婚約破棄されました(効率の悪い労働でした) ― 働いてない? 舞踏会は、充分重労働ですわ! ―

ふわふわ

文字の大きさ
39 / 40

第39話 完全に忘れられる前に、最後の仕事が残っていますわ

しおりを挟む
第39話 完全に忘れられる前に、最後の仕事が残っていますわ

 それは、唐突というより――
 あまりにも事務的だった。

 朝の報告で、執事が一通の公文書を差し出す。

「王都より、確認文書が届いております」

 ルナ・ルクスは、紅茶の湯気越しにそれを見た瞬間、内容をほぼ察した。

「……“確認”、ですわね」

 封を切り、目を通す。

 文章は簡潔で、感情の色は一切ない。

 ――ルクス公爵領は、今後も現行の運営方針を維持する意思があるか。
 ――方針変更の予定がある場合、事前に通達されたい。

 命令ではない。
 要請でもない。
 忠告ですらない。

 ただの確認。

 それが意味することは、はっきりしている。

「管理対象から外すための、最終チェックですわね」

 執事が、静かにうなずいた。

「はい。
 今後の関与を切るための……」

「ええ。
 最後の確認ですわ」

 人も、組織も、制度も。
 完全に手放す前には、必ず一度だけ振り返る。

 本当に、こちらを見てこないのか。
 本当に、口出ししてこないのか。
 本当に、使えないままなのか。

 ――それを確かめるための一通。

 午前中、ルナは返書を書く。

 文面は、驚くほど短い。

 ――現行方針を維持する
 ――変更予定なし
 ――以上

 それだけ。

 理由も、背景も、説明も添えない。

「……冷たくありませんか?」

 執事が、念のために尋ねる。

「いいえ」

 ルナは、はっきりと言った。

「冷たくする相手が、もういないのですわ」

 関係を保つ気があるなら、
 言葉を重ねる。

 関与する気がないなら、
 情報だけを渡す。

 それだけの話だ。

 午後、返答はすぐに届いた。

 ――了承した
 ――今後の関与は求めない

 たった二行。

 それを聞いた瞬間、
 ルナは深く、長く息を吐いた。

「……これで、完全に終わりましたわね」

 これは勝利でも、敗北でもない。
 排除でも、独立でもない。

 ただの――切り離し。

 王都は、
 彼女を使えないと判断した。

 そして、
 それ以上の確認をする必要もないと判断した。

 夕方、ルナは庭園を歩く。

 整備された石畳。
 穏やかな灯り。
 人々の足音。

 王都がどうなろうと、
 ここは回る。

 自分が前に出なくても、
 声を上げなくても、
 誰かを導かなくても。

「……世界は、
 思ったより、
 私抜きでも動きますのね」

 それが、
 なぜか心地よかった。

 夜、ノートを開く。

 今日書くことは、一つだけ。

 ・最後の確認=完全な解放

 前世では、
 この「最後の確認」で、必ず余計なことをした。

 ――一言くらい
 ――助言くらい
 ――今後のために

 その瞬間、
 役割が戻ってきた。

 期待が復活し、
 責任が積み上がり、
 結局、全部引き受けた。

 今回は違う。

 何も足さない。
 何も削らない。
 何も語らない。

 それが、
 本当の意味での終わり方だ。

 寝る前、
 ルナは静かにベッドに腰を下ろし、
 天井を見上げた。

「……完全に忘れられる前に、
 最後の仕事が残っている」

 それを、
 今日、終えた。

 もう、
 呼ばれない。
 比べられない。
 試されない。

 残るのは、
 自分の領地と、
 自分の生活と、
 自分で選んだ“何もしない日常”。

 ルナ・ルクスは、
 静かに目を閉じる。

 明日からは、
 本当に――
 何も起きない。

 それを恐れず、
 それを歓迎できた時点で、
 彼女はもう、
 どこにも属さない自由を手に入れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

俺の妻になれと言われたので秒でお断りしてみた

ましろ
恋愛
「俺の妻になれ」 「嫌ですけど」 何かしら、今の台詞は。 思わず脊髄反射的にお断りしてしまいました。 ちなみに『俺』とは皇太子殿下で私は伯爵令嬢。立派に不敬罪なのかもしれません。 ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻R-15は保険です。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

処理中です...