婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

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4話 戻る場所、始まる仕事

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4話 戻る場所、始まる仕事

 フォーマルハウト領は、静かだった。
 王都の喧騒とは違い、朝は鳥の声で始まり、風の音で終わる。馬車を降りた瞬間、私は思わず深く息を吸った。

「……空気が違いますね」

「お帰りなさいませ、タリタ様」

 屋敷の前には、年配の執事と使用人たちが整列していた。派手な歓迎はない。ただ、長く主を待っていた家の空気がそこにある。

「留守の間、問題はありませんでしたか?」

 私はそう問いながら、屋敷へと歩き出す。

「大事には至っておりません。ただ……少々、気になる点が」

 執事の声は慎重だった。

 応接室に通され、温かい紅茶が置かれる。
 久しぶりに座るこの椅子は、不思議と王宮の玉座より落ち着いた。

「まずは、帳簿を」

 そう告げると、執事の目がわずかに見開かれた。

「……すぐにご覧になりますか」

「ええ。後回しにする理由はありません」

 差し出された帳簿に目を落とし、私は静かにページをめくる。
 数字は整っている。だが――

(やはり)

 表向きは問題がなくとも、細部に歪みがあった。余分な中間業者、曖昧な契約更新、慣習という名の無駄。

「執事長。この契約、三年前から条件が変わっていませんね」

「……はい。前任の代官が、そのままに」

「更新は保留します。再交渉を」

 淡々と指示を出すと、執事は一瞬ためらい、それから深く頭を下げた。

「承知しました」

 私は気づいていた。
 王宮にいた頃、領地の細かな管理まで手が回らなかったことを。
 支える側に回り続けた結果、自分の足元を見ていなかった。

(今度は、違います)

 午後、私は領内の役人たちを集めた。
 久々の当主の帰還に、彼らは緊張した面持ちで並んでいる。

「突然戻ってきて、驚かせてしまいましたね」

 そう前置きしてから、私は言葉を続けた。

「ですが、これからはこの領地に腰を据えます。皆さんと一緒に、です」

 ざわり、と小さな動揺が走る。

「私は派手な改革をするつもりはありません。ただ、無理のない形に整えたいだけ」

 誰かが、ほっと息をつくのが分かった。

 王宮のように、成果を誇示する必要はない。
 ここでは、暮らしが続くことこそが価値なのだ。

 一方その頃、王宮では。

「……領地の報告が遅れている?」

 財務官が首を傾げる。

「はい。フォーマルハウト領からの定期報告が、形式は整っていますが……以前と比べ、妙に簡潔で」

「簡潔?」

「無駄がない、と言うべきか……」

 誰もが、その理由を口にしなかった。
 だが、心のどこかで察している。

 ――タリタが戻ったのだ、と。

 夕刻。私は屋敷の書斎で、一日の整理をしていた。
 久々に“自分のための仕事”をした疲労は、心地よい。

「……これでいい」

 誰かに評価されなくてもいい。
 拍手も、称賛も、もう要らない。

 私はただ、この場所を守る。

 王宮を離れたことで、失ったものは確かにある。
 だが同時に、取り戻したものもあった。

 ――自分の時間。
 ――自分の判断。
 ――自分の人生。

 その夜、星空を見上げながら、私は静かに確信する。

 ここから先、
 私が何もしなくても、
 王宮は私の“不在”に気づき続けるだろう。

 そして私は、
 ようやく――
 自分の物語を、歩き始めたのだ。
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