婚約破棄されましたが、私はもう必要ありませんので

ふわふわ

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第三十話 戻らなかった未来

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第三十話 戻らなかった未来

 王宮の朝は、今日も予定どおり始まった。

 鐘が鳴り、会議が組まれ、報告書が積み上がる。
 外部顧問による改革案は、第三段階に入ったと告げられていた。

「……これで、一区切りだな」

 ロイド・ヴァルシュタインは、そう口にしながらも、どこか納得しきれない表情をしていた。

 数字は整っている。
 制度も、形式上は完成に近い。

 だが――
 人の動きは、以前と大きく変わっていない。

「判断は、相変わらず上に集まります」

 側近の言葉は、淡々としている。

「責任が明確になった分、
 “自分の判断で動く”ことを、皆が避けています」

 ロイドは、深く息を吐いた。

「……安全ではあるが、強くはない」

 失敗しない組織。
 だが、挑戦もしない組織。

 それが、今の王宮だった。

 一方、辺境公爵領。

 マルグリット・フォン・ルーヴェンは、自治組織の定例報告を聞いていた。
 報告は短く、簡潔だ。

「問題は?」

「特にありません」

「改善点は?」

「二件、提案があります」

 それで十分だった。

 判断は、その場で下される。
 修正は、即日反映される。

 誰かに確認を取るために、時間を浪費することはない。

「……よし」

 マルグリットは、書類を閉じる。

「次に進みましょう」

 それは、命令ではない。
 流れだった。

 午後、彼女は一人で城下を歩いていた。

 役所の前を通り、市場を抜け、倉庫街へ向かう。
 誰も、特別な反応を示さない。

「こんにちは」

 声をかけられ、立ち止まる。

 パン屋の主人だった。

「最近、配達が早くて助かってます」

「それは、良かったです」

「前は、何かあると、すぐ揉めてましたからね」

 笑いながら、そう言う。

 マルグリットは、軽く会釈した。

 それ以上の言葉は、いらない。

 彼女がいなくても、
 この領は、すでに回っている。

 それが、何よりの成果だった。

 夜、王宮。

 ロイドは、執務室で一通の古い書簡を取り出した。

 マルグリットが、辺境へ移る前に書いたものだ。
 内容は、今となっては、驚くほど淡々としている。

 ――私は、戻るかどうかではなく、
 ――どこで判断するかを選びます。

「……戻らなかった未来、か」

 呟く。

 もし、あのとき彼女を引き留めていたら。
 もし、条件を飲んで戻ってもらっていたら。

 王宮は、少しは楽になっていたかもしれない。

 だが――
 それは、本当に“良い未来”だったのだろうか。

 辺境公爵領の夜は、静かだ。

 マルグリットは、執務室の灯りを落とす。

 今日も、特別な出来事はなかった。
 だが、明日も、同じように回る。

「……戻らなかったからこそ、
 ここまで来られたのですね」

 誰に向けるでもなく、呟く。

 過去に戻る道は、もうない。
 だが、後悔もない。

 選ばなかった未来。
 戻らなかった場所。

 そのすべてが、
 今の安定を支えている。

 マルグリット・フォン・ルーヴェンは、静かに扉を閉める。

 王宮と違う道を選んだ未来は、
 すでに現実として、ここにあった。

 そしてそれは――
 もう、誰にも取り戻せない未来だった。
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