婚約破棄されました(効率の悪い労働でした) ― 働いてない? 舞踏会は、充分重労働ですわ! ―

ふわふわ

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第39話 完全に忘れられる前に、最後の仕事が残っていますわ

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第39話 完全に忘れられる前に、最後の仕事が残っていますわ

 それは、唐突というより――
 あまりにも事務的だった。

 朝の報告で、執事が一通の公文書を差し出す。

「王都より、確認文書が届いております」

 ルナ・ルクスは、紅茶の湯気越しにそれを見た瞬間、内容をほぼ察した。

「……“確認”、ですわね」

 封を切り、目を通す。

 文章は簡潔で、感情の色は一切ない。

 ――ルクス公爵領は、今後も現行の運営方針を維持する意思があるか。
 ――方針変更の予定がある場合、事前に通達されたい。

 命令ではない。
 要請でもない。
 忠告ですらない。

 ただの確認。

 それが意味することは、はっきりしている。

「管理対象から外すための、最終チェックですわね」

 執事が、静かにうなずいた。

「はい。
 今後の関与を切るための……」

「ええ。
 最後の確認ですわ」

 人も、組織も、制度も。
 完全に手放す前には、必ず一度だけ振り返る。

 本当に、こちらを見てこないのか。
 本当に、口出ししてこないのか。
 本当に、使えないままなのか。

 ――それを確かめるための一通。

 午前中、ルナは返書を書く。

 文面は、驚くほど短い。

 ――現行方針を維持する
 ――変更予定なし
 ――以上

 それだけ。

 理由も、背景も、説明も添えない。

「……冷たくありませんか?」

 執事が、念のために尋ねる。

「いいえ」

 ルナは、はっきりと言った。

「冷たくする相手が、もういないのですわ」

 関係を保つ気があるなら、
 言葉を重ねる。

 関与する気がないなら、
 情報だけを渡す。

 それだけの話だ。

 午後、返答はすぐに届いた。

 ――了承した
 ――今後の関与は求めない

 たった二行。

 それを聞いた瞬間、
 ルナは深く、長く息を吐いた。

「……これで、完全に終わりましたわね」

 これは勝利でも、敗北でもない。
 排除でも、独立でもない。

 ただの――切り離し。

 王都は、
 彼女を使えないと判断した。

 そして、
 それ以上の確認をする必要もないと判断した。

 夕方、ルナは庭園を歩く。

 整備された石畳。
 穏やかな灯り。
 人々の足音。

 王都がどうなろうと、
 ここは回る。

 自分が前に出なくても、
 声を上げなくても、
 誰かを導かなくても。

「……世界は、
 思ったより、
 私抜きでも動きますのね」

 それが、
 なぜか心地よかった。

 夜、ノートを開く。

 今日書くことは、一つだけ。

 ・最後の確認=完全な解放

 前世では、
 この「最後の確認」で、必ず余計なことをした。

 ――一言くらい
 ――助言くらい
 ――今後のために

 その瞬間、
 役割が戻ってきた。

 期待が復活し、
 責任が積み上がり、
 結局、全部引き受けた。

 今回は違う。

 何も足さない。
 何も削らない。
 何も語らない。

 それが、
 本当の意味での終わり方だ。

 寝る前、
 ルナは静かにベッドに腰を下ろし、
 天井を見上げた。

「……完全に忘れられる前に、
 最後の仕事が残っている」

 それを、
 今日、終えた。

 もう、
 呼ばれない。
 比べられない。
 試されない。

 残るのは、
 自分の領地と、
 自分の生活と、
 自分で選んだ“何もしない日常”。

 ルナ・ルクスは、
 静かに目を閉じる。

 明日からは、
 本当に――
 何も起きない。

 それを恐れず、
 それを歓迎できた時点で、
 彼女はもう、
 どこにも属さない自由を手に入れていた。
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