3 / 62
第3章 謎の病の蔓延
しおりを挟む王太子に婚約破棄された翌週。王都の社交界は、別の話題で持ちきりになっていた。
「ご存知? あの子も寝込んでしまったそうよ」
「ええ……見た目はまるで、呪いにかかったようで……」
──謎の病気が、若い貴族令嬢たちの間で広がっていたのだ。
---
「お嬢様、これをご覧ください」
メイドのマリアが差し出したのは、手紙の束だった。どれも差出人は社交界の友人や知人。
内容は揃って「病気で倒れた」「助けて」といった訴えだった。
症状は──皮膚がまだらに変色し、髪が抜け落ち、震えやけいれんを起こす。
……うわ。記憶の片隅にあるぞ、これ。
「宮廷医師は『伝染病』って言ってるみたいですね」
マリアが不安げに告げる。
「伝染病、ねえ……」
私は眉をひそめた。感染症? 確かにそう見える。でも、症状がどうもそれっぽくない。
(皮膚変色、脱毛、神経障害……これ、教科書で見たぞ。いや、ラノベかもしれないけど!)
脳内検索エンジンが勝手に動く。
──重金属中毒。特に水銀や鉛。
「……いやいやいや。まさかね、こんな異世界に重金属中毒なんて」
でも、現実の知識を差し引いても、この症状は典型的すぎる。
---
私は実際に患者を見てみようと決めた。
幸い、アルトハイム公爵家の名はまだ重みがある。知人の伯爵家に「お見舞い」を理由に訪問した。
寝室のベッドには、顔色の悪い少女が横たわっていた。年は十五、十六。私と同じくらい。
彼女の髪はごっそり抜け落ち、皮膚は白斑のようにまだらに変色していた。
「……これは……」
目を閉じると、前世で読んだ医療系ラノベの一節が鮮明によみがえる。
──“かつて欧州では、美白用の化粧品に水銀や鉛が含まれ、使用者が次々と倒れた”──
そうだ。この症状、完全に一致する。
「お嬢様……?」
マリアが心配そうに覗き込む。
「マリア、患者さんの化粧品を調べたいの。特に新しく使い始めたものがあれば」
そう言って看護婦に尋ねると、彼女は小瓶を持ってきた。
銀色に光る液体が入った、美しい容器。ラベルには「月光の雫」と書かれている。
(出た……怪しすぎる!)
---
私はすぐに王都の市場で調べた。
「月光の雫」は最近流行りの美白化粧品。高価だが「貴族の必須アイテム」として大人気らしい。
そして──製造元は、セレスティア・ローズの出資する商会。
「はぁぁぁぁ……やっぱりお前か」
思わず額を押さえた。
まさかの“愛人ヒロインの事業=毒物商売”という、悪役属性フルコンボ。
けれどこれはただの噂話じゃない。実際に少女たちが倒れている。命の問題だ。
---
夜、自室に戻り、私は机に広げた紙にペンを走らせた。
「もしこれが水銀や鉛の中毒なら……治療法は……」
記憶を辿る。
──キレート剤。重金属を体外に排出する薬。名前は、えっと……EDTA。
化学式は……C₁₀H₁₆N₂O₈。
「いやいや、暗記してる自分が怖いわ」
大学で化学専攻でもなかったのに。オタク趣味で読んだ本やラノベの断片が、なぜか頭に刻み込まれている。
でも、ここは異世界。そんな薬が存在するはずがない。
「作るしか、ない……のかな」
ぞくり、と背筋が震えた。
ただの社畜SEが、異世界で新薬を作ろうとしている。
でも──放っておけば、友人たちが次々と命を落とす。
「……やるしか、ない」
決意と同時に、胸の奥に奇妙な高揚感が湧いた。
ラノベの主人公ムーブ。いや、これが私の新しい「役割」なのかもしれない。
---
そして翌朝。
私は決意を固め、侍女マリアに告げた。
「マリア、錬金術師を探して。化学に詳しい人が必要よ」
「錬金術師……ですか?」
「ええ。私がやりたいことを実現するには、絶対に必要なの」
窓の外に広がる王都の空を見上げる。
その青はどこまでも澄んでいたが──貴族令嬢たちを蝕む病の影は、確実に広がっていた。
「待ってて……絶対に助けるから」
エリアナ・フォン・アルトハイム。
オタク知識を武器にした、異世界の反撃が始まろうとしていた。
165
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄され追放されましたが、隣国の氷の公爵様に“白い結婚”を提案されましたので、心穏やかに幸せになりますわ
鷹 綾
恋愛
婚約破棄されたその日、私は“追放令”も同時に宣告された。
王太子エドモンド殿下曰く、
「君のように冷たい女はいらない。真実の愛は聖女ローザだ」──と。
……それなら結構ですわ。
捨ててくださって、ありがとうございます。
行く宛もなく王都を去った私を拾ったのは、
冷徹と噂される若き宰相代理アレクシス様。
「俺と“白い結婚”をしないか。
互いの自由を侵さない、契約だけの結婚だ」
恋愛感情は一切なし。
――そんなはずだったのに。
料理を褒めてくれる優しい声。
仕事帰りにかけてくれる「ただいま」。
私の手をそっと包む温もり。
気づけば、契約のはずの彼との距離が、少しずつ近づいていく。
そんな折──王太子と偽聖女ローザが私を“罪人”に仕立て上げ、
