17 / 29
第17話: 王都からの使者
しおりを挟む
第17話: 王都からの使者
屋敷の応接間は、静かな緊張に包まれていた。
テーブルを挟んで、エルカミーノと王都からの使者が向かい合い、
その横にラクティスが無言で立っている。
セシルは隅で息を潜め、部屋の空気が張り詰めているのを感じていた。
使者は三十代半ばの貴族風の男。
額に汗を浮かべながら、深々と頭を下げた。
「エルカミーノ・フォン・リンデル様。
王宮より、至急の要請を承って参りました。
魔瘴病が王都全土に広がり、死者が日ごとに増えております。
聖女ソルスティス様の浄化魔法では追いつかず……
どうか、貴女のポーションを王都へお届けください。
量は、できる限り多く。
王太子殿下も、聖女様も、国民も、皆様が貴女をお待ちしております」
最後の言葉に、エルカミーノの眉がわずかに動いた。
「……王太子殿下も、ですか」
使者は慌てて付け加える。
「はい! 殿下は『エルカミーノ嬢の薬がなければ、国が滅ぶ』とおっしゃって――
婚約破棄の件は、すべて殿下の誤ちだったと深く後悔なさっています!」
ラクティスが、初めて口を開いた。
低く、氷のような声。
「後悔?
公開の場で婚約を破棄し、追放までした男が、今さら何を言っている」
使者がびくりと肩を震わせる。
「ラ、ラクティス公爵殿下……これはアルディア王国の内政でございまして……」
「内政?」
ラクティスは一歩前に出て、紫の瞳を鋭く光らせた。
「エルカミーノはすでに私の保護下にある。
彼女のポーションは、アルディアだけのものではない。
大陸全体の財産だ」
エルカミーノは静かに手を挙げ、ラクティスを制した。
「公爵殿下、ありがとうございます。
……でも、私が決めることです」
彼女は使者に向き直り、穏やかだが揺るぎない声で言った。
「薬は送ります。
魔瘴病で苦しむ人々がいるなら、見過ごすわけにはいきません。
ただし、条件があります」
使者が顔を輝かせる。
「何なりとお申し付けください!」
「一、匿名で送ること。私の名前は一切出さないでください。
二、王太子殿下や聖女様とは、直接お会いしません。
三、送る量は私が決めます。無理な追加要求は受け付けません」
使者は一瞬戸惑ったが、すぐに頭を下げた。
「承知いたしました! それで十分です!」
ラクティスが小さく舌打ちしつつも、エルカミーノの決断を尊重するように黙った。
使者が退出した後、部屋に二人だけが残った。
ラクティスが静かに近づき、エルカミーノの前に立つ。
「……優しいな、君は」
エルカミーノは苦笑した。
「ただの自己満足です。
恨む気持ちはもうないけど、土下座されても困りますから」
ラクティスは彼女の手を取り、そっと自分の胸に当てた。
「君は僕の国へ来るべきだ。
ここにいると、またあのような輩が寄ってくる」
温かい手。
エルカミーノの心臓が、少し速く鳴った。
「……考えさせてください。
でも、ラクティス殿下がそばにいてくれるなら、怖いものはないかも」
ラクティスは初めて、はっきりと優しい笑みを浮かべた。
「なら、ずっとそばにいる。
君が望む限り」
セシルがドアの隙間から覗き、
(お嬢様、もう完全に落ちてますわ……!)
と顔を赤くしながら興奮していた。
外では、薬の荷馬車が準備され始め、
王都への第一便が静かに出発しようとしていた。
しかし、エルカミーノの心は、
すでに少しずつ、隣国の方へ傾き始めていた。
屋敷の応接間は、静かな緊張に包まれていた。
テーブルを挟んで、エルカミーノと王都からの使者が向かい合い、
その横にラクティスが無言で立っている。
セシルは隅で息を潜め、部屋の空気が張り詰めているのを感じていた。
使者は三十代半ばの貴族風の男。
額に汗を浮かべながら、深々と頭を下げた。
「エルカミーノ・フォン・リンデル様。
王宮より、至急の要請を承って参りました。
魔瘴病が王都全土に広がり、死者が日ごとに増えております。
聖女ソルスティス様の浄化魔法では追いつかず……
どうか、貴女のポーションを王都へお届けください。
量は、できる限り多く。
王太子殿下も、聖女様も、国民も、皆様が貴女をお待ちしております」
最後の言葉に、エルカミーノの眉がわずかに動いた。
「……王太子殿下も、ですか」
使者は慌てて付け加える。
「はい! 殿下は『エルカミーノ嬢の薬がなければ、国が滅ぶ』とおっしゃって――
婚約破棄の件は、すべて殿下の誤ちだったと深く後悔なさっています!」
ラクティスが、初めて口を開いた。
低く、氷のような声。
「後悔?
