婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

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31話 戻らぬ背中

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31話 戻らぬ背中

 当たり前になった日常は、人の視線を外へ向けさせる。
 王宮では今、改革そのものではなく、その“後”をどう生きるかが語られ始めていた。

「殿下、次期人事案です」

 側近が差し出した書類には、新しい名前が並んでいる。
 基準に適応し、判断を任され、失敗を経験し、それでも立ち続けた者たちだ。

「妥当だ」

 レオンハルトは短く答えた。
 そこに、かつての派閥的配慮はない。基準に沿った配置。それが、いまや説明を要しない。

 昼の評議では、珍しく穏やかな笑いが起きた。

「最近は、“どう決めるか”より“何を改善するか”の話が多い」 「迷いが減りましたからな」

 それは、成果だった。
 だが同時に、王宮の誰もが薄々感じていることがある。

 ――戻る場所は、もうない。

 夕刻、レオンハルトは執務室に一人残り、窓辺に立った。
 引き出しの奥には、返事のない手紙がある。触れない。触れられない。

(彼女は、振り返らない)

 タリタ・フォーマルハウト。
 改革の途中で姿を消し、最後まで戻らなかった存在。
 だが、消えたわけではない。背中を見せ続けている。

 一方、フォーマルハウト領。
 私は朝の巡回を終え、丘の上から領地を見下ろしていた。畑は整い、道は繋がり、人はそれぞれの場所で動いている。

「問題は?」

 執事の問いに、私は首を横に振る。

「ありません」

 それだけで、会話は終わる。
 説明も、弁明も、もう要らない。

 午後、集会所で若い者が報告を終え、深く頭を下げた。

「判断に迷った場面が一つありましたが、基準に戻りました」

「正しいです」

 その一言で、彼の背筋が伸びる。
 評価は短く、結果で示す。それが、ここでのやり方だ。

 同じ頃、王宮では一通の外部文書が回覧されていた。
 “最近の王宮は、判断が読める”。
 それは賛辞でもあり、同時に、期待の言葉だった。

「……読まれているな」

 レオンハルトは苦笑する。

「基準を守る限り、裏切りません」

「裏切れない、でもある」

 側近の言葉に、彼は頷いた。
 背中を見せるとは、そういうことだ。

 夜。
 王宮の灯りは、いつも通りに消えていく。
 改革を語る声は、もう聞こえない。

 一方、フォーマルハウト領の夜も静かだった。
 私は日誌を閉じ、灯りを落とす。星は、昨日と同じ場所にある。

(戻らぬ背中)

 振り返らないから、迷いは生まれない。
 追われることも、引き戻されることもない。

 距離は、変わらない。
 だが、その距離があるからこそ、王宮は前を向き、私は歩き続ける。

 戻らぬ背中は、拒絶ではない。
 それぞれの場所で、責任を果たすための姿勢だ。

 そして今日もまた、
 誰にも気づかれないまま――
 日常は、静かに更新されていた。
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