婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

文字の大きさ
19 / 40

19話 耐える時間

しおりを挟む
19話 耐える時間

 変化は、必ず遅れて疲労を連れてくる。
 王宮ではいま、その“耐える時間”が始まっていた。

 決裁は速い。
 基準は明確。
 例外は作らない――そう決めた結果、滞っていた案件は流れ始めた。だが同時に、判断を担う者たちの肩に、確かな重みがのしかかる。

「殿下、本日の決裁件数は過去最高です」 「問題は?」 「……即答できない案件が、三件」

 レオンハルトは書類を受け取り、目を通す。
 どれも、正解が複数ある案件だ。だからこそ、これまで時間を稼ぎ、責任を分散してきた。

(逃げ道を、残していた)

 今は、それがない。

「三件とも、方針通りでいく。条件変更はなし」

 側近は一瞬だけ躊躇し、それから頷いた。

「承知しました。反発は――」

「織り込み済みだ」

 声は低く、静かだった。
 だが、退かない声だ。

 昼過ぎ、疲労は会議室に滲み出る。
 部局長の一人が、思わず漏らした。

「……正直に言えば、楽ではありません」

 誰も笑わない。
 誰も否定しない。

「だが、以前よりは分かりやすい」 「判断が、宙に浮かばない」

 言葉は慎重だが、嘘ではない。
 耐える時間の中で、少しずつ“意味”が共有され始めていた。

 一方、フォーマルハウト領。
 朝の空気は澄み、畑では収穫の準備が進んでいる。私は巡回の途中で、農夫と短く言葉を交わした。

「今年は、段取りが早いですね」 「ええ。迷わず動けますから」

 それだけで十分だった。
 耐える時間が短いのは、迷いが少ないからだ。

 昼、倉庫で在庫を確認する。
 数字は想定内。余剰も不足もない。

「補充は?」 「来週で足ります」

「なら、そのままで」

 判断は短く、日常は途切れない。

 同じ頃、王宮では“耐える時間”の副作用が現れ始めていた。
 匿名の不満文書。遠回しな批判。派閥間の小競り合い。

「殿下、空気が荒れています」 「知っている」

 レオンハルトは窓の外を見た。
 晴れている。だが、視界は澄まない。

(彼女は、これを一人で)

 そう思いかけて、彼は首を振る。
 比較しても意味はない。今は、ここを耐えるしかない。

 夜。
 執務室に残り、最後の書類に署名する。
 手は、少しだけ重い。

 一方、フォーマルハウト領の夜は静かだった。
 私は日誌を閉じ、灯りを落とす。遠くで虫の音が続く。

(耐える時間は、無駄じゃない)

 耐えた分だけ、基準は身体に馴染む。
 逃げなければ、やがて“普通”になる。

 王宮がこの時間を越えられるかどうか。
 それは制度の問題ではない。人の問題だ。

 私は窓辺に立ち、夜風を感じる。
 戻らない距離は、変わらない。
 だが、その距離があるからこそ、見えるものもある。

 耐える時間は、終わりへ向かう。
 終わった時、残るのは――
 覚悟か、疲弊か。

 王宮は、今まさに、
 その分岐点に立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

両親に溺愛されて育った妹の顛末

葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。 オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。 「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」 「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」 「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」 妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。

侯爵家に不要な者を追い出した後のこと

mios
恋愛
「さあ、侯爵家に関係のない方は出て行ってくださる?」 父の死後、すぐに私は後妻とその娘を追い出した。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十周年。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング2位、ありがとうございます。

処理中です...