婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

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17話 返らぬ距離

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17話 返らぬ距離

 決断は、王宮に一夜で行き渡った。
 責任の一元化、最終判断の引き受け――レオンハルトの名で引かれた線は、曖昧さを嫌う者には道標となり、逃げ場を求める者には壁となった。

 翌朝、執務棟の空気は明らかに変わっていた。
 報告は要点だけに絞られ、会議は短く、結論は即座に出る。だが、その速さの裏で、机の上に“重さ”が残る。決断の結果という重さだ。

「殿下、こちらは想定内です。対処案は二つ」 「時間は?」 「今日中に」

 レオンハルトは一瞬も迷わない。

「二案目でいく。例外は作らない」

 側近は息を整え、頷いた。

「承知しました。責任の所在は――」

「私だ」

 短い言葉。
 だが、その一言が、これまで分散され、薄められてきた重責を一気に集める。

 会議を終えた廊下で、誰かが小さく呟いた。

「……本当に、殿下が背負うのか」

 疑念ではない。確認だ。
 その確認が必要になったこと自体、王宮が変わり始めた証だった。

 一方、フォーマルハウト領。
 私は朝の巡回を終え、書斎で短い報告をまとめていた。市場の動線、倉庫の回転、修繕の進捗。どれも予定通りで、特記すべき混乱はない。

 執事が一通の手紙を差し出した。
 差出人は、王太子レオンハルト。

 私は封蝋を見つめ、しばらく考えた。
 躊躇ではない。確認だ。

(距離は、必要だ)

 私は封を切らず、手紙を引き出しにしまった。
 返事を書かないという選択は、拒絶ではない。線を守るという意思表示だ。

 同じ頃、王宮では“返事がない”という事実が、静かに重さを増していた。

「……まだ、か」

 側近の報告に、レオンハルトは頷くだけだった。
 彼女は逃げていない。だが、戻ってもこない。その距離が、言葉よりも雄弁に語る。

(頼れない、という現実)

 午後、王宮に一つの問題が起きた。
 新しい決定に不満を持つ取引先が、条件の再交渉を求めてきたのだ。

「殿下、先方は“従来通りの柔軟な対応”を要求しています」

「通達通りで進める。例外は設けない」

「……決裂の可能性が」

「承知の上だ」

 静かな声だった。
 だが、退かないと決めた声だ。

 結果、交渉は一時的に停滞した。
 だが、その事実をもって、王宮内の空気はさらに引き締まる。

「殿下は、引かない」 「なら、こちらも覚悟が要る」

 覚悟――その言葉が、ようやく公然と使われ始めた。

 夜。
 フォーマルハウト領では雨が降り、屋敷の屋根を静かに叩いていた。私は窓辺に立ち、雨音を聞く。灯りは揺らがず、人の動きも計画も変わらない。

(距離は、冷たくない)

 距離は、崩れないための余白だ。
 王宮が進み、転び、立ち上がるなら、それは彼らの道。

 雨が上がり、雲の切れ間から星が覗く。
 返らぬ距離は、冷たいようで、確かな安全だった。

 私は日誌を閉じ、灯りを落とす。
 戻らない。だが、消えもしない。

 それが、私が選んだ位置。
 その距離の向こうで、王宮は――
 初めて、支えなしで立つ準備を始めていた。
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