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第8話 王国は、間違いを選び続ける
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第8話 王国は、間違いを選び続ける
王城の会議室は、重苦しい空気に満ちていた。
長い机の周囲には、王太子アルノルトをはじめ、重臣たちが顔を揃えている。
だが、その表情は一様に硬い。
「――以上が、現状の報告です」
財務官の声が、どこか疲れ切っていた。
「北部と西部で税収が予定を下回っています。
加えて、商人ギルドからは“決裁の遅延”に対する抗議が」
アルノルトは、腕を組んだまま黙り込む。
以前なら、こうした報告の途中で、自然と修正案が提示されていた。
議論が拡散する前に、要点が整理されていた。
――今は、それがない。
「……要するに、財政が厳しいということか?」
ようやくアルノルトが口を開いた。
「はい。しかし、対策次第では――」
「時間がない」
彼は、話を遮った。
「この状況を、国民に不安を与えずに乗り切る必要がある」
重臣たちが顔を見合わせる。
それは、解決策ではない。
ただの願望だ。
「殿下……」
年配の宰相が、慎重に言葉を選ぶ。
「ここは、一度立ち止まり、政策の見直しを――」
「見直し?」
アルノルトは眉をひそめた。
「それは、これまでの判断が間違っていたと言うのか?」
宰相は、言葉に詰まった。
「……いえ。そういう意味では……」
「なら、問題ない」
断定的な口調。
「今必要なのは、迷いを見せないことだ。
国民は、強い王太子を求めている」
沈黙。
だが、その“強さ”が、独りよがりであることを、誰も指摘できなかった。
そこへ、別の重臣が資料を差し出す。
「殿下、隣国シュタインベルク公国との交易についてですが……
条件の再交渉を求められています」
「再交渉?」
「はい。
向こうは、新たな物流網の整備を進めており……」
アルノルトは、苛立たしげに手を振った。
「こちらから譲歩する必要はない。
今まで通りで十分だ」
「しかし、公国側は……」
「なら、放っておけ」
その一言で、会議は凍りついた。
――それは、事実上の拒否だった。
シュタインベルク公国は、王国にとって重要な交易相手だ。
にもかかわらず、その変化を読み取ろうとしない。
(……見えていない)
宰相は、内心でそう思った。
だが、口には出せない。
会議が終わり、重臣たちが退出したあと。
アルノルトは、一人執務室に残った。
机の上には、山積みの書類。
どれも、決断を待っている。
「……なぜ、うまくいかない」
彼は、苛立ちを隠さず呟いた。
そのとき、ふと、控えめなノック音が響く。
「殿下……」
ノエリアだった。
「今は、忙しい」
冷たい声。
彼女は一瞬だけ躊躇ったが、それでも言った。
「……先ほど、女官長からお話を伺いました。
商人の方々が、不満を……」
「だから、君は気にしなくていいと言っている」
きっぱりと。
「君は、そういうことを背負う必要はない」
その言葉に、ノエリアは何も返せなかった。
彼女は、癒やしでいればいい。
それが、アルノルトの出した結論だった。
――だが。
癒やしは、決裁をしない。
癒やしは、数字を整えない。
癒やしは、国を動かさない。
夜。
王城の一室で、宰相は密かに書簡をしたためていた。
宛先は――シュタインベルク公国。
正規の外交ルートではない。
あくまで、“個人的な問い合わせ”という形だ。
『貴国の新たな政策について、非公式に意見交換を願えないだろうか』
書き終えた宰相は、深く息を吐いた。
「……このままでは、王国は孤立する」
その頃。
シュタインベルク公国では、カルヴァスが報告を受けていた。
「王国側は、再交渉を拒否しました」
「そうか」
短い返答。
だが、その目は冷えていた。
「想定内だ」
隣で資料に目を通していたセラフィナが、静かに言う。
「……王国は、判断を誤っていますわね」
「ああ」
「こちらとしては、計画を前倒しするだけです。
王国を通さない交易路を、優先しましょう」
迷いのない声。
カルヴァスは、一瞬だけ彼女を見つめ、頷いた。
「君の案で進める」
その決断は、速かった。
こうして――
王国は、自ら重要な選択肢を切り捨てた。
誰かに奪われたのではない。
誰かに裏切られたのでもない。
ただ、自分で“間違い”を選んだだけだ。
