婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

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5話 祝宴のその後に

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5話 祝宴のその後に

 王宮では、まだ祝宴の余韻が残っていた。
 婚約破棄から一夜明けても、貴族たちは王太子の決断を「時代の選択」と称え、新聖女セラフィナを囲んでは、未来の王妃として持ち上げている。

「本当に、お美しいですわ。聖女様」 「殿下と並ぶお姿、まるで絵画のようです」

 甘い言葉を浴びながら、セラフィナは困ったように微笑んでいた。

「そんな……私には、まだ分からないことばかりで……」

 その謙虚さが、かえって周囲の好感を集める。
 少なくとも、この場では。

 王太子レオンハルトは、その様子を満足そうに眺めていた。
 ――これで良かったのだ。
 重苦しい空気を纏っていた婚約者よりも、場を明るくする存在の方が、王妃には相応しい。

 そう、頭では理解している。

 だが。

「殿下、次の会合の資料ですが……」

 差し出された書類に目を通した瞬間、彼は眉をひそめた。

「……この数字、前回と違わないか?」

「え?」

 侍従が慌てて確認する。

「本来でしたら、こちらの項目は調整済みのはずで……」

 言葉が途切れ、二人の視線が交わった。

「誰が、その調整を?」

「……フォーマルハウト公爵令嬢、でした」

 まただ。
 その名前が出るたび、胸の奥が僅かにざわつく。

「もういい。後で直せ」

 レオンハルトはそう言い、書類を閉じた。
 だが、“後で”に回された仕事は、そのまま別の業務に押し流されていく。

 午後、別の問題が浮上した。

「殿下、地方貴族からの要望書が滞っています」 「担当は誰だ?」 「……これまでは、フォーマルハウト公爵令嬢が事前に目を通し、優先度を」

 また、彼女だ。

(なぜ、こんなにも――)

 レオンハルトは無意識に机を叩きかけ、寸前で思いとどまった。

「……分かった。今後は、複数人で分担しろ」

 簡単な指示だった。
 だが、それを受けた官僚たちの顔には、不安が浮かぶ。

 誰が、最終判断を下すのか。
 誰が、責任を持つのか。

 その“誰か”が、いない。

 一方、フォーマルハウト領。

 私は朝から執事と共に、領内の村を視察していた。
 畑の様子、倉庫の在庫、冬に向けた備蓄。どれも、王宮では決して見ることのなかった“現実”だ。

「今年は、少し厳しいかもしれません」

 農夫が帽子を手に、不安げに言う。

「ですが、完全な不作ではありません」

「ええ。だからこそ、今のうちに手を打ちましょう」

 私は頷き、簡単な計算を頭の中で組み立てる。

「余剰分は、無理に売らず備蓄に回します。その代わり、種子と道具の支援を」

 農夫の目が見開かれた。

「よろしいのですか?」

「もちろん。領地が痩せては、意味がありませんから」

 それは、王宮で学んだ“数字の感覚”と、ここで必要な“生活の感覚”を繋ぐ作業だった。

 夕刻、屋敷に戻ると、数通の手紙が届いていた。
 中央からのものだ。

 どれも、直接的な要請ではない。
 ただ、困っていることを“それとなく”伝える文面。

 私は封を切らず、脇に置いた。

(……まだ、です)

 困り始めただけでは、足りない。
 自分たちで何を失ったのかを、理解するまでは。

 王宮では今も、祝宴の続きをしているだろう。
 だがその裏で、確実に、歯車は噛み合わなくなっている。

 私は静かに紅茶を口に運び、窓の外を眺めた。

 ――祝っている間に、
 ――失ったものの重さに、気づくといい。

 その時、私はもう、
 王宮の都合で動く存在ではないのだから。
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