婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

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19話 耐える時間

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19話 耐える時間

 変化は、必ず遅れて疲労を連れてくる。
 王宮ではいま、その“耐える時間”が始まっていた。

 決裁は速い。
 基準は明確。
 例外は作らない――そう決めた結果、滞っていた案件は流れ始めた。だが同時に、判断を担う者たちの肩に、確かな重みがのしかかる。

「殿下、本日の決裁件数は過去最高です」 「問題は?」 「……即答できない案件が、三件」

 レオンハルトは書類を受け取り、目を通す。
 どれも、正解が複数ある案件だ。だからこそ、これまで時間を稼ぎ、責任を分散してきた。

(逃げ道を、残していた)

 今は、それがない。

「三件とも、方針通りでいく。条件変更はなし」

 側近は一瞬だけ躊躇し、それから頷いた。

「承知しました。反発は――」

「織り込み済みだ」

 声は低く、静かだった。
 だが、退かない声だ。

 昼過ぎ、疲労は会議室に滲み出る。
 部局長の一人が、思わず漏らした。

「……正直に言えば、楽ではありません」

 誰も笑わない。
 誰も否定しない。

「だが、以前よりは分かりやすい」 「判断が、宙に浮かばない」

 言葉は慎重だが、嘘ではない。
 耐える時間の中で、少しずつ“意味”が共有され始めていた。

 一方、フォーマルハウト領。
 朝の空気は澄み、畑では収穫の準備が進んでいる。私は巡回の途中で、農夫と短く言葉を交わした。

「今年は、段取りが早いですね」 「ええ。迷わず動けますから」

 それだけで十分だった。
 耐える時間が短いのは、迷いが少ないからだ。

 昼、倉庫で在庫を確認する。
 数字は想定内。余剰も不足もない。

「補充は?」 「来週で足ります」

「なら、そのままで」

 判断は短く、日常は途切れない。

 同じ頃、王宮では“耐える時間”の副作用が現れ始めていた。
 匿名の不満文書。遠回しな批判。派閥間の小競り合い。

「殿下、空気が荒れています」 「知っている」

 レオンハルトは窓の外を見た。
 晴れている。だが、視界は澄まない。

(彼女は、これを一人で)

 そう思いかけて、彼は首を振る。
 比較しても意味はない。今は、ここを耐えるしかない。

 夜。
 執務室に残り、最後の書類に署名する。
 手は、少しだけ重い。

 一方、フォーマルハウト領の夜は静かだった。
 私は日誌を閉じ、灯りを落とす。遠くで虫の音が続く。

(耐える時間は、無駄じゃない)

 耐えた分だけ、基準は身体に馴染む。
 逃げなければ、やがて“普通”になる。

 王宮がこの時間を越えられるかどうか。
 それは制度の問題ではない。人の問題だ。

 私は窓辺に立ち、夜風を感じる。
 戻らない距離は、変わらない。
 だが、その距離があるからこそ、見えるものもある。

 耐える時間は、終わりへ向かう。
 終わった時、残るのは――
 覚悟か、疲弊か。

 王宮は、今まさに、
 その分岐点に立っていた。
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