公開の場で婚約を破棄し、追放までした男が、今さら何を言っている」
使者がびくりと肩を震わせる。
「ラ、ラクティス公爵殿下……これはアルディア王国の内政でございまして……」
「内政?」
ラクティスは一歩前に出て、紫の瞳を鋭く光らせた。
「エルカミーノはすでに私の保護下にある。
彼女のポーションは、アルディアだけのものではない。
大陸全体の財産だ」
エルカミーノは静かに手を挙げ、ラクティスを制した。
「公爵殿下、ありがとうございます。
……でも、私が決めることです」
彼女は使者に向き直り、穏やかだが揺るぎない声で言った。
「薬は送ります。
魔瘴病で苦しむ人々がいるなら、見過ごすわけにはいきません。
ただし、条件があります」
使者が顔を輝かせる。
「何なりとお申し付けください!」
「一、匿名で送ること。私の名前は一切出さないでください。
二、王太子殿下や聖女様とは、直接お会いしません。
三、送る量は私が決めます。無理な追加要求は受け付けません」
使者は一瞬戸惑ったが、すぐに頭を下げた。
「承知いたしました! それで十分です!」
ラクティスが小さく舌打ちしつつも、エルカミーノの決断を尊重するように黙った。
使者が退出した後、部屋に二人だけが残った。
ラクティスが静かに近づき、エルカミーノの前に立つ。
「……優しいな、君は」
エルカミーノは苦笑した。
「ただの自己満足です。
恨む気持ちはもうないけど、土下座されても困りますから」
ラクティスは彼女の手を取り、そっと自分の胸に当てた。
「君は僕の国へ来るべきだ。
ここにいると、またあのような輩が寄ってくる」
温かい手。
エルカミーノの心臓が、少し速く鳴った。
「……考えさせてください。
でも、ラクティス殿下がそばにいてくれるなら、怖いものはないかも」
ラクティスは初めて、はっきりと優しい笑みを浮かべた。
「なら、ずっとそばにいる。
君が望む限り」
セシルがドアの隙間から覗き、
(お嬢様、もう完全に落ちてますわ……!)
と顔を赤くしながら興奮していた。
外では、薬の荷馬車が準備され始め、
王都への第一便が静かに出発しようとしていた。
しかし、エルカミーノの心は、
すでに少しずつ、隣国の方へ傾き始めていた。
34
あなたにおすすめの小説
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません
綾森れん
恋愛
「お前のような真面目くさった女はいらない。婚約は破棄させてもらう!」
婚約者だった公爵令息に冷酷に言い放たれたリラ・プリマヴェーラ。
だが、彼女の心にあったのは悲しみではなく―― 十年前の王族暗殺事件を調査したいという情熱だった。
伯爵令嬢であるリラは、鉄の掟を守る『鬼の騎士団長』の娘。
彼女には恋よりも何よりも優先すべき使命があった。それは、十年前に幼い王子が暗殺された事件の真相を暴き、父を、そして王国を陰謀から救うこと。
婚約破棄直後、彼女の前に現れたのは、天使の歌声を持つ美貌のカストラート(去勢歌手)、アルカンジェロだった。
彼が十年前の事件について密かに調べていることを、リラは知ってしまう。
真相を探るため、リラは彼を自分の音楽教師として迎え入れ、距離を縮めていく。
事件解決の協力者として彼と接するうち、リラは謎めいたアルカンジェロに危機を救われることになる。
しかし、リラは知らない。
アルカンジェロの正体が、十年前に暗殺されたはずの第三王子であることを。
そして彼にとってリラこそが、初恋の女性であることを。
彼は十年間、密かにリラを想い続けていたのだ。
王位を狙う者たちから身を隠すため、声楽の技術を駆使して、教会歌手として大聖堂で生き延びてきたアルカンジェロだったが、王家を巡る不穏な陰謀が静かに動き始めていた。
捜査に猪突猛進な堅物令嬢と、彼女を影から支え執着を見せる、カストラート歌手のふりをした王子。
宮廷の闇を切り裂く二人の恋と事件の行方は――?
※本作は、過去に投稿していた『真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています』の設定・キャラクター・構成を大幅に改稿し、新作として再構成したものです。
物語の結末やキャラクターの掘り下げを強化しておりますので、初めての方も、以前お読みいただいた方もお楽しみいただけます。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。
er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——
公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました
Karamimi
恋愛
マーケッヒ王国は魔法大国。そんなマーケッヒ王国の伯爵令嬢セリーナは、14歳という若さで、治癒師として働いている。それもこれも莫大な借金を返済し、幼い弟妹に十分な教育を受けさせるためだ。
そんなセリーナの元を訪ねて来たのはなんと、貴族界でも3本の指に入る程の大貴族、ファーレソン公爵だ。話を聞けば、15歳になる息子、ルークがずっと難病に苦しんでおり、どんなに優秀な治癒師に診てもらっても、一向に良くならないらしい。
それどころか、どんどん悪化していくとの事。そんな中、セリーナの評判を聞きつけ、藁をもすがる思いでセリーナの元にやって来たとの事。
必死に頼み込む公爵を見て、出来る事はやってみよう、そう思ったセリーナは、早速公爵家で治療を始めるのだが…
正義感が強く努力家のセリーナと、病気のせいで心が歪んでしまった公爵令息ルークの恋のお話です。
婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』
鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
--
婚約者を奪われ魔物討伐部隊に入れられた私ですが、騎士団長に溺愛されました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のクレアは、婚約者の侯爵令息サミュエルとの結婚を間近に控え、幸せいっぱいの日々を過ごしていた。そんなある日、この国の第三王女でもあるエミリアとサミュエルが恋仲である事が発覚する。
第三王女の強い希望により、サミュエルとの婚約は一方的に解消させられてしまった。さらに第三王女から、魔王討伐部隊に入る様命じられてしまう。
王女命令に逆らう事が出来ず、仕方なく魔王討伐部隊に参加する事になったクレア。そんなクレアを待ち構えていたのは、容姿は物凄く美しいが、物凄く恐ろしい騎士団長、ウィリアムだった。
毎日ウィリアムに怒鳴られまくるクレア。それでも必死に努力するクレアを見てウィリアムは…
どん底から必死に這い上がろうとする伯爵令嬢クレアと、大の女嫌いウィリアムの恋のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる