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第22話 読み聞かせ会、はじめました
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第22話 読み聞かせ会、はじめました
読み聞かせ会は、思いつきだった。
マンガ喫茶の奥でお茶を飲みながら、アルフェッタはぼんやりと客の様子を眺めていた。
ページをめくる音。
椅子が軋む小さな音。
絵を追う視線の静けさ。
(……みんな、黙々と読んでいますわね)
それはそれで、心地よい。
だが同時に、別の光景が頭に浮かんだ。
(声があっても、いいかもしれませんわ)
文字が読めない人にとって、絵は入り口になる。
けれど、物語の流れをつかむには、誰かの声があると、さらに楽になる。
(教える、ではなく)
(一緒に楽しむ、ですわね)
アルフェッタは、その場で決めた。
翌日、入口の札の横に、小さな紙を貼る。
――本日午後、読み聞かせ会を行います
――追加料金なし
それだけ。
告知は、それで十分だった。
午後。
いつもより少しだけ人が多い。
子ども。
文字を追うのが苦手な使用人。
興味本位の大人。
アルフェッタは、椅子ではなく、低い台の前に立った。
手に取ったのは、台詞のほとんどない絵本だ。
大きな絵が、ページいっぱいに描かれている。
「難しいことはしませんわ」
アルフェッタは、穏やかに言った。
「この絵を見て、
私が感じたことを、声に出すだけです」
誰かに理解させる必要はない。
正解もない。
「違うと思ったら、心の中で違うと思ってくださって結構です」
客たちは、少しだけ緊張を解いた。
アルフェッタは、ページをめくる。
「――ここでは、この子が走っていますわね」
声は、朗読調ではない。
説明でもない。
ただ、感じたまま。
「急いでいるのかしら。
それとも、楽しいのかしら」
子どもが、ぽつりと言った。
「……追いかけっこ、してるんだと思う」
「そうかもしれませんわね」
アルフェッタは、すぐに肯定もしなかった。
否定もしない。
「そう見える理由、あります?」
「……後ろの子、笑ってる」
周囲から、くすりと笑いが漏れる。
ページをめくる。
「ここでは、転んでいますわ」
「痛そう……」
「でも、次の絵では?」
「……立ってる」
「ええ。
だから、きっと大丈夫ですわね」
文字は、ほとんど使わなかった。
必要なときだけ、短い言葉を添える。
物語は、進んでいく。
途中、アルフェッタは問いかける。
「この人、何を考えていると思います?」
答えは、ばらばらだ。
でも、それでいい。
読み聞かせ会は、勉強ではない。
発表会でもない。
一冊の本を、同時に眺める時間。
終わる頃には、誰もが自然に肩の力を抜いていた。
「……また、やるんですか?」
子どもが聞く。
「気が向いたら」
アルフェッタは、あっさり答えた。
「毎回ではありませんわ。
楽しみは、たまにあるほうがいいでしょう?」
その日の閉店後。
侍女が、少し不思議そうな顔で言った。
「……読み聞かせ、というより……
お話し会、でしたね」
「ええ」
アルフェッタは微笑んだ。
「教室には、したくありませんもの」
学ぶ場になる必要はない。
けれど、学んでしまうことは、止めない。
その夜、いつもの少年が、小声で言った。
「……あの……
今日の本……
家で、真似して描いてみたい」
アルフェッタは、少しだけ驚き、そして嬉しくなった。
「どうぞ。
誰にも見せなくていいですわよ」
異世界転生生活二十二日目。
アルフェッタは今日も、何かを教えたつもりはない。
けれど確かに――
物語に声を与える楽しさを、この世界にそっと置いてしまった。
それが、後に「読み聞かせ文化」と呼ばれることになるとは、
この時、誰も知らなかった。
読み聞かせ会は、思いつきだった。
マンガ喫茶の奥でお茶を飲みながら、アルフェッタはぼんやりと客の様子を眺めていた。
ページをめくる音。
椅子が軋む小さな音。
絵を追う視線の静けさ。
(……みんな、黙々と読んでいますわね)
それはそれで、心地よい。
だが同時に、別の光景が頭に浮かんだ。
(声があっても、いいかもしれませんわ)
文字が読めない人にとって、絵は入り口になる。
けれど、物語の流れをつかむには、誰かの声があると、さらに楽になる。
(教える、ではなく)
(一緒に楽しむ、ですわね)
アルフェッタは、その場で決めた。
翌日、入口の札の横に、小さな紙を貼る。
――本日午後、読み聞かせ会を行います
――追加料金なし
それだけ。
告知は、それで十分だった。
午後。
いつもより少しだけ人が多い。
子ども。
文字を追うのが苦手な使用人。
興味本位の大人。
アルフェッタは、椅子ではなく、低い台の前に立った。
手に取ったのは、台詞のほとんどない絵本だ。
大きな絵が、ページいっぱいに描かれている。
「難しいことはしませんわ」
アルフェッタは、穏やかに言った。
「この絵を見て、
私が感じたことを、声に出すだけです」
誰かに理解させる必要はない。
正解もない。
「違うと思ったら、心の中で違うと思ってくださって結構です」
客たちは、少しだけ緊張を解いた。
アルフェッタは、ページをめくる。
「――ここでは、この子が走っていますわね」
声は、朗読調ではない。
説明でもない。
ただ、感じたまま。
「急いでいるのかしら。
それとも、楽しいのかしら」
子どもが、ぽつりと言った。
「……追いかけっこ、してるんだと思う」
「そうかもしれませんわね」
アルフェッタは、すぐに肯定もしなかった。
否定もしない。
「そう見える理由、あります?」
「……後ろの子、笑ってる」
周囲から、くすりと笑いが漏れる。
ページをめくる。
「ここでは、転んでいますわ」
「痛そう……」
「でも、次の絵では?」
「……立ってる」
「ええ。
だから、きっと大丈夫ですわね」
文字は、ほとんど使わなかった。
必要なときだけ、短い言葉を添える。
物語は、進んでいく。
途中、アルフェッタは問いかける。
「この人、何を考えていると思います?」
答えは、ばらばらだ。
でも、それでいい。
読み聞かせ会は、勉強ではない。
発表会でもない。
一冊の本を、同時に眺める時間。
終わる頃には、誰もが自然に肩の力を抜いていた。
「……また、やるんですか?」
子どもが聞く。
「気が向いたら」
アルフェッタは、あっさり答えた。
「毎回ではありませんわ。
楽しみは、たまにあるほうがいいでしょう?」
その日の閉店後。
侍女が、少し不思議そうな顔で言った。
「……読み聞かせ、というより……
お話し会、でしたね」
「ええ」
アルフェッタは微笑んだ。
「教室には、したくありませんもの」
学ぶ場になる必要はない。
けれど、学んでしまうことは、止めない。
その夜、いつもの少年が、小声で言った。
「……あの……
今日の本……
家で、真似して描いてみたい」
アルフェッタは、少しだけ驚き、そして嬉しくなった。
「どうぞ。
誰にも見せなくていいですわよ」
異世界転生生活二十二日目。
アルフェッタは今日も、何かを教えたつもりはない。
けれど確かに――
物語に声を与える楽しさを、この世界にそっと置いてしまった。
それが、後に「読み聞かせ文化」と呼ばれることになるとは、
この時、誰も知らなかった。
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