婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

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9話 揺らぎ始めた自信

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9話 揺らぎ始めた自信

 王宮の朝は、慌ただしさから始まった。
 廊下を行き交う侍従たちの表情は硬く、報告書を抱える腕に力が入っている。誰もが、何かが噛み合っていないことを感じていた。

「殿下、今朝の会合ですが……開始を遅らせる必要が」

「またか?」

 レオンハルトは低く息を吐いた。

「理由は?」

「派閥間の意見調整が、間に合っておりません」

 以前なら、会合が始まる頃には自然と折り合いがついていた。
 誰かが根回しをし、誰かが落としどころを用意していた。
 それが、今はない。

「……分かった。遅らせろ」

 短く命じたものの、胸の奥に溜まるものは消えなかった。

 会合が始まると、予感は現実になる。
 些細な言葉の行き違いから議論は荒れ、誰も最終判断を下そうとしない。視線は互いを牽制するばかりで、結論に辿り着かない。

「殿下のお考えは?」

 問われ、レオンハルトは一瞬言葉に詰まった。
 王太子としての決断力はある。だが、細部の影響を一瞬で読み切る感覚は――いつの間にか、誰かに委ねていた。

(……私が、決める)

 そう自分に言い聞かせ、結論を示す。
 だが、室内に広がったのは納得ではなく、戸惑いだった。

 会合後、側近が静かに口を開く。

「殿下、先ほどの決定ですが……反発が出そうです」

「……そうか」

 反発が出ないように整える役目。
 それが欠けている。

 午後、さらに追い打ちがかかった。

「殿下、地方からの要望が増えています。返答が遅れているとの不満が」

「理由は?」

「判断基準が分からない、と」

 基準。
 それを、彼は一度も言語化していなかった。
 誰かが、黙って整えていたからだ。

 執務室に一人残り、レオンハルトは机に肘をついた。

(……自信が、揺らいでいる?)

 そんな弱さを認めること自体、これまでなかった。
 だが今は、否定しきれない。

 一方、フォーマルハウト領。

 私は執事から報告を受け、静かに頷いた。

「市場の価格は安定しています。補修工事も予定通りです」

「ええ。無理なく、続けましょう」

 結果は、数字に表れる。
 ここでは、迷いが仕事を止めることはない。

 夕刻、私は小さな集会所で領民たちの声を聞いていた。

「今年は、助かりました」 「先が見えると、動きやすい」

 その言葉に、私は微笑む。

「先が見えるようにするのが、私の役目ですから」

 特別なことではない。
 ただ、判断し、責任を持つ。それだけだ。

 夜。
 書斎で灯りを落とし、私は今日の記録を閉じた。

 王宮では今、誰かの自信が揺らいでいるだろう。
 それは、失ったものの重さに、ようやく触れ始めた証だ。

 私はため息ひとつつかず、静かに考える。

 ――自信は、支えがあってこそ保たれる。
 それを“当たり前”だと思っていた者ほど、揺らぎは大きい。

 そして私は、
 もう、その支えに戻るつもりはなかった。
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