その代償を知るのは、もう少し先。
だが確実に、
王国とシュタインベルク公国の差は、取り返しのつかないほど開き始めていた。
---
王城の会議室は、重苦しい空気に満ちていた。
長い机の周囲には、王太子アルノルトをはじめ、重臣たちが顔を揃えている。
だが、その表情は一様に硬い。
「――以上が、現状の報告です」
財務官の声が、どこか疲れ切っていた。
「北部と西部で税収が予定を下回っています。
加えて、商人ギルドからは“決裁の遅延”に対する抗議が」
アルノルトは、腕を組んだまま黙り込む。
以前なら、こうした報告の途中で、自然と修正案が提示されていた。
議論が拡散する前に、要点が整理されていた。
――今は、それがない。
「……要するに、財政が厳しいということか?」
ようやくアルノルトが口を開いた。
「はい。しかし、対策次第では――」
「時間がない」
彼は、話を遮った。
「この状況を、国民に不安を与えずに乗り切る必要がある」
重臣たちが顔を見合わせる。
それは、解決策ではない。
ただの願望だ。
「殿下……」
年配の宰相が、慎重に言葉を選ぶ。
「ここは、一度立ち止まり、政策の見直しを――」
「見直し?」
アルノルトは眉をひそめた。
「それは、これまでの判断が間違っていたと言うのか?」
宰相は、言葉に詰まった。
「……いえ。そういう意味では……」
「なら、問題ない」
断定的な口調。
「今必要なのは、迷いを見せないことだ。
国民は、強い王太子を求めている」
沈黙。
だが、その“強さ”が、独りよがりであることを、誰も指摘できなかった。
そこへ、別の重臣が資料を差し出す。
「殿下、隣国シュタインベルク公国との交易についてですが……
条件の再交渉を求められています」
「再交渉?」
「はい。
向こうは、新たな物流網の整備を進めており……」
アルノルトは、苛立たしげに手を振った。
「こちらから譲歩する必要はない。
今まで通りで十分だ」
「しかし、公国側は……」
「なら、放っておけ」
その一言で、会議は凍りついた。
――それは、事実上の拒否だった。
シュタインベルク公国は、王国にとって重要な交易相手だ。
にもかかわらず、その変化を読み取ろうとしない。
(……見えていない)
宰相は、内心でそう思った。
だが、口には出せない。
会議が終わり、重臣たちが退出したあと。
アルノルトは、一人執務室に残った。
机の上には、山積みの書類。
どれも、決断を待っている。
「……なぜ、うまくいかない」
彼は、苛立ちを隠さず呟いた。
そのとき、ふと、控えめなノック音が響く。
「殿下……」
ノエリアだった。
「今は、忙しい」
冷たい声。
彼女は一瞬だけ躊躇ったが、それでも言った。
「……先ほど、女官長からお話を伺いました。
商人の方々が、不満を……」
「だから、君は気にしなくていいと言っている」
きっぱりと。
「君は、そういうことを背負う必要はない」
その言葉に、ノエリアは何も返せなかった。
彼女は、癒やしでいればいい。
それが、アルノルトの出した結論だった。
――だが。
癒やしは、決裁をしない。
癒やしは、数字を整えない。
癒やしは、国を動かさない。
夜。
王城の一室で、宰相は密かに書簡をしたためていた。
宛先は――シュタインベルク公国。
正規の外交ルートではない。
あくまで、“個人的な問い合わせ”という形だ。
『貴国の新たな政策について、非公式に意見交換を願えないだろうか』
書き終えた宰相は、深く息を吐いた。
「……このままでは、王国は孤立する」
その頃。
シュタインベルク公国では、カルヴァスが報告を受けていた。
「王国側は、再交渉を拒否しました」
「そうか」
短い返答。
だが、その目は冷えていた。
「想定内だ」
隣で資料に目を通していたセラフィナが、静かに言う。
「……王国は、判断を誤っていますわね」
「ああ」
「こちらとしては、計画を前倒しするだけです。
王国を通さない交易路を、優先しましょう」
迷いのない声。
カルヴァスは、一瞬だけ彼女を見つめ、頷いた。
「君の案で進める」
その決断は、速かった。
こうして――
王国は、自ら重要な選択肢を切り捨てた。
誰かに奪われたのではない。
誰かに裏切られたのでもない。
ただ、自分で“間違い”を選んだだけだ。
その代償を知るのは、もう少し先。
だが確実に、
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