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農業革命編第3章 実証農場での挑戦
しおりを挟むアルトハイム領の片隅にある休耕地。雑草が生い茂り、誰も耕すことを諦めていた小さな土地を、エリアナは試験農場として整備し始めていた。
「ここなら、失敗しても被害は最小限で済みますわね」
エリアナは袖をまくり上げ、農民の若者たちと一緒に土を掘り返す。
「まさか、公爵令嬢が自ら鍬を振るうなんて……」
「う、腕が震える……」
若者たちは半ば感動し、半ば恐れおののいていた。
「皆さん、もっと腰を落として! 土をよくほぐすことが大事ですのよ」
エリアナは笑顔で指導しながらも、心の中では(まさか自分が鍬を持つ日が来るなんて……)と苦笑していた。
◆ ◆ ◆
最初の作業は、畝(うね)を整えることだった。
「風通しを良くするために畝を少し高くします。水はけも改善されますから」
農民の若者カイルが首を傾げる。
「畝を高くするだけで、そんなに違うのですか?」
「ええ。水が溜まれば根腐れしますし、風通しが悪ければ病気が広がります。小さな工夫が作物を守るのですわ」
若者たちは感心しながら鍬を動かし、整然と並ぶ畝が次々に出来上がっていった。
次は肥料作りだ。
「家畜の糞と落ち葉を混ぜ、発酵させて堆肥を作ります。そこに灰を加えると、土に必要なカリウムが補えますわ」
「発酵……?」
若者たちは眉をひそめる。
「つまり、腐らせるということです。けれど、ただ腐るのではなく、土を肥やす“熟成”になるのです」
エリアナは前世で覚えた堆肥作りの工程を思い出しながら、説明を続けた。
「温度が上がりすぎればかき混ぜて、空気を入れてください。そうすれば微生物――土の小さな精霊たちが元気に働いて、良い堆肥ができます」
「なるほど……」
農民たちは目を輝かせながらメモを取っていた。
(ああ……まるで『のうりん』や『銀の匙』を地でやってる気分だわ)
エリアナは心の中で苦笑しつつも、真剣に作業を続けた。
◆ ◆ ◆
やがて、試験農場には小麦の隣に豆科のソラマメやエンドウが植えられ、さらに芋類の区画も整えられた。
「これが……輪作、ですか?」
「そうですわ。小麦の後に豆を植え、次に芋を植える。順番を入れ替えることで土は休み、力を取り戻すのです」
エリアナは自信満々に答えた。
「特に豆科は重要です。根に“根粒菌”がいて、土に窒素を戻してくれるのです」
「ね、根粒菌……?」
「目には見えないほど小さな存在ですが、彼らが土を豊かにするのです。つまり、畑の小さな救世主ですわね」
若者たちは目を丸くして聞き入った。
一方で、遠巻きに見守っていた代官バルドは鼻で笑った。
「ふん、女の遊びだ。豆や芋で腹が満ちるか? 数か月もすれば失敗と証明されるだろう」
だが、若者たちは代官の嘲笑を無視して作業に励んだ。
数日後、エリアナはさらに一歩踏み込んだ実験を始めた。
「この水車を見てください」
小川に設置された簡易水車が、きしみながら回転している。
「これを使って水を畑に引きます。雨が少なくても、これで安定して作物に水を与えられるのです」
「こ、これは便利だ……!」
農民たちは驚きの声を上げた。
「エリアナ様は、まるで百人の農夫の知恵を持っているみたいです!」
エリアナは照れ笑いを浮かべた。
(実際は、ただのラノベと農業雑誌の知識なのだけどね……)
日々の農作業は決して楽ではなかった。鍬を振るう手は豆だらけになり、泥にまみれて汗だくになる。
だが、若者たちと笑い合いながら畑を整え、芽が出る瞬間を共に喜ぶうちに、領地には少しずつ活気が戻ってきた。
「見てください! 芽が出ました!」
「豆の葉がこんなに青々と!」
農民たちは子供のように歓声を上げる。
エリアナもその中に立ち、胸の奥に温かなものを感じていた。
(これが……農業。人の暮らしを支える根本。知識さえあれば、世界は変わる。きっとこの領地も救えるはず)
だがその影で、バルド代官は冷たい目を光らせていた。
「……ふん。どれほど芽吹こうと、所詮は小娘の戯れ。収穫の時には失敗するに決まっておる」
彼の目に宿るのは、嫉妬と打算。領地の未来などどうでもよく、ただ自らの権威を守ることしか頭にない。
やがて訪れる収穫の季節――エリアナの挑戦が真に試される時が来ようとしていた。
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