婚約破棄されましたが、私はもう必要ありませんので

ふわふわ

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第三十一話 任せるという決断

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第三十一話 任せるという決断

 辺境公爵領の朝は、いつもより少し慌ただしかった。

 だが、それは混乱ではない。
 複数の部署が同時に動き、判断が重なっているだけだ。

「……この件は、こちらで処理します」

 自治組織の責任者が、役所の廊下で言った。

「了解。
 報告は、夕方まででいい」

 やり取りは短く、迷いがない。

 マルグリット・フォン・ルーヴェンは、少し離れた場所から、その様子を見ていた。

「……よく動いていますね」

 フェリクス・フォン・グランツが隣で言う。

「あの判断、以前なら私が出していました」

「今は?」

「今は、不要です」

 それが、今日の本題だった。

 午前の会議で、マルグリットは一つの提案をした。

「次の四半期から、
 私は定例会議への出席を一部、減らします」

 場が静まる。

「不在時の最終判断は、
 自治組織の合同会議で行ってください」

 責任者たちが、互いに視線を交わす。

「……それは」

「不安ですか?」

 マルグリットは、否定も叱責もしない。

「正直に言えば、少し」

 若い責任者が答える。

「当然です」

 彼女は、穏やかに頷いた。

「任せるというのは、
 “完璧にできる”から任せるのではありません」

 空気が、少しだけ和らぐ。

「判断の余地を残し、
 失敗しても戻れる範囲で、
 任せるのです」

 フェリクスは、腕を組んだまま静かに聞いている。

「私は、消えません」

 マルグリットは、はっきりと言った。

「ですが、常に前に立つのは、今日で終わりです」

 それは、退く宣言ではない。
 次の段階へ進む合図だった。

 午後、早速その“任せる仕組み”が試される。

 物流拠点で、小さなトラブルが起きた。
 天候の影響で、一部の荷が遅れている。

「判断は?」

「代替ルートを使います」

「追加費用は?」

「予備枠で吸収できます」

 合同会議で、結論が出る。

 報告は、夕方にまとめて上がってきた。

 マルグリットは、目を通し、赤を入れない。

「……問題ありません」

 それだけだった。

 フェリクスが、少し意外そうに言う。

「修正しないのか」

「しません。
 私なら、少し違う選択をしたかもしれませんが」

「だが、失敗ではない」

「はい」

 それが重要だった。

 夜、王宮。

 ロイド・ヴァルシュタインは、辺境公爵領からの定期報告を読んでいた。

「……判断者が、増えている」

 誰か一人の名前ではない。
 複数の署名。
 複数の決裁。

「彼女は、さらに一歩、引いたな」

 それは、弱さではない。

 自分がいなくても回るようにする――
 それこそが、最も難しい決断だ。

 辺境公爵領の夜は、静かだ。

 マルグリットは、執務室で一人、灯りを落とす。

「……任せるという決断」

 小さく呟く。

 握り続けるより、
 手放すほうが、勇気が要る。

 だが、彼女はもう知っている。

 自分が前に立たなくても、
 世界は進む。

 それを確認できた今日という日は、
 これまでで、最も確かな一日だった。

 マルグリット・フォン・ルーヴェンは、静かに扉を閉める。

 判断は、もう彼女一人のものではない。
 そして、それでいい。

 それが、
 彼女が選び取った、
 次の未来だった。
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