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第23話 読み書き教室という名の遊び
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第23話 読み書き教室という名の遊び
読み聞かせ会の翌日。
マンガ喫茶は、いつもと同じように静かに開いていた――はずだった。
けれど、その日は少しだけ、空気が違った。
扉の前で立ち止まる人が、いつもより多い。
入ってきても、すぐ本棚に向かわず、きょろきょろと室内を見回している。
まるで、何かが始まるのを期待しているような顔。
(……あら)
アルフェッタは、お茶を注ぎながら、内心で首をかしげた。
特別な告知は出していない。
読み聞かせ会も、今日は予定していない。
それでも――
人は、昨日の「楽しかった記憶」を、自然と探しに来るものらしい。
最初に声を上げたのは、例の少年だった。
「あの……
今日は……お話、しないんですか?」
「しませんわ」
アルフェッタは、即答した。
少年は一瞬しょんぼりしたが、すぐに言い直す。
「じゃあ……
あれ、やってもいいですか」
「あれ?」
「……昨日の本の、絵。
自分で描いてみるやつ」
アルフェッタは、少し考え、頷いた。
「紙と鉛筆なら、ありますわ」
そう言うと、少年の顔がぱっと明るくなった。
それをきっかけに、他の子どもたちも動き出す。
「私も、描いていい?」
「文字、書いてもいい?」
アルフェッタは、そこでようやく気づいた。
(……ああ)
(始まってしまいましたわね)
誰も「教えてほしい」とは言っていない。
誰も「勉強したい」とも言っていない。
ただ、やってみたいだけ。
アルフェッタは、机をいくつか寄せ、紙を置いた。
「約束は、一つだけですわ」
子どもたちが、こちらを見る。
「正しく書こうとしないこと」
ぽかん、とした顔。
「上手に描こうとしないこと」
「読めなくても、気にしないこと」
アルフェッタは、穏やかに続ける。
「これは、遊びです。
できなくて、当然。
間違えて、当然」
その言葉で、場の空気がふっと軽くなった。
最初は、絵だけだった。
棒人間。
歪んだ動物。
何か分からない線の集合。
でも、しばらくすると、誰かが呟いた。
「……名前、書きたい」
「書けばいいですわ」
「……書けない」
「じゃあ、描けばいいですわ」
その返しに、周囲がくすくす笑う。
それでも、少年は諦めなかった。
「……この線、こう?」
アルフェッタは、紙に触れない。
代わりに、自分の紙に、同じ形を描いてみせる。
「こんな感じですわね。
でも、違ってもいいです」
それを見て、少年は真似をする。
完璧ではない。
でも、自分の名前らしきものが、紙の上に残った。
「……できた」
その声は、とても小さく、でも誇らしげだった。
気づけば、周囲でも同じことが起きていた。
絵の横に、短い線。
線の横に、さらに線。
文字になる前の、文字未満の痕跡。
アルフェッタは、それを見て、何も言わなかった。
(教室にしない)
その約束を、ちゃんと守る。
ここでは、誰も前に立たない。
誰も評価しない。
誰も「正解」を持たない。
あるのは、
「描きたい」
「書いてみたい」
その気持ちだけ。
夕方。
紙は、机いっぱいに広がっていた。
誰も疲れた顔をしていない。
むしろ、少し名残惜しそうだ。
「……また、やっていい?」
誰かが言った。
「ええ。
でも、毎日じゃありませんわ」
「えー」
「楽しみは、取っておくものです」
アルフェッタは、くすりと笑った。
片付けのあと、侍女が小声で言う。
「……あれは……
読み書き教室、なのでは?」
アルフェッタは、首を横に振った。
「いいえ」
きっぱりと。
「遊びですわ」
学ぼうとしていない。
でも、学んでしまう。
それが一番、厄介で、
一番、楽しい。
異世界転生生活二十三日目。
アルフェッタは今日も、世界を変えたつもりはない。
けれど確かに――
「学ぶ前に、楽しむ」という入口を、この世界に作ってしまった。
それが後に、
