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農業改革編第5章 新たな農業革命
しおりを挟む秋の収穫祭から数週間後。
アルトハイム領は、これまでにないほどの賑わいを見せていた。
市場には、焼きたてのパンや豆料理、芋の煮込みが並び、笑顔の領民たちが活気に満ちている。
子供たちは腹を空かせて泣くこともなく、老人たちは安心して冬を迎えられると涙を流した。
「見てください、エリアナ様。倉庫の穀物が溢れています!」
「余った分は売っても良いし、保存して冬に備えることもできます!」
農民代表の若者カイルが興奮気味に報告する。
領地の人々は、もはや「神罰」や「呪い」など口にしなくなっていた。彼らが信じるのは――科学と知識の力。
その中心に立つのは、もちろんエリアナだった。
◆ ◆ ◆
しかし、豊作は一方で新たな問題をもたらした。
アルトハイム領が王国の他の地方に比べて圧倒的な収穫量を誇ると、周辺貴族たちが色めき立ったのだ。
「アルトハイム領だけが豊作とは……怪しい」
「禁呪でも使ったのではないか?」
「このままでは市場が混乱する!」
そんな噂が王都にまで届き、やがて国王の耳にも入った。
「ふむ……エリアナ嬢の農法は、ただの偶然ではないらしいな」
玉座の間で王は顎を撫で、家臣たちに言った。
「彼女を呼び寄せよ。王都でもその知識を披露させるのだ」
◆ ◆ ◆
ある日、エリアナは突然の召喚を受けた。
公爵父から告げられた言葉に、思わず口をあんぐり開ける。
「え、ええと……王都で農業講義、ですか?」
「そうだ。お前のやり方は、既に領地だけでは収まりきらん。国全体に広めるべきだと陛下がお考えなのだ」
父は嬉しそうに目を細めるが、エリアナの方は真っ青だった。
(ま、待って。私、ただのオタク女子よ? 農業学部出身でもないし、知識はゲームとラノベと雑誌から仕入れただけ……!)
「お父様、私にはそんな大役は――」
「いや、お前しかおらん。自信を持ちなさい、エリアナ」
父の温かい言葉に、エリアナは観念したように肩を落とした。
(……また世界を変える流れに巻き込まれてるんですけど……)
◆ ◆ ◆
王都で開かれた農業会議。
各地の領主や学者、商人が集まり、エリアナの講義を固唾をのんで見守っていた。
緊張で喉が渇く中、エリアナは深呼吸して一歩前に出る。
「農作物が不作に陥る最大の理由は――“土の疲れ”、すなわち栄養不足です」
ざわめきが広がる。
「作物に必要なのは主に三つ――窒素、リン、カリ。この三つを補い、輪作によって土を休ませることが重要です」
「窒素? リン? カリ? なんだそれは!」
「聞いたこともない!」
反発の声が上がるが、エリアナは怯まない。
「分かりやすく言えば――土の中にいる小さな精霊の食べ物、と思ってください。豆科の作物は、その精霊に餌を与え、土を豊かにします」
比喩を交えた説明に、会場の空気が変わった。
農民出身の領主たちが、真剣な顔で頷いている。
「……なるほど。確かに豆を植えた後は土が柔らかくなったことがある」
「昔、芋を作った畑では次の年に麦がよく育った……そういうことか!」
エリアナは安堵の息をつき、さらに続けた。
「これは神の奇跡ではなく、誰にでも実践できる方法です。正しい知識を広めれば、王国全体を飢えから救えます」
会場に大きな拍手が湧き起こった。
◆ ◆ ◆
それからというもの、エリアナの名は王都中に広がった。
「農業革命の乙女」「知識の聖女」などと呼ばれ、各領地から農民たちが学びに押しかける。
若手農民たちはギルドを作り、エリアナを師と仰ぎ、王国全体に新しい農法が広がっていった。
「すごい……本当に飢える人が減っていく……」
エリアナは街の市場を歩きながら、実感に胸を震わせていた。
だが、その影で別の囁きが生まれていた。
「アルトハイム家が農業を独占すれば、王国の経済は彼らのものになる」
「商人ギルドは打撃を受けるぞ」
「他国の穀物市場にも影響が出る……いずれ争いの火種に」
エリアナは知らない。
彼女がもたらした農業革命が、やがて王国の内外を揺るがす大きな政治問題へと発展していくことを――。
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