18 / 40
18話 崩れない日常
しおりを挟む
18話 崩れない日常
王宮の変化は、数字より先に空気として現れた。
報告は簡潔になり、決裁は速い。だが、速さの代償として、疲労が溜まっていく。判断を引き受ける者が増え、同時に、逃げ道が減ったからだ。
「殿下、昨日の件ですが……各所からの反応が出揃いました」
「まとめてくれ」
レオンハルトは椅子に深く腰掛け、短く息を吐く。
反発、様子見、沈黙。分類は明確だ。問題は、その先だった。
「条件を変えろ、という声が強いところは?」 「三件。いずれも従来の“柔軟対応”を期待しています」
「期待は、約束じゃない」
言い切ったものの、机の上に残る重さは消えない。
例外を作らない――それは秩序を守る選択であると同時に、摩擦を引き受ける選択でもある。
昼過ぎ、急な調整会合が入った。
部局長たちの顔色は冴えない。成果は出ているが、緊張が解けない。
「殿下、現場が疲弊しています」 「短期的なものだ。基準が定着すれば、負荷は下がる」
「……信じたいところですが」
レオンハルトは、言葉を重ねなかった。
信じるかどうかではない。続けるかどうかだ。
一方、フォーマルハウト領。
朝の鐘が鳴り、いつも通り市場が開く。私は巡回の途中で足を止め、商人の並びを確認した。
「昨日の雨で、人の流れが少し変わりましたね」
「ええ。通路を半歩、こちらへ寄せました」
「いい判断です」
それだけで十分だった。
誰が決めたかより、何が機能したかが重視される。
昼、集会所で短い打ち合わせを行う。
議題は三つ。価格、在庫、修繕。どれも現場の数字に基づく。
「不足は?」 「ありません。想定内です」
「なら、次の週まで維持で」
判断は短く、会はすぐに終わる。
日常は、特別な演出を必要としない。
同じ頃、王宮では一つの小さな綻びが話題になっていた。
例外を求めた取引先が、非公式に圧をかけてきたのだ。
「殿下、噂が回っています。“以前なら通った”と」
「以前は、終わった」
冷たい言葉ではない。
線を引くための言葉だ。
その夜、レオンハルトは執務室に一人残った。
机の引き出しにしまわれた、返事のない手紙。触れはしない。
(支えは、もう戻らない)
理解はしている。
それでも、孤独は軽くならない。
一方、フォーマルハウト領の夜は静かだった。
私は書斎で日誌を閉じ、灯りを落とす。遠くで犬が吠え、風が木々を揺らす。
(崩れない日常)
それは、偶然ではない。
決め続け、背負い続けた結果だ。
王宮が忙しさに揺れ、摩擦に耐えている間も、
ここでは同じ朝が来て、同じ仕事が進む。
私は窓辺に立ち、星を見上げた。
距離は、冷たい壁ではない。
それぞれの場所で、やるべきことをやるための余白だ。
王宮が選び続けるなら、やがて負荷は下がる。
選べなくなれば、日常は崩れる。
私は戻らない。
だが、消えもしない。
崩れない日常を、今日も続ける。
それが、私の答えだった。
王宮の変化は、数字より先に空気として現れた。
報告は簡潔になり、決裁は速い。だが、速さの代償として、疲労が溜まっていく。判断を引き受ける者が増え、同時に、逃げ道が減ったからだ。
「殿下、昨日の件ですが……各所からの反応が出揃いました」
「まとめてくれ」
レオンハルトは椅子に深く腰掛け、短く息を吐く。
反発、様子見、沈黙。分類は明確だ。問題は、その先だった。
「条件を変えろ、という声が強いところは?」 「三件。いずれも従来の“柔軟対応”を期待しています」
「期待は、約束じゃない」
言い切ったものの、机の上に残る重さは消えない。
例外を作らない――それは秩序を守る選択であると同時に、摩擦を引き受ける選択でもある。
昼過ぎ、急な調整会合が入った。
部局長たちの顔色は冴えない。成果は出ているが、緊張が解けない。
「殿下、現場が疲弊しています」 「短期的なものだ。基準が定着すれば、負荷は下がる」
「……信じたいところですが」
レオンハルトは、言葉を重ねなかった。
信じるかどうかではない。続けるかどうかだ。
一方、フォーマルハウト領。
朝の鐘が鳴り、いつも通り市場が開く。私は巡回の途中で足を止め、商人の並びを確認した。
「昨日の雨で、人の流れが少し変わりましたね」
「ええ。通路を半歩、こちらへ寄せました」
「いい判断です」
それだけで十分だった。
誰が決めたかより、何が機能したかが重視される。
昼、集会所で短い打ち合わせを行う。
議題は三つ。価格、在庫、修繕。どれも現場の数字に基づく。
「不足は?」 「ありません。想定内です」
「なら、次の週まで維持で」
判断は短く、会はすぐに終わる。
日常は、特別な演出を必要としない。
同じ頃、王宮では一つの小さな綻びが話題になっていた。
例外を求めた取引先が、非公式に圧をかけてきたのだ。
「殿下、噂が回っています。“以前なら通った”と」
「以前は、終わった」
冷たい言葉ではない。
線を引くための言葉だ。
その夜、レオンハルトは執務室に一人残った。
机の引き出しにしまわれた、返事のない手紙。触れはしない。
(支えは、もう戻らない)
理解はしている。
それでも、孤独は軽くならない。
一方、フォーマルハウト領の夜は静かだった。
私は書斎で日誌を閉じ、灯りを落とす。遠くで犬が吠え、風が木々を揺らす。
(崩れない日常)
それは、偶然ではない。
決め続け、背負い続けた結果だ。
王宮が忙しさに揺れ、摩擦に耐えている間も、
ここでは同じ朝が来て、同じ仕事が進む。
私は窓辺に立ち、星を見上げた。
距離は、冷たい壁ではない。
それぞれの場所で、やるべきことをやるための余白だ。
王宮が選び続けるなら、やがて負荷は下がる。
選べなくなれば、日常は崩れる。
私は戻らない。
だが、消えもしない。
崩れない日常を、今日も続ける。
それが、私の答えだった。
56
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者を奪われましたが、彼が愛していたのは私でした
珊瑚
恋愛
全てが完璧なアイリーン。だが、転落して頭を強く打ってしまったことが原因で意識を失ってしまう。その間に婚約者は妹に奪われてしまっていたが彼の様子は少し変で……?
基本的には、0.6.12.18時の何れかに更新します。どうぞ宜しくお願いいたします。
とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜
入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】
社交界を賑わせた婚約披露の茶会。
令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。
「真実の愛を見つけたんだ」
それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。
愛よりも冷たく、そして美しく。
笑顔で地獄へお送りいたします――
なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい
木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」
私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。
アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。
これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。
だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。
もういい加減、妹から離れたい。
そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。
だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。
婚約破棄されました。
まるねこ
恋愛
私、ルナ・ブラウン。歳は本日14歳となったところですわ。家族は父ラスク・ブラウン公爵と母オリヴィエ、そして3つ上の兄、アーロの4人家族。
本日、私の14歳の誕生日のお祝いと、婚約者のお披露目会を兼ねたパーティーの場でそれは起こりました。
ド定番的な婚約破棄からの恋愛物です。
習作なので短めの話となります。
恋愛大賞に応募してみました。内容は変わっていませんが、少し文を整えています。
ふんわり設定で気軽に読んでいただければ幸いです。
Copyright©︎2020-まるねこ
【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。
最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜
腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。
「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。
エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる