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第11章 新たな医学的挑戦
しおりを挟むセレスティアたちが没落してから、数週間。
街の空気はすっかり落ち着きを取り戻しつつあった。
けれど私のもとには、次から次へと手紙が届いていた。
「お嬢様、今日だけで十通目ですよ」
マリアが山積みの封筒を抱えてくる。
「え、またぁ……」
中身はどれも似たり寄ったり。
『娘を救っていただきたい』
『夫の体調が優れません』
『救世主様にお願いしたい』
「救世主様って……私そんなキャラじゃないんですけど!?」
前世ではただの社畜SE。オタクで、寝不足で、コンビニ弁当を片手にキーボードを叩いていただけの人間。
それが今は「公爵令嬢」兼「救世主」扱い。ギャップがひどすぎて笑うしかない。
---
そんな中、一通の手紙が目に留まった。
封蝋には名門ハーベル伯爵家の紋章。
『次女が高熱で命の危機にあります。どうか、お力をお貸しください』
「……これは」
胸がざわついた。
重い病気、という響きに、前世の知識がざわざわと蘇る。
---
すぐに馬車を出し、伯爵邸へ向かった。
部屋に通されると、そこには小さな少女が横たわっていた。
顔は真っ赤に染まり、呼吸は浅く早い。胸がゼーゼーと鳴っている。
「これは……」
典型的な肺炎の症状。
前世でニュースや教本で何度も見た記述が脳裏をよぎる。
「宮廷医師はなんと?」
「……祈るしかない、と」
伯爵夫人は涙をぬぐいながら答えた。
その言葉に、私は唇を噛む。
(ダメだ、このままじゃ命を落とす)
肺炎は薬がなければ致死率が高い。
薬草や祈りでは治らない。必要なのは──抗生物質。
「……抗生物質を、作らなきゃ」
---
屋敷に戻ると、アレクサンダーを呼び出した。
「抗生物質?」
「はい。前世……いえ、昔の書物で読んだの。肺炎を治せる薬があるの。名前は──ペニシリン」
「ペニ……何だって?」
「ペニシリン!」
私は必死で説明する。
「青カビから作れるのよ! 人を救った奇跡の薬! これがあれば肺炎だって助けられる!」
アレクサンダーは目を瞬かせ、やがて深いため息をついた。
「君は本当に、常識をぶち壊す女だな」
「だって必要なんですもん!」
その勢いに、彼はくっと笑った。
「いいだろう。君の無茶に付き合ってやる」
---
研究室にこもる日々が始まった。
青カビを探し、培養し、抽出する。
「うわっ、カビくさっ!」
「文句を言うな。これが未来を変えるんだろう?」
「でも私、カビ苦手なんですけど!」
それでも手を止めなかった。
少女の苦しむ顔が脳裏に焼き付いて離れなかったから。
やがて──透明な液体が瓶に満たされる。
「……できた、の?」
「ああ。これが君の言う“ペニシリン”だ」
震える手で瓶を握りしめた。
──奇跡を起こす、新たな薬。
---
私は少女の枕元に座り、慎重に薬を投与した。
家族は不安そうに見守り、ルカスは剣の柄を握りしめながら佇んでいる。
一晩が過ぎた。
「……っ」
翌朝、少女はゆっくりと目を開いた。
赤かった顔に血色が戻り、呼吸は穏やかになっていた。
「母様……お水……」
「リディア! リディアぁ!」
伯爵夫人が泣き崩れ、少女を抱きしめた。
私は深く息をついた。
(……よかった。本当に、助けられたんだ)
---
その後、伯爵は涙ながらに私の手を握った。
「エリアナ様……命の恩人です。何とお礼を申し上げれば……!」
「い、いえ! 私はただ……できることをしただけで!」
人前でこんなに褒められるのは、正直慣れていない。
けれど、少女が笑顔で母親に甘える姿を見た瞬間、心から思った。
「やってよかった……」
---
夜、自室でひとりになり、私は呟いた。
「肺炎も、もう怖くない。これからもっと……救えるはず」
その声には、不思議と迷いがなかった。
──異世界の医学を変える挑戦が、今まさに始まろうとしていた。
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