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王太子フィリップの後悔と絶望 編 第2章 セレスティアとの関係破綻
しおりを挟む謁見の間から戻ったフィリップは、重い靴音を響かせながら王宮の回廊を歩いた。
父王の叱責がまだ耳に焼きついて離れない。胸の奥には、氷のような冷たさと灼熱のような悔しさが入り交じっていた。
(僕は……本当に、何をしてしまったんだ……)
足を止めた先に、待ち構えていたかのように立っていた女がいた。
セレスティア。派手に盛られた髪、香水の匂い、そして不満を隠そうともしない唇の歪み。
「フィリップ、やっと来たのね。遅かったじゃない」
苛立ちを隠さぬ声音。
その調子に、フィリップの胸に小さな炎がちろりと灯る。
「……父上に呼び出されていたんだ」
「どうせ、エリアナのことでしょう?」
セレスティアはふんと鼻を鳴らした。
「まったく、あの女がいなければ、あなたがこんな思いをする必要もないのに」
「……違う」
フィリップは無意識に首を振った。
「父上が怒られたのは……僕が愚かだったからだ」
「はぁ?」
セレスティアの顔にあからさまな侮蔑が浮かぶ。
「あなた、何を言っているの? 全部エリアナのせいじゃない。あの女が“聖女様”だなんて持ち上げられるから、あなたが責められるのよ!」
その言葉に、フィリップはようやく気づいた。
――彼女は一度たりとも、自分を責めていない。
――一度たりとも、この国や民を思っていない。
「……セレスティア、君は」
声が震える。だが、それは迷いではなく、怒りだった。
「君は、僕を利用しただけだったのか」
「な、何を……」
「君は僕に甘い言葉を囁いて、エリアナを貶めて……そうして、王太子妃の座を手に入れた。それが全てだろう?」
セレスティアの瞳が一瞬揺れた。だがすぐに虚勢を張るように唇を吊り上げる。
「ふん。あなたが情けないから、そう見えるだけよ。エリアナなんて、たまたま運が良かっただけ。所詮まぐれよ!」
「まぐれじゃない!」
フィリップは思わず声を荒げていた。
その瞬間、彼の心の中で、二人の女性の姿が鮮烈に対比された。
エリアナ――
泥にまみれながらも畑を救い、患者の血を前に毅然と立ち、王都の地下に眠る巨大な設計図を描き上げた女。
セレスティア――
宝石を欲しがり、舞踏会の話題にしか興味を示さず、己の見栄のために周囲を操る女。
「違う……エリアナは本物だ」
フィリップは震える声で呟いた。
「彼女は努力して、知識を積み上げ、結果を残した。君とは違う」
「っ……!」
セレスティアの顔から血の気が引いた。だが次の瞬間には怒りに紅潮し、尖った声が廊下に響く。
「あなた、どういうつもり!? 私とエリアナを比べるなんて!」
「もう比べる必要すらない。結論は出ている」
フィリップは背を向けた。
セレスティアの声が後ろから飛んでくる。
「後悔するわよ、フィリップ!」
だが、その声はもう彼の耳に届いていなかった。
ただ、胸に渦巻くのはひとつの感情――
(僕は……愚かだった)
彼女を選び、エリアナを手放したあの日。
それがどれほど致命的な過ちだったのか、今になって骨の髄まで思い知らされていた。
(……取り戻したい。エリアナを)
燃え尽きかけの心に、歪んだ執念が静かに芽生えるのを、フィリップ自身も感じ取っていた。
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