祝福の儀の場で公開断罪しようと企む。
「セレナに触れるな。……彼女は、俺の妻だ」
アレクシス様が壇上で剣を抜いた瞬間、
私の世界は大きく動き出した。
偽りの聖女は暴かれ、王太子は没落。
追放された令嬢の“ざまぁ”が王都を駆け巡る中、
契約で始まった白い結婚は――本物の夫婦の誓いへと変わっていく。
これは、
捨てられた令嬢が“本当の幸せ”をつかみ取る、
大逆転のラブストーリー。
---
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした
あねもね
恋愛
薬師として働くエリーゼ・バリエンホルムは貴族の娘。
しかし両親が亡くなって以降、叔父に家を追い出されていた。エリーゼは自分の生活と弟の学費を稼ぐために頑張っていたが、店の立ち退きを迫られる事態となる。同時期に、好意を寄せていたシメオン・ラウル・アランブール伯爵からプロポーズを申し込まれていたものの、その申し出を受けず、娼館に足を踏み入れることにした。
エリーゼが娼館にいることを知ったシメオンは、エリーゼを大金で身請けして屋敷に連れ帰る。けれどそこは闇の仕事を請け負う一族で、シメオンはエリーゼに毒薬作りを命じた。
薬師としての矜持を踏みにじられ、一度は泣き崩れたエリーゼだったが……。
――私は私の信念で戦う。決して誰にも屈しない。
本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**
鷹 綾
恋愛
魔法が存在しないと信じられていた世界に、
突如として現れた「本物の聖女」。
空中浮遊、瞬間移動、念動力――
奇跡を披露した平民の少女は、たちまち市民の熱狂を集め、
王太子はその力に目を奪われる。
その結果、
王太子の婚約者だった公爵令嬢アストリアは、
一方的に婚約を破棄されてしまった。
だが、聖女の力は――
・空中浮遊は、地上三十センチ
・瞬間移動は、秒速一メートル
・念動力は、手で持てる重さまで
派手ではあるが、実用性は乏しい。
聖女の力は、見世物レベル。
少なくとも、誰もがそう判断していた。
それでも人々は喝采し、
権威は少女を縛り、
「聖女」という立場だけが一人歩きしていく。
そんな中、婚約破棄された公爵令嬢アストリアは、
ある違和感に気づき始める。
――奇跡よりも、奪われているものがあることに。
派手な復讐はない。
怒鳴り返しもしない。
けれど静かに、確実に、
“正しさ”は明らかになっていく。
見世物にされた奇跡と、
尊厳を取り戻す少女たちの物語。
---
【完結】異世界から来た聖女ではありません!
五色ひわ
恋愛
ミシュリーヌは、第四王子オーギュストの妃としてフルーナ王国の王宮で暮らしている。しかし、夫であるオーギュストがミシュリーヌの寝室に訪れることはない。ミシュリーヌは聖女の力を持っていたため、妻に望まれただけなのだ。それでも、ミシュリーヌはオーギュストとの関係を改善したいと考えている。
どうすれば良いのかしら?
ミシュリーヌは焦っていた。七年間かけて国中の水晶を浄化したことにより、フルーナ王国は平穏を取り戻しつつある。それは同時に聖女の力がこの国に必要なくなったことを意味していた。
このまま、オーギュストの優しさに縋ってお飾りの妻を続けるしかないのだろうか。思い悩むミシュリーヌの前に現れたのは、オーギュストの恋人を名乗る女性だった。
・本編141話
・おまけの短編 ①9話②1話③5話
家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました
日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。
だが彼に溺愛され家は再興。
見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。
私は〈元〉小石でございます! ~癒し系ゴーレムと魔物使い~
Ss侍
ファンタジー
"私"はある時目覚めたら身体が小石になっていた。
動けない、何もできない、そもそも身体がない。
自分の運命に嘆きつつ小石として過ごしていたある日、小さな人形のような可愛らしいゴーレムがやってきた。
ひょんなことからそのゴーレムの身体をのっとってしまった"私"。
それが、全ての出会いと冒険の始まりだとは知らずに_____!!
【完結】動物と話せるだけの少女、森で建国して世界の中心になりました
なみゆき
ファンタジー
ミナ・クローバーは、王国で唯一の“動物使い”として王宮のペットたちを世話していたが、実は“動物語”を理解できる特異体質を持つ少女。その能力を隠しながら、動物たちと心を通わせていた。
ある日、王女の猫・ミルフィーの毒舌を誤訳されたことがきっかけで、ミナは「動物への不敬罪」で王都を追放される。失意の中、森へと向かったミナを待っていたのは、かつて助けた動物たちによる熱烈な歓迎だった。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる