異世界転生公爵令嬢は、オタク知識で世界を救う。

ふわふわ

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第12章 ペニシリン革命

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  ──伯爵家の少女を救ってから、世界が一段階、色を変えた気がした。
 依頼は雪崩のように届き、医師や薬師からの質問状まで山積みになる。けれど、ひとつだけ決定的に足りないものがある。

「供給量、ですわね……」

 私がぼそりと言うと、アレクサンダーは肩を竦めた。

「君は当たり前のように無理難題を言う。だが嫌いじゃない」

「では、言います。──ペニシリンを作って」

「は?」

「青カビから作れるのよ、常識よ」

「は? カビー!? 誰だそれは」

「カビです。モールド。ブルーモールド」

「安心しろ、そのくらいは知っている」

 知ってるんかい。思わず心の中で突っ込む。


---

 研究所の裏庭に、急ごしらえの棚がずらりと並んだ。麦パン、果物の皮、湿らせた布。
 “青カビ様、こちらです”と書いた札までぶら下がっている。マリアの字だ。

「信仰の対象にしないで」

「ご利益、ありますようにって……」

「あるけど! あるけど違う!」

 数日のうちに、棚の一角が美しい青緑で染まった。アレクサンダーがピンセットでカビを摘み、透明な培養液へ落とす。
 火にかけた肉スープ由来のブイヨ……いや、言い方はやめておこう。見た目は普通のスープだ。

「抽出液、ろ過。沈殿……温度はこの世界の単位だと“ぬるめの湯浴み”程度」

「曖昧だな」

「現場はいつも曖昧から始まるの。社畜の現実だよ」

「しゃちく?」

「忘れてください」

 次は効き目の確認。培養皿なんてないから、磨いたガラス板に肉汁を薄くのばして屋内で半日置く。
 ……結果は目で見るしかない。青カビ抽出液をぽとりと垂らした周りだけ、濁りが薄い。“曇りが消えた輪”ができる。

「見ろ、抑制の輪だ」

「やった……!」

 小さな輪だけれど、確かな答え。私は拳を握りしめた。


---

 次の壁は“作り続けられるか”だ。
 瓶を増やし、ろ過布を増やし、温度と湿り気をノートに刻む。
 “曇りの輪”の直径を測るのに、アレクサンダーが糸と針で即席の定規を作ったのは、ちょっと感動した。

「規格化、だな」

「そう。それが一番むずかしいけど、革命の心臓です」

 私は研究ノートに大きく書く。《標準化》──バッチごとに濃度を評価し、希釈倍率を記録。
 “誰が作っても、同じ結果”に近づけるための地道な工程表が、紙の上で息をし始めた。

「名称はどうする?」とアレクサンダー。

「ペニシリンで。……あ、現場では“青の雫(あおのしずく)”って呼ぶのもアリかも」

「君は広報までこなすのか」

「社畜は何でもやるの」


---

 臨時診療所は、王都の教会の一室を借りた。
 最初に来たのは、胸を押さえて苦しむ職人、産後熱に倒れかけた若い母親、耳を痛がる子ども。
 私は同意を丁寧にとり、症状と体重、熱、脈を記録していく。ルカスは出入口に立ち、騒ぎを抑えてくれていた。

「危険は任せろ。だが、君は無茶はするな」

「うん。ありがとう」

 投与。待機。水。安静。
 夜が明けるたびに、熱が下がり、顔色が戻り、涙が笑顔に変わっていく。
 成功の数が増えるほど、私は怖くなった。──いつか失敗するかもしれない。アレルギー、過敏反応。未知は、いつだって隣にいる。

