婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

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20話 線が引かれる夜

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20話 線が引かれる夜

 耐える時間は、永遠には続かない。
 王宮では、そのことを誰もが理解し始めていた。疲労は蓄積し、反発は形を変え、沈黙は重さを増す。だが同時に、判断の基準が少しずつ共有され、揺らぎは減っていった。

「殿下、本日の反応です」

 側近が差し出した報告には、三つの欄があった。
 従う者、様子を見る者、離れる者。

「離れる者が、増えました」

「想定内だ」

 レオンハルトは目を上げない。
 線を引けば、必ず離れる者が出る。問題は、その後だ。

 夜の会合は、いつもより静かだった。
 派閥の代表たちは言葉を選び、視線を交わす。誰もが、今日が“節目”になることを感じている。

「期限を、ここで区切るべきだ」 「中途半端は、混乱を長引かせる」 「……殿下の名で、ですか」

 問いに、レオンハルトは頷いた。

「私の名で引く」

 短い沈黙。
 誰も反対しない。反対できない、のではない。ここまで来て、戻る理由が見当たらないのだ。

 文書が回る。
 権限の最終所在、例外の禁止、評価の指標。余白は少ない。逃げ道も少ない。

 署名の瞬間、羽根ペンが紙を擦る音が、やけに大きく響いた。
 線は、引かれた。

 一方、フォーマルハウト領の夜は、穏やかだった。
 私は書斎で日誌を閉じ、灯りを落とす。遠くで夜番の足音が規則正しく続く。

(線は、静かに引くもの)

 声高に宣言しなくてもいい。
 越えないと決め、越えさせないと決める。それだけで、日常は守られる。

 翌朝、王宮は少しだけ静かだった。
 混乱が消えたわけではない。だが、方向が定まった。報告は短く、会議は要点に集中する。

「殿下、離れた取引先が二件」 「代替案は?」 「既に手配済みです」

「続けろ」

 続ける――それは、特別な言葉ではない。
 線を引いた後に、同じ選択を重ねるという意味だ。

 昼過ぎ、レオンハルトは一通の未開封の手紙を引き出しから取り出した。
 返事は、やはり来ていない。

(当然だ)

 彼女は、戻らない。
 だが、その距離が、今の王宮を支えている事実もある。

 一方、フォーマルハウト領では、いつも通り市場が開いていた。
 人の流れは安定し、声は明るい。私は巡回の途中で足を止め、短く頷く。

「問題は?」 「ありません」

「なら、良し」

 それで十分だった。

 夜、王宮では小さな祝杯が上がった。
 派手ではない。疲労の残る顔で、短く杯を合わせる。

「……越えましたな」 「ええ。戻らずに」

 レオンハルトは杯を置き、静かに答えた。

「越えたのは、線だ。道は、これからだ」

 同じ夜。
 私は窓辺に立ち、星を見上げる。

 線が引かれる夜は、静かだ。
 騒がないからこそ、朝は普通に来る。

 戻らない距離は、変わらない。
 だが、その距離があるから、双方の線ははっきりする。

 私は日誌を閉じ、灯りを落とした。
 線は引かれた。
 あとは――続けるだけだ。
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