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第5話: 追放の決定
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第5話: 追放の決定
宴の翌朝、リンデル家の屋敷は重苦しい空気に包まれていた。
応接室に、エルカミーノは一人で座らされていた。
黒髪を丁寧に結い上げ、昨夜と同じ藍色のドレスを着直している。表情は穏やかだが、指先だけがわずかに震えていた――演技だ。
やがて、扉が勢いよく開き、姉のヴィオラが入ってきた。
プラチナブロンドの髪が乱れ、普段の完璧な笑みはどこにもない。
彼女はエルカミーノの前に立ち、声を低く抑えて言った。
「エルカミーノ……昨夜のことは、本当に申し訳ないと思っている。でも、あなたもわかっているでしょう? 王太子殿下の決定は、王家の意思でもあるのよ」
エルカミーノは静かに頭を下げた。
「ええ、承知しています」
ヴィオラは唇を噛み、言葉を続ける。
「父上も母上も激怒しているわ。リンデル家の名誉が傷つけられた、と。でも……王家の決定に逆らうわけにはいかない」
その時、扉が再び開き、父であるリンデル伯爵が入ってきた。
厳格な顔立ちの初老の男性は、エルカミーノを一瞥すると、ため息をついた。
「エルカミーノ。王宮より正式な通達が届いた。お前の婚約は解消され、かつ……」
伯爵は一瞬言葉を切り、紙を広げた。
「『不適切な態度により王太子殿下の信頼を損ねた』として、お前は辺境の旧領地へ追放される」
――追放。
エルカミーノは内心で小さく息を吐いた。
(やっぱり、ここまで来たわね)
辺境の旧領地とは、リンデル家が昔所有していた荒れた土地。
現在はほとんど人が住んでおらず、魔物の出没も多い、事実上の「島流し」だった。
ヴィオラが青ざめた顔で口を開く。
「父上! それはあまりにも……エルカミーノは悪くないのに!」
「黙れ、ヴィオラ!」
伯爵の声が鋭く響く。
「王家の決定だ。逆らえば、リンデル家全体が危うくなる。……エルカミーノ、お前は三日後に出立せよ。持って行けるものは最低限だ」
エルカミーノはゆっくりと立ち上がり、深く礼をした。
「承知いたしました、父上」
伯爵は一瞬、娘の落ち着きぶりに眉をひそめたが、何も言わずに部屋を出て行った。
ヴィオラが残り、涙目で近づいてくる。
「ごめんなさい……私、もっと早く気づいていれば……」
「姉上」
エルカミーノは静かに微笑んだ。
「大丈夫です。私、地味で目立たないのが取り柄ですもの。辺境なら、きっと静かに暮らせます」
ヴィオラは言葉を失い、ただ妹を抱きしめた。
その後、屋敷中がざわついた。
使用人たちの同情の視線、貴族社会からの冷たい噂――「悪役令嬢」「聖女様を妬んだ末の末路」。
しかし、エルカミーノだけは違った。
自室に戻り、扉を閉めた瞬間――
(やったぁぁぁ!!)
心の中で大勝利のポーズを取る。
前世の記憶が蘇る。あの日本人OL時代、満員電車と残業に追われた日々。
ここに来てからは、貴族令嬢のしきたりと政略結婚の重圧。
(これで自由! もう誰も私に干渉できない!)
