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第20話 消えた第一王子
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第20話 消えた第一王子
契約書に署名した翌朝。
アセルス・アウストラリスは、
王宮の一室で静かに目を覚ました。
天蓋付きの寝台ではない。
見慣れた調度もない。
簡素な部屋――
いや、仮の宿と呼ぶべき場所だった。
「……本当に、
終わったのか」
低く呟いた声は、
誰にも届かない。
昨日まで、
ここが王宮であることは
疑いようのない事実だった。
だが今は、
その感覚が、
遠い記憶のように感じられる。
扉がノックされる。
「殿下――
いえ、
アセルス様」
ロズベルドの声だった。
その呼び方一つで、
立場が変わったことを
嫌でも理解させられる。
「馬車の準備ができました。
少々遠出になりますので」
「……どこへ行く?」
問いかけに、
ロズベルドは肩をすくめた。
「細かいことは、
道中で」
「契約どおりです。
行き先も、
内容も、
すべて“お任せ”ですから」
アセルスは、
それ以上何も言えなかった。
自分で書いた署名が、
すべてを縛っている。
荷物は、
驚くほど少なかった。
身の回りの品と、
最低限の衣服。
王子として集めてきたものは、
ほとんどが
“王家の所有物”だったのだと、
今さら思い知る。
馬車は、
彼の想像よりも
ずっと質素だった。
「……安っぽいな」
思わず口にすると、
ロズベルドが笑う。
「借金持ちですから。
贅沢は言わないでください」
「……」
言い返す言葉は、
もう残っていなかった。
馬車が動き出す。
王宮の門が、
ゆっくりと遠ざかる。
警備兵は、
一礼もしない。
見送る者もいない。
――それが、
答えだった。
(私は、
もう必要とされていない)
胸に浮かんだその思いを、
否定する気力すらなかった。
王都を抜け、
街道に入る。
窓の外を流れる景色は、
驚くほど普通だった。
民は、
彼の存在など
気にも留めていない。
(……世界は、
私がいなくても、
何も変わらない)
それが、
何よりも堪えた。
やがて、
馬車は王国の外縁へ向かう。
「……ここを越えたら?」
「戻れません」
ロズベルドは、
即答した。
「契約上、
そうなります」
アセルスは、
小さく息を吐いた。
恐怖よりも、
奇妙な空虚感が
胸を満たしていた。
この日、
王国から
第一王子の姿は消えた。
公式な発表は、
なされない。
噂だけが、
静かに広がる。
――失脚した。
――姿をくらました。
――幽閉されたらしい。
だが真実は、
誰も知らない。
知っているのは、
馬車に揺られる
一人の青年だけだ。
かつて
「王太子になるはずだった男」は、
こうして、
誰にも見送られず、
歴史の表舞台から
静かに降ろされた。
そして王国では、
何事もなかったかのように――
次の時代が、
動き始めていた。
契約書に署名した翌朝。
アセルス・アウストラリスは、
王宮の一室で静かに目を覚ました。
天蓋付きの寝台ではない。
見慣れた調度もない。
簡素な部屋――
いや、仮の宿と呼ぶべき場所だった。
「……本当に、
終わったのか」
低く呟いた声は、
誰にも届かない。
昨日まで、
ここが王宮であることは
疑いようのない事実だった。
だが今は、
その感覚が、
遠い記憶のように感じられる。
扉がノックされる。
「殿下――
いえ、
アセルス様」
ロズベルドの声だった。
その呼び方一つで、
立場が変わったことを
嫌でも理解させられる。
「馬車の準備ができました。
少々遠出になりますので」
「……どこへ行く?」
問いかけに、
ロズベルドは肩をすくめた。
「細かいことは、
道中で」
「契約どおりです。
行き先も、
内容も、
すべて“お任せ”ですから」
アセルスは、
それ以上何も言えなかった。
自分で書いた署名が、
すべてを縛っている。
荷物は、
驚くほど少なかった。
身の回りの品と、
最低限の衣服。
王子として集めてきたものは、
ほとんどが
“王家の所有物”だったのだと、
今さら思い知る。
馬車は、
彼の想像よりも
ずっと質素だった。
「……安っぽいな」
思わず口にすると、
ロズベルドが笑う。
「借金持ちですから。
贅沢は言わないでください」
「……」
言い返す言葉は、
もう残っていなかった。
馬車が動き出す。
王宮の門が、
ゆっくりと遠ざかる。
警備兵は、
一礼もしない。
見送る者もいない。
――それが、
答えだった。
(私は、
もう必要とされていない)
胸に浮かんだその思いを、
否定する気力すらなかった。
王都を抜け、
街道に入る。
窓の外を流れる景色は、
驚くほど普通だった。
民は、
彼の存在など
気にも留めていない。
(……世界は、
私がいなくても、
何も変わらない)
それが、
何よりも堪えた。
やがて、
馬車は王国の外縁へ向かう。
「……ここを越えたら?」
「戻れません」
ロズベルドは、
即答した。
「契約上、
そうなります」
アセルスは、
小さく息を吐いた。
恐怖よりも、
奇妙な空虚感が
胸を満たしていた。
この日、
王国から
第一王子の姿は消えた。
公式な発表は、
なされない。
噂だけが、
静かに広がる。
――失脚した。
――姿をくらました。
――幽閉されたらしい。
だが真実は、
誰も知らない。
知っているのは、
馬車に揺られる
一人の青年だけだ。
かつて
「王太子になるはずだった男」は、
こうして、
誰にも見送られず、
歴史の表舞台から
静かに降ろされた。
そして王国では、
何事もなかったかのように――
次の時代が、
動き始めていた。
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