婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

文字の大きさ
5 / 40

5話 祝宴のその後に

しおりを挟む
5話 祝宴のその後に

 王宮では、まだ祝宴の余韻が残っていた。
 婚約破棄から一夜明けても、貴族たちは王太子の決断を「時代の選択」と称え、新聖女セラフィナを囲んでは、未来の王妃として持ち上げている。

「本当に、お美しいですわ。聖女様」 「殿下と並ぶお姿、まるで絵画のようです」

 甘い言葉を浴びながら、セラフィナは困ったように微笑んでいた。

「そんな……私には、まだ分からないことばかりで……」

 その謙虚さが、かえって周囲の好感を集める。
 少なくとも、この場では。

 王太子レオンハルトは、その様子を満足そうに眺めていた。
 ――これで良かったのだ。
 重苦しい空気を纏っていた婚約者よりも、場を明るくする存在の方が、王妃には相応しい。

 そう、頭では理解している。

 だが。

「殿下、次の会合の資料ですが……」

 差し出された書類に目を通した瞬間、彼は眉をひそめた。

「……この数字、前回と違わないか?」

「え?」

 侍従が慌てて確認する。

「本来でしたら、こちらの項目は調整済みのはずで……」

 言葉が途切れ、二人の視線が交わった。

「誰が、その調整を?」

「……フォーマルハウト公爵令嬢、でした」

 まただ。
 その名前が出るたび、胸の奥が僅かにざわつく。

「もういい。後で直せ」

 レオンハルトはそう言い、書類を閉じた。
 だが、“後で”に回された仕事は、そのまま別の業務に押し流されていく。

 午後、別の問題が浮上した。

「殿下、地方貴族からの要望書が滞っています」 「担当は誰だ?」 「……これまでは、フォーマルハウト公爵令嬢が事前に目を通し、優先度を」

 また、彼女だ。

(なぜ、こんなにも――)

 レオンハルトは無意識に机を叩きかけ、寸前で思いとどまった。

「……分かった。今後は、複数人で分担しろ」

 簡単な指示だった。
 だが、それを受けた官僚たちの顔には、不安が浮かぶ。

 誰が、最終判断を下すのか。
 誰が、責任を持つのか。

 その“誰か”が、いない。

 一方、フォーマルハウト領。

 私は朝から執事と共に、領内の村を視察していた。
 畑の様子、倉庫の在庫、冬に向けた備蓄。どれも、王宮では決して見ることのなかった“現実”だ。

「今年は、少し厳しいかもしれません」

 農夫が帽子を手に、不安げに言う。

「ですが、完全な不作ではありません」

「ええ。だからこそ、今のうちに手を打ちましょう」

 私は頷き、簡単な計算を頭の中で組み立てる。

「余剰分は、無理に売らず備蓄に回します。その代わり、種子と道具の支援を」

 農夫の目が見開かれた。

「よろしいのですか?」

「もちろん。領地が痩せては、意味がありませんから」

 それは、王宮で学んだ“数字の感覚”と、ここで必要な“生活の感覚”を繋ぐ作業だった。

 夕刻、屋敷に戻ると、数通の手紙が届いていた。
 中央からのものだ。

 どれも、直接的な要請ではない。
 ただ、困っていることを“それとなく”伝える文面。

 私は封を切らず、脇に置いた。

(……まだ、です)

 困り始めただけでは、足りない。
 自分たちで何を失ったのかを、理解するまでは。

 王宮では今も、祝宴の続きをしているだろう。
 だがその裏で、確実に、歯車は噛み合わなくなっている。

 私は静かに紅茶を口に運び、窓の外を眺めた。

 ――祝っている間に、
 ――失ったものの重さに、気づくといい。

 その時、私はもう、
 王宮の都合で動く存在ではないのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

両親に溺愛されて育った妹の顛末

葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。 オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。 「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」 「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」 「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」 妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。

侯爵家に不要な者を追い出した後のこと

mios
恋愛
「さあ、侯爵家に関係のない方は出て行ってくださる?」 父の死後、すぐに私は後妻とその娘を追い出した。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十周年。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング2位、ありがとうございます。

処理中です...