婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

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21話 静かな余波

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21話 静かな余波

 線が引かれた翌日、王宮は奇妙な静けさに包まれていた。
 嵐の後の凪――そう呼ぶには、まだ早い。だが、少なくとも波の向きは定まっている。

「殿下、昨夜の決定に対する反応です」

 側近の声は淡々としていた。
 感情を挟む余地が、減ったのだ。

「離脱は三件。交渉継続が五件。全面的な追随が七件」

「想定通りだ」

 レオンハルトは書類を閉じる。
 数字は嘘をつかない。選択の結果が、静かに並ぶだけだ。

 午前の会合は短かった。
 議題は確認のみ。異論は出ない。出せないのではない――出す理由がない。

「基準に沿って進めます」 「例外はありません」

 その二文で、話は終わる。
 誰かの顔色を伺う時間は、もう割かれない。

(……これが、普通になる)

 レオンハルトは理解していた。
 線を引いた瞬間が最も辛く、その後は“続ける力”が試される。派手さはない。だが、崩れにくい。

 午後、王宮の片隅で、古参の官僚が小さく息を吐いた。

「やりにくいが……分かりやすい」

 誰に聞かせるでもない独り言。
 それが、この改革の評価だった。

 一方、フォーマルハウト領。
 朝の巡回は、いつもと変わらない。市場は動き、倉庫は回り、修繕は予定通り。私は集会所で短い打ち合わせを行った。

「来週の補修は?」 「予定通りです。雨が続けば、一日ずらします」

「判断は現場で」

 それで十分だった。
 線は、ここではずっと前から引かれている。

 昼過ぎ、執事が報告を持ってくる。

「王都では、反応が落ち着いてきたようです」

「そう」

 私はそれ以上、尋ねなかった。
 余波は、遠くまで届くが、波紋の中心に戻る必要はない。

 夕刻、王宮では小さな事件が起きた。
 線を越えようとした取引先が、条件の再提示を求めてきたのだ。

「殿下、どう対応を?」

「通達通り。再提示は受けない」

 一拍の迷いもない。
 線は、越えさせないために引いた。

 夜。
 レオンハルトは執務室に残り、最後の報告に目を通す。
 疲労はある。だが、迷いはない。

(彼女は、戻らない)

 その事実が、今は重荷ではなかった。
 距離があるから、王宮は自分の足で立てる。

 同じ夜、フォーマルハウト領は静かだった。
 私は日誌を閉じ、灯りを落とす。風が木々を揺らし、星が瞬く。

(余波は、静かに消える)

 消えるのではない。
 日常に溶けるのだ。

 線を引いた後に残るのは、派手な勝利ではない。
 続けられる普通――それだけだ。

 私は窓辺に立ち、短く息を吐く。
 戻らない距離は、変わらない。

 だが、その距離の上を、
 静かな余波が――
 確かに、広がっていた。
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