「エリアナ」

 不安が顔に出ていたのだろう。アレクサンダーが低く言う。

「恐れは必要だ。だが、それでも前に進むのが学の矜持だ」

「……はい」

 私は頷き、次の投与記録にペンを走らせる。


---

 噂はあっという間だった。
 若手医師たちが二人、三人と訪ねてきて、メモを取り、質問を浴びせる。
 その中のひとり──黒髪の青年医師が、震える声で言った。

「産褥熱で……妹を亡くしました。どうか、これを学ばせてください」

「もちろん。一緒にやりましょう」

 私は彼に工程表を手渡す。無駄な飾りのない、手と目のための紙切れ。
 彼はそれを胸に抱いて頭を下げ、涙を拭いた。

 老医師たちは相変わらず渋い顔で遠巻きにする。
 教会の古参司祭はしばらく眉をひそめていたが、回復した母子が礼拝堂で手を合わせるのを見ると、静かに言った。

「神は“生かす手”を選ばぬ。ならば、この雫も神の御業のひとつだ」

 そう言って、教会の台所を乾燥棚として貸してくれることになった。マリアは喜びの舞いを踊り、私は台所の温度変動に頭を抱えた。現場は現場だ。


---

 王立医学会はとうとう臨時の公開実演を要求してきた。
 診療所での症例を提示し、製造工程の《標準化表》を配る。
 ガブリエル医師長は黙って資料をめくり、ため息をひとつ漏らした。

「……理屈はわからん。しかし、患者は助かっている」

 それが彼の限界の“降伏”だったのだと思う。
 私は頭を下げるだけにした。勝ち誇る必要はない。命が助かっている、それだけで十分だ。

 会の末席で、若い医師が立ち上がった。

「学会は製造講習会の開催を提案します。地方の診療所でも作れるように」

 拍手が起こる。小さく、けれど確かな拍手。
 私は喉の奥が熱くなり、こっそり目頭を押さえた。


---

 夜。研究所に戻ると、アレクサンダーが新しい棚の前で腕を組んでいた。
 そこには“青班(せいはん)”“抽出班”“検定班”“記録班”と墨書きされた札。彼が若手薬師を集めて組んだ、初の製造ラインだ。

「君の“革命の心臓”、動かしておいた」

「……最高。世界で一番、好きな手書き札です」

「告白か?」

「違います! でもちょっと好きです!」

 マリアがくすくす笑い、ルカスが困った顔で咳払いをする。
 なんだこの、家族みたいな空気。悪くない。

 私は壁の黒板に、今日の合言葉を書いた。

《青の雫は、明日を連れてくる》

 粉の白が、夜の黒にふわりと広がる。
 革命は、いつだって静かに始まって、気づけば世界の当たり前になる。
 ペニシリン──青の小さな雫が、王都の灯りをひとつ、またひとつ、確かな光に変えていくのを、私は見届けていた。

「……私、医者じゃないのにね」

 窓の外の星に向かって呟く。

「でも、誰かを生かす“手順”なら、作れる。社畜の得意分野だもの」

 自嘲気味に笑って、すぐにやめた。
 笑うより、やることがある。工程表の改訂、講習会の準備、そして次の課題に向けた“宿題”──破傷風、敗血症、子どもの耳の痛み。

 青の雫は、まだ始まったばかりだ。


 ──伯爵家の少女を救ってから、世界が一段階、色を変えた気がした。
 依頼は雪崩のように届き、医師や薬師からの質問状まで山積みになる。けれど、ひとつだけ決定的に足りないものがある。

「供給量、ですわね……」

 私がぼそりと言うと、アレクサンダーは肩を竦めた。

「君は当たり前のように無理難題を言う。だが嫌いじゃない」

「では、言います。──ペニシリンを作って」

「は?」

「青カビから作れるのよ、常識よ」

「は? カビー!? 誰だそれは」

「カビです。モールド。ブルーモールド」

「安心しろ、そのくらいは知っている」

 知ってるんかい。思わず心の中で突っ込む。


---

 研究所の裏庭に、急ごしらえの棚がずらりと並んだ。麦パン、果物の皮、湿らせた布。
 “青カビ様、こちらです”と書いた札までぶら下がっている。マリアの字だ。

「信仰の対象にしないで」

「ご利益、ありますようにって……」

「あるけど! あるけど違う!」

 数日のうちに、棚の一角が美しい青緑で染まった。アレクサンダーがピンセットでカビを摘み、透明な培養液へ落とす。
 火にかけた肉スープ由来のブイヨ……いや、言い方はやめておこう。見た目は普通のスープだ。

