静かすぎるな」
誰にともなく呟く。
返事はない。
その沈黙こそが、
今の彼の立場を
何よりも正確に
映していた。
この日、
アセルスはようやく――
自分が
“見放されつつある”
という現実を、
言葉にせずとも
理解し始めていた。
だが、
まだ彼は思っている。
(完全に、
終わったわけではない)
取り戻せる。
何か一手を打てば、
流れは変わる。
そう信じている限り、
彼はまだ、
本当の意味では
崩れていなかった。
そしてそれが、
次の選択を――
より致命的なものに
してしまうことを、
この時の彼は
まだ知らない。
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