『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!

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第九十六話

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 燦燦と日の差し込む大きなガラス、革張りの椅子と高そうなピカピカの机、その前に備えられたテーブルとソファは来客用か。
 協会の奥にある執務室に私はいた。

 執務室と聞けばはっと身構えてしまう硬さがある。
 しかし探索者協会と言えど所詮は田舎町の支部、大事な執務があるとき以外は割といろんな人がここに入ってきては、筋肉と軽い雑談ついでにお茶菓子を食べたりしているようだ。
 実際ここ一週間でも毎日のように誰かがここへ訪れているし、土産と言わんばかりの適当な菓子を置いていく。

 そう、筋肉に弟子入りを断られてから一週間が経っている。
 最初の頑として弟子にしないという態度こそ見せないものの、未だにあちらから積極的に何かを教えようといった雰囲気はない。
 だがじっくりと観察してみればその一挙一動が全て為になる、これが探索者の中でも上位の実力を持つ(?)らしい男の動きか。

 コーヒーカップ片手に紙を捲っていた筋肉の視線がこちらに向く。

「……何か用か」
「押忍」
「押忍じゃないが」

 私の脇に抱えられたのは分厚い本、その名も『ハルキの! 究極ナビ!』、表紙には青い武器片手にこぶしを握り締めた男の写真、今売れに売れているようだ。
 この本によれば初心者、特に弟子は師匠への返事を全て『押忍!』で答えるべしと書いてある。

 この本はすごい。
 難しい漢字は全く使われておらず文字もそこまで詰まっていないので、読む作業が苦手な私でも内容を容易に理解できる。
 三千円はちょっと高いかなと思ったのだが買って正解だったと思う。本屋の角で山積みになっていたのはきっと沢山売れるからだろう、在庫も十分というわけだ。

「そこでこれでも食ってろ」
「お……ありがとう」

 机の中から取り出されたクッキーの小袋。
 ぽいと放られたそれを受け取りソファに腰掛ければ『いつも』の時間が始まった。

 紙を捲る音とクッキーを食む協奏曲、眠くなりそうなほどの弛緩した時間。

 本当はもっと積極的に声を掛けたいし、戦い方を教えてほしい。
 だが私が思っていたよりずっと彼の仕事は忙しそうで、よく見せていたニカっと快活な笑顔はどこへやら、額にしわを寄せ文字を読み、忙しなくページを捲る様を見ていれば気が引けた。
 
 分かってる、私のしてることはすっごい迷惑なことだって。
 思い立った直後はなんて名案、思い立てばすぐ行動よとばかりに突撃したが、こうやって何もできず待てば待つほど次第に頭は冷えていって……強くなりたいのは事実だけれど、すぐにでも謝って他に何か手を探した方がいいんじゃないかって、頭の端で冷静な自分が語りかけてくる。

 沈む。ゆっくりと、深くに。
 体の端からゆっくりと血が引いて行き、自分でも思考の坩堝へと囚われていくのが分かった。

 ああ、駄目だ駄目だ。
 お前はいっつもそうだ、考えなしに動いて他の人にまで迷惑をかけて、あまりに遅い後悔をする。
 だから人に嫌われる……だから……だから……



 ジリリリリリッ!




 その時、鼓膜を叩くスマホの着信音に意識がすくい上げられた。

「……!」
「剛力だ。ああ――またか。場所は?」

 そこからは暫しの遣り取り、電話を耳に当てた彼をぼうっと見続ける。

 時間にして一分ほど。
 静かにそれを置いた筋肉の眼光がこちらに刺さった。

「崩壊の兆候を察知したらしい、今から出るが……」
「うん」


「ちょっとばかし遠出になるがお前も来るか?」


「……いく」

 その言葉でにわかに体が熱くなる。
 別に弟子にするとかの話とはかかわりがないだろう、単なる気まぐれなのかもしれない、一応聞いてやるかくらいの可能性が高いだろう。
 それでも、それでも其処に居ていい、そんな風に言われてるような気がした。



 特に大掛かりな準備はいらない、こまごまとしたものもあれど全て五分後には終わった。
 本当に必要なものは『アイテムボックス』へ放り込んであるし、恐らく普段からこういった生活の彼が準備をしていないはずがない。

 フロントで椅子に座って作業をしていた手を振り二人協会を出、電車へと乗り込む。
 相変わらずガラガラの車内、空調でよく冷えた空気が火照った体を包んだ。

「これから向かうのはEランクダンジョン、名前は何だったか……名前が長いんだが『草木蔓延る……いや忘れちまったわ。ともかく植物系のモンスターが多い所だ」
「植物……燃やすの?」

 燃やすのなら得意だ、とは言っても魔法を使うわけではない……第一私は魔法を使えない。
 燃やすというより爆発だが、魔法は使えないが魔石を砕けば爆発のおまけで火は出る。

 だが私の疑問に筋肉は緩く首を振る。
 曰く植物にあまり火は効かないと、油分を多く含むものならまた別らしいが。

「物理だ。ぶん殴るかぶった切れば解決する」

 なるほどね、私が一番得意な奴じゃん。
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