「抽出液、ろ過。沈殿……温度はこの世界の単位だと“ぬるめの湯浴み”程度」

「曖昧だな」

「現場はいつも曖昧から始まるの。社畜の現実だよ」

「しゃちく?」

「忘れてください」

 次は効き目の確認。培養皿なんてないから、磨いたガラス板に肉汁を薄くのばして屋内で半日置く。
 ……結果は目で見るしかない。青カビ抽出液をぽとりと垂らした周りだけ、濁りが薄い。“曇りが消えた輪”ができる。

「見ろ、抑制の輪だ」

「やった……!」

 小さな輪だけれど、確かな答え。私は拳を握りしめた。


---

 次の壁は“作り続けられるか”だ。
 瓶を増やし、ろ過布を増やし、温度と湿り気をノートに刻む。
 “曇りの輪”の直径を測るのに、アレクサンダーが糸と針で即席の定規を作ったのは、ちょっと感動した。

「規格化、だな」

「そう。それが一番むずかしいけど、革命の心臓です」

 私は研究ノートに大きく書く。《標準化》──バッチごとに濃度を評価し、希釈倍率を記録。
 “誰が作っても、同じ結果”に近づけるための地道な工程表が、紙の上で息をし始めた。

「名称はどうする?」とアレクサンダー。

「ペニシリンで。……あ、現場では“青の雫(あおのしずく)”って呼ぶのもアリかも」

「君は広報までこなすのか」

「社畜は何でもやるの」


---

 臨時診療所は、王都の教会の一室を借りた。
 最初に来たのは、胸を押さえて苦しむ職人、産後熱に倒れかけた若い母親、耳を痛がる子ども。
 私は同意を丁寧にとり、症状と体重、熱、脈を記録していく。ルカスは出入口に立ち、騒ぎを抑えてくれていた。

「危険は任せろ。だが、君は無茶はするな」

「うん。ありがとう」

 投与。待機。水。安静。
 夜が明けるたびに、熱が下がり、顔色が戻り、涙が笑顔に変わっていく。
 成功の数が増えるほど、私は怖くなった。──いつか失敗するかもしれない。アレルギー、過敏反応。未知は、いつだって隣にいる。

「エリアナ」

 不安が顔に出ていたのだろう。アレクサンダーが低く言う。

「恐れは必要だ。だが、それでも前に進むのが学の矜持だ」

「……はい」

 私は頷き、次の投与記録にペンを走らせる。


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 噂はあっという間だった。
 若手医師たちが二人、三人と訪ねてきて、メモを取り、質問を浴びせる。
 その中のひとり──黒髪の青年医師が、震える声で言った。

「産褥熱で……妹を亡くしました。どうか、これを学ばせてください」

「もちろん。一緒にやりましょう」

 私は彼に工程表を手渡す。無駄な飾りのない、手と目のための紙切れ。
 彼はそれを胸に抱いて頭を下げ、涙を拭いた。

 老医師たちは相変わらず渋い顔で遠巻きにする。
 教会の古参司祭はしばらく眉をひそめていたが、回復した母子が礼拝堂で手を合わせるのを見ると、静かに言った。

「神は“生かす手”を選ばぬ。ならば、この雫も神の御業のひとつだ」

 そう言って、教会の台所を乾燥棚として貸してくれることになった。マリアは喜びの舞いを踊り、私は台所の温度変動に頭を抱えた。現場は現場だ。


---

 王立医学会はとうとう臨時の公開実演を要求してきた。
 診療所での症例を提示し、製造工程の《標準化表》を配る。
 ガブリエル医師長は黙って資料をめくり、ため息をひとつ漏らした。

「……理屈はわからん。しかし、患者は助かっている」

 それが彼の限界の“降伏”だったのだと思う。
 私は頭を下げるだけにした。勝ち誇る必要はない。命が助かっている、それだけで十分だ。

 会の末席で、若い医師が立ち上がった。

「学会は製造講習会の開催を提案します。地方の診療所でも作れるように」

 拍手が起こる。小さく、けれど確かな拍手。
 私は喉の奥が熱くなり、こっそり目頭を押さえた。


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 夜。研究所に戻ると、アレクサンダーが新しい棚の前で腕を組んでいた。
 そこには“青班(せいはん)”“抽出班”“検定班”“記録班”と墨書きされた札。彼が若手薬師を集めて組んだ、初の製造ラインだ。