ベッドに飛び込み、枕に顔を埋めて小さく笑う。
そこへ、ノックもなしにセシルが入ってきた。
「お嬢様! 大変ですわ! 追放だなんて……私も一緒に――」
セシルは涙目だったが、エルカミーノの笑顔を見て固まった。
「……お嬢様?」
「セシル、一緒に来てくれる?」
「もちろん! どこへだって!」
エルカミーノは立ち上がり、窓の外を見た。
遠く、王都の空が広がっている。
(さあ、始まるわよ。私の本当の人生が)
三日後の出立まで、
彼女は静かに、しかし確実に準備を進めていった。
宴の翌朝、リンデル家の屋敷は重苦しい空気に包まれていた。
応接室に、エルカミーノは一人で座らされていた。
黒髪を丁寧に結い上げ、昨夜と同じ藍色のドレスを着直している。表情は穏やかだが、指先だけがわずかに震えていた――演技だ。
やがて、扉が勢いよく開き、姉のヴィオラが入ってきた。
プラチナブロンドの髪が乱れ、普段の完璧な笑みはどこにもない。
彼女はエルカミーノの前に立ち、声を低く抑えて言った。
「エルカミーノ……昨夜のことは、本当に申し訳ないと思っている。でも、あなたもわかっているでしょう? 王太子殿下の決定は、王家の意思でもあるのよ」
エルカミーノは静かに頭を下げた。
「ええ、承知しています」
ヴィオラは唇を噛み、言葉を続ける。
「父上も母上も激怒しているわ。リンデル家の名誉が傷つけられた、と。でも……王家の決定に逆らうわけにはいかない」
その時、扉が再び開き、父であるリンデル伯爵が入ってきた。
厳格な顔立ちの初老の男性は、エルカミーノを一瞥すると、ため息をついた。
「エルカミーノ。王宮より正式な通達が届いた。お前の婚約は解消され、かつ……」
伯爵は一瞬言葉を切り、紙を広げた。
「『不適切な態度により王太子殿下の信頼を損ねた』として、お前は辺境の旧領地へ追放される」
――追放。
エルカミーノは内心で小さく息を吐いた。
(やっぱり、ここまで来たわね)
辺境の旧領地とは、リンデル家が昔所有していた荒れた土地。
現在はほとんど人が住んでおらず、魔物の出没も多い、事実上の「島流し」だった。
ヴィオラが青ざめた顔で口を開く。
「父上! それはあまりにも……エルカミーノは悪くないのに!」
「黙れ、ヴィオラ!」
伯爵の声が鋭く響く。
「王家の決定だ。逆らえば、リンデル家全体が危うくなる。……エルカミーノ、お前は三日後に出立せよ。持って行けるものは最低限だ」
エルカミーノはゆっくりと立ち上がり、深く礼をした。
「承知いたしました、父上」
伯爵は一瞬、娘の落ち着きぶりに眉をひそめたが、何も言わずに部屋を出て行った。
ヴィオラが残り、涙目で近づいてくる。
「ごめんなさい……私、もっと早く気づいていれば……」
「姉上」
エルカミーノは静かに微笑んだ。
「大丈夫です。私、地味で目立たないのが取り柄ですもの。辺境なら、きっと静かに暮らせます」
ヴィオラは言葉を失い、ただ妹を抱きしめた。
その後、屋敷中がざわついた。
使用人たちの同情の視線、貴族社会からの冷たい噂――「悪役令嬢」「聖女様を妬んだ末の末路」。
しかし、エルカミーノだけは違った。
自室に戻り、扉を閉めた瞬間――
(やったぁぁぁ!!)
心の中で大勝利のポーズを取る。
前世の記憶が蘇る。あの日本人OL時代、満員電車と残業に追われた日々。
ここに来てからは、貴族令嬢のしきたりと政略結婚の重圧。
(これで自由! もう誰も私に干渉できない!)
ベッドに飛び込み、枕に顔を埋めて小さく笑う。
そこへ、ノックもなしにセシルが入ってきた。
「お嬢様! 大変ですわ! 追放だなんて……私も一緒に――」
セシルは涙目だったが、エルカミーノの笑顔を見て固まった。
「……お嬢様?」
「セシル、一緒に来てくれる?」
「もちろん! どこへだって!」
エルカミーノは立ち上がり、窓の外を見た。
遠く、王都の空が広がっている。
(さあ、始まるわよ。私の本当の人生が)
三日後の出立まで、
彼女は静かに、しかし確実に準備を進めていった。
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