婚約破棄されました(効率の悪い労働でした) ― 働いてない? 舞踏会は、充分重労働ですわ! ―

ふわふわ

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第40話 何も起きない毎日こそ、私が選び取った結末ですわ

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第40話 何も起きない毎日こそ、私が選び取った結末ですわ

 朝は、驚くほど静かに始まった。

 窓から差し込む柔らかな光。
 庭の噴水の音。
 遠くで聞こえる、馬車の走る気配。

 ――報告は、特にありません。

 執事のその一言を聞いた瞬間、
 ルナ・ルクスは、ようやく確信した。

「ええ……
 それで、すべて終わりですわね」

 確認も来ない。
 要請もない。
 噂すら、戻ってこない。

 王都は完全に、
 彼女を話題にすることをやめた。

 それは、冷遇でも追放でもない。
 ただの――無関心。

 そしてそれこそが、
 彼女が前世から、
 喉から手が出るほど欲しかったものだった。

 午前中、帳簿に目を通す。

 税収は安定。
 支出は計画内。
 孤児院も、工房も、市場も、
 すべてが淡々と回っている。

 特別な成長はない。
 奇跡のような数字もない。

 だが、
 誰も疲弊していない。
 誰も無理をしていない。

「……十分すぎますわ」

 前世なら、
 ここで必ず言われていた。

 ――もっとできるだろう。
 ――余力があるなら、次を。
 ――成長を止めるな。

 だが今は、
 誰も言わない。

 言わせない場所に、
 彼女は立っている。

 昼前、一通の招待状が届いた。
 久しぶりの舞踏会。

 理由は書かれていない。
 功績を讃える言葉も、
 期待を匂わせる文言もない。

 ただ、
 日時と場所だけ。

 ルナは少しだけ考え、
 出席に印をつけた。

「……ええ。
 行ってあげますわ」

 それは義務ではない。
 仕事でもない。

 選択だ。

 行ってもいいし、
 行かなくてもいい。

 その自由があるから、
 彼女は行ける。

 午後、ドレスの準備をしながら、
 ふと笑みがこぼれる。

「本当に……
 貴族というのは、
 ブラック企業ですわね」

 舞踏会。
 社交。
 挨拶と微笑みと、
 無数の視線。

 重労働だ。

 だが――
 もう、
 社員ではない。

 評価制度もない。
 昇進もない。
 ノルマもない。

 嫌なら、辞められる。
 疲れたら、休める。

 それだけで、
 同じ労働でも、
 意味はまるで変わる。

 夜、舞踏会の会場で、
 誰かが囁いた。

「……久しぶりですね、
 ルクス公爵令嬢」

 ルナは、にこやかに答える。

「ええ。
 お久しぶりですわ」

 それ以上、
 何も続かない。

 称賛もない。
 非難もない。
 助言の依頼もない。

 ただの、
 挨拶。

 その事実に、
 ルナは心から満足した。

 夜更け、屋敷に戻り、
 最後にノートを開く。

 もう、書くことはほとんどない。

 ・働かない
 ・巻き込まれない
 ・壊れない

 最初から最後まで、
 彼女が選び続けた方針だ。

 何かを成し遂げなくてもいい。
 世界を変えなくてもいい。
 誰かの期待に応えなくてもいい。

 それでも、
 日常は続く。
 人は生きる。
 お金は回る。

 それでいい。

 ベッドに身を沈め、
 ルナ・ルクスは静かに目を閉じた。

「……何も起きない毎日こそ、
 私が選び取った結末ですわ」

 拍手もない。
 記念碑も残らない。

 だが、
 確かに、幸せだ。

 翌朝も、
 同じ光が差し込む。

 同じ紅茶を飲み、
 同じ報告を聞き、
 同じ日常が始まる。

 それは退屈ではない。
 それは停滞でもない。

 守り切った結果としての、
 完成された日常だ。

 こうして――
 働かない公爵令嬢ルナ・ルクスの物語は、
 何も起きないという最高の形で、
 静かに幕を閉じた。
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