「君の“革命の心臓”、動かしておいた」

「……最高。世界で一番、好きな手書き札です」

「告白か?」

「違います! でもちょっと好きです!」

 マリアがくすくす笑い、ルカスが困った顔で咳払いをする。
 なんだこの、家族みたいな空気。悪くない。

 私は壁の黒板に、今日の合言葉を書いた。

《青の雫は、明日を連れてくる》

 粉の白が、夜の黒にふわりと広がる。
 革命は、いつだって静かに始まって、気づけば世界の当たり前になる。
 ペニシリン──青の小さな雫が、王都の灯りをひとつ、またひとつ、確かな光に変えていくのを、私は見届けていた。

「……私、医者じゃないのにね」

 窓の外の星に向かって呟く。

「でも、誰かを生かす“手順”なら、作れる。社畜の得意分野だもの」

 自嘲気味に笑って、すぐにやめた。
 笑うより、やることがある。工程表の改訂、講習会の準備、そして次の課題に向けた“宿題”──破傷風、敗血症、子どもの耳の痛み。

 青の雫は、まだ始まったばかりだ。



──伯爵家の少女を救ってから、世界が一段階、色を変えた気がした。
 依頼は雪崩のように届き、医師や薬師からの質問状まで山積みになる。けれど、ひとつだけ決定的に足りないものがある。

「供給量、ですわね……」

 私がぼそりと言うと、アレクサンダーは肩を竦めた。

「君は当たり前のように無理難題を言う。だが嫌いじゃない」

「では、言います。──ペニシリンを作って」

「は?」

「青カビから作れるのよ、常識よ」

「は? カビー!? 誰だそれは」

「カビです。モールド。ブルーモールド」

「安心しろ、そのくらいは知っている」

 知ってるんかい。思わず心の中で突っ込む。


---

 研究所の裏庭に、急ごしらえの棚がずらりと並んだ。麦パン、果物の皮、湿らせた布。
 “青カビ様、こちらです”と書いた札までぶら下がっている。マリアの字だ。

「信仰の対象にしないで」

「ご利益、ありますようにって……」

「あるけど! あるけど違う!」

 数日のうちに、棚の一角が美しい青緑で染まった。アレクサンダーがピンセットでカビを摘み、透明な培養液へ落とす。
 火にかけた肉スープ由来のブイヨ……いや、言い方はやめておこう。見た目は普通のスープだ。

「抽出液、ろ過。沈殿……温度はこの世界の単位だと“ぬるめの湯浴み”程度」

「曖昧だな」

「現場はいつも曖昧から始まるの。社畜の現実だよ」

「しゃちく?」

「忘れてください」

 次は効き目の確認。培養皿なんてないから、磨いたガラス板に肉汁を薄くのばして屋内で半日置く。
 ……結果は目で見るしかない。青カビ抽出液をぽとりと垂らした周りだけ、濁りが薄い。“曇りが消えた輪”ができる。

「見ろ、抑制の輪だ」

「やった……!」

 小さな輪だけれど、確かな答え。私は拳を握りしめた。


---

 次の壁は“作り続けられるか”だ。
 瓶を増やし、ろ過布を増やし、温度と湿り気をノートに刻む。
 “曇りの輪”の直径を測るのに、アレクサンダーが糸と針で即席の定規を作ったのは、ちょっと感動した。

「規格化、だな」

「そう。それが一番むずかしいけど、革命の心臓です」

 私は研究ノートに大きく書く。《標準化》──バッチごとに濃度を評価し、希釈倍率を記録。
 “誰が作っても、同じ結果”に近づけるための地道な工程表が、紙の上で息をし始めた。