「勉強っぽくないのに身につく、あの不思議な場所」と噂されるようになるとは、
この時、まだ誰も知らなかった。
読み聞かせ会の翌日。
マンガ喫茶は、いつもと同じように静かに開いていた――はずだった。
けれど、その日は少しだけ、空気が違った。
扉の前で立ち止まる人が、いつもより多い。
入ってきても、すぐ本棚に向かわず、きょろきょろと室内を見回している。
まるで、何かが始まるのを期待しているような顔。
(……あら)
アルフェッタは、お茶を注ぎながら、内心で首をかしげた。
特別な告知は出していない。
読み聞かせ会も、今日は予定していない。
それでも――
人は、昨日の「楽しかった記憶」を、自然と探しに来るものらしい。
最初に声を上げたのは、例の少年だった。
「あの……
今日は……お話、しないんですか?」
「しませんわ」
アルフェッタは、即答した。
少年は一瞬しょんぼりしたが、すぐに言い直す。
「じゃあ……
あれ、やってもいいですか」
「あれ?」
「……昨日の本の、絵。
自分で描いてみるやつ」
アルフェッタは、少し考え、頷いた。
「紙と鉛筆なら、ありますわ」
そう言うと、少年の顔がぱっと明るくなった。
それをきっかけに、他の子どもたちも動き出す。
「私も、描いていい?」
「文字、書いてもいい?」
アルフェッタは、そこでようやく気づいた。
(……ああ)
(始まってしまいましたわね)
誰も「教えてほしい」とは言っていない。
誰も「勉強したい」とも言っていない。
ただ、やってみたいだけ。
アルフェッタは、机をいくつか寄せ、紙を置いた。
「約束は、一つだけですわ」
子どもたちが、こちらを見る。
「正しく書こうとしないこと」
ぽかん、とした顔。
「上手に描こうとしないこと」
「読めなくても、気にしないこと」
アルフェッタは、穏やかに続ける。
「これは、遊びです。
できなくて、当然。
間違えて、当然」
その言葉で、場の空気がふっと軽くなった。
最初は、絵だけだった。
棒人間。
歪んだ動物。
何か分からない線の集合。
でも、しばらくすると、誰かが呟いた。
「……名前、書きたい」
「書けばいいですわ」
「……書けない」
「じゃあ、描けばいいですわ」
その返しに、周囲がくすくす笑う。
それでも、少年は諦めなかった。
「……この線、こう?」
アルフェッタは、紙に触れない。
代わりに、自分の紙に、同じ形を描いてみせる。
「こんな感じですわね。
でも、違ってもいいです」
それを見て、少年は真似をする。
完璧ではない。
でも、自分の名前らしきものが、紙の上に残った。
「……できた」
その声は、とても小さく、でも誇らしげだった。
気づけば、周囲でも同じことが起きていた。
絵の横に、短い線。
線の横に、さらに線。
文字になる前の、文字未満の痕跡。
アルフェッタは、それを見て、何も言わなかった。
(教室にしない)
その約束を、ちゃんと守る。
ここでは、誰も前に立たない。
誰も評価しない。
誰も「正解」を持たない。
あるのは、
「描きたい」
「書いてみたい」
その気持ちだけ。
夕方。
紙は、机いっぱいに広がっていた。
誰も疲れた顔をしていない。
むしろ、少し名残惜しそうだ。
「……また、やっていい?」
誰かが言った。
「ええ。
でも、毎日じゃありませんわ」
「えー」
「楽しみは、取っておくものです」
アルフェッタは、くすりと笑った。
片付けのあと、侍女が小声で言う。
「……あれは……
読み書き教室、なのでは?」
アルフェッタは、首を横に振った。
「いいえ」
きっぱりと。
「遊びですわ」
学ぼうとしていない。
でも、学んでしまう。
それが一番、厄介で、
一番、楽しい。
異世界転生生活二十三日目。
アルフェッタは今日も、世界を変えたつもりはない。
けれど確かに――
「学ぶ前に、楽しむ」という入口を、この世界に作ってしまった。
それが後に、
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この時、まだ誰も知らなかった。
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