「名称はどうする?」とアレクサンダー。

「ペニシリンで。……あ、現場では“青の雫(あおのしずく)”って呼ぶのもアリかも」

「君は広報までこなすのか」

「社畜は何でもやるの」


---

 臨時診療所は、王都の教会の一室を借りた。
 最初に来たのは、胸を押さえて苦しむ職人、産後熱に倒れかけた若い母親、耳を痛がる子ども。
 私は同意を丁寧にとり、症状と体重、熱、脈を記録していく。ルカスは出入口に立ち、騒ぎを抑えてくれていた。

「危険は任せろ。だが、君は無茶はするな」

「うん。ありがとう」

 投与。待機。水。安静。
 夜が明けるたびに、熱が下がり、顔色が戻り、涙が笑顔に変わっていく。
 成功の数が増えるほど、私は怖くなった。──いつか失敗するかもしれない。アレルギー、過敏反応。未知は、いつだって隣にいる。

「エリアナ」

 不安が顔に出ていたのだろう。アレクサンダーが低く言う。

「恐れは必要だ。だが、それでも前に進むのが学の矜持だ」

「……はい」

 私は頷き、次の投与記録にペンを走らせる。


---

 噂はあっという間だった。
 若手医師たちが二人、三人と訪ねてきて、メモを取り、質問を浴びせる。
 その中のひとり──黒髪の青年医師が、震える声で言った。

「産褥熱で……妹を亡くしました。どうか、これを学ばせてください」

「もちろん。一緒にやりましょう」

 私は彼に工程表を手渡す。無駄な飾りのない、手と目のための紙切れ。
 彼はそれを胸に抱いて頭を下げ、涙を拭いた。

 老医師たちは相変わらず渋い顔で遠巻きにする。
 教会の古参司祭はしばらく眉をひそめていたが、回復した母子が礼拝堂で手を合わせるのを見ると、静かに言った。

「神は“生かす手”を選ばぬ。ならば、この雫も神の御業のひとつだ」

 そう言って、教会の台所を乾燥棚として貸してくれることになった。マリアは喜びの舞いを踊り、私は台所の温度変動に頭を抱えた。現場は現場だ。


---

 王立医学会はとうとう臨時の公開実演を要求してきた。
 診療所での症例を提示し、製造工程の《標準化表》を配る。
 ガブリエル医師長は黙って資料をめくり、ため息をひとつ漏らした。

「……理屈はわからん。しかし、患者は助かっている」

 それが彼の限界の“降伏”だったのだと思う。
 私は頭を下げるだけにした。勝ち誇る必要はない。命が助かっている、それだけで十分だ。

 会の末席で、若い医師が立ち上がった。

「学会は製造講習会の開催を提案します。地方の診療所でも作れるように」

 拍手が起こる。小さく、けれど確かな拍手。
 私は喉の奥が熱くなり、こっそり目頭を押さえた。


---

 夜。研究所に戻ると、アレクサンダーが新しい棚の前で腕を組んでいた。
 そこには“青班(せいはん)”“抽出班”“検定班”“記録班”と墨書きされた札。彼が若手薬師を集めて組んだ、初の製造ラインだ。

「君の“革命の心臓”、動かしておいた」

「……最高。世界で一番、好きな手書き札です」

「告白か?」

「違います! でもちょっと好きです!」

 マリアがくすくす笑い、ルカスが困った顔で咳払いをする。
 なんだこの、家族みたいな空気。悪くない。

 私は壁の黒板に、今日の合言葉を書いた。

《青の雫は、明日を連れてくる》

 粉の白が、夜の黒にふわりと広がる。
 革命は、いつだって静かに始まって、気づけば世界の当たり前になる。
 ペニシリン──青の小さな雫が、王都の灯りをひとつ、またひとつ、確かな光に変えていくのを、私は見届けていた。

「……私、医者じゃないのにね」

 窓の外の星に向かって呟く。

「でも、誰かを生かす“手順”なら、作れる。社畜の得意分野だもの」

 自嘲気味に笑って、すぐにやめた。
 笑うより、やることがある。工程表の改訂、講習会の準備、そして次の課題に向けた“宿題”──破傷風、敗血症、子どもの耳の痛み。

 青の雫は、まだ始まったばかりだ。

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