『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!

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第百十七話第百十七話

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 時刻は午前九時。
 日によってじっくりと炙られ始めたアスファルトが熱を帯び、陽炎が熱気を示すように揺らめきだす時間帯。

 背中へずっしりとした久しい感覚を確かめつつ、後ろへ振り向けば筋肉が腕を組んで立っていた。

「じゃ、行ってくる」
「おう」
「崩壊止めに行くなら私も呼んでよ、絶対だからね」
「わーったわーった! 良いからさっさと行ってこい、くれぐれも前言ったことは守るようにな」

 一応これ持たせとくから、戦う前には読むこと。
 筋肉が念入りに繰り返し、最後にはこちらの手へメモまで握らせてきたのは、以前の練習試合で彼が私へ忠告してきたことだ。

 そう、今日私は協会へ籠ることをやめた。
 筋肉曰く、

『お前の戦闘の基本を教え込み、悪い癖を修正することはできる。だが、お前がどんな戦術で、どういう風に戦うか一から十までを決めることは俺にはできねえ。だから常に俺に張り付くんじゃなく探せ、ダンジョンに潜って自分で自分を見極めろ』

 というわけで、納得できるような出来ないような、もしかして体よく邪険にされているような気がしないでもないことを言われ、一人他のダンジョンへ潜ることになった。
 まあ言っていることは分かる。身長だって違う、レベルやスキルだって全く異なる人間の戦い方全てを指南できるなんて、そう優れた人はいないだろう。

 私は私の戦い方で、か。


「なに?」
「言い忘れたことがあった。ヤバそうだったら逃げろ、何もかも捨てて逃げろ。死んだら終わりだが生き残ればまた拾い直せるからな」
「りょ!」
「りょ! じゃねえよ、どっからそんな変な返事聞いてきた」
「え? 一木さんだけど」

 一木さんとは穂谷さんと共に探索を行っている人だ。
 ポニテできりっとした雰囲気の人なのだが酒を飲むとふにゃふにゃになるらしく、昨日靴を受け取った日の帰りに突然絡まれSNSを交換することになった。
 穂谷さんに助けてもらった時横にいたらしく、その話をしたりした時彼女が返して来たのが『りょ!』だ。

 この返事、今流行りっているらしい。
 私も流行りに乗らなくては、このスマホという機械のビックウェーブに。

「あんま変なこと吹き込まれても信じるなよ」
「りょ!」
「本当に人の話聴いてんのか?」
「りょ!」

 新たに手に入れた靴で地面をぐっと踏みつけ駆け出せば程よい反発、以前の劣化したゴム底とは比べ物にならないくらい走りやすい。
 ついつい楽しくなって宙返りしたり、高速で反復横跳びしたりと無駄なことを絡ませながら走ってしまう。

 これは戦うのが楽しみになって来たぞ、うおおお待ってろモンスター共!
 ちょああ! ちょああ!

「昨日テレビじゃ今は『り』だとか言ってた気がしたが、まあどうでもいいか。第一ダンジョン内だと電波通らねえのにどうやって連絡しろってんだ」

 筋肉が背後で呟いた悲しい事実も知らずに。



 カタン……コトン……

 電車は動き続ける。
 人を、未来を、多様な其々の思いを乗せて。
 今日も窓から見える蒼の塔は晴れ渡る空より蒼く、静かに佇んでいた。

「ふぃ……涼しい」

 どさりと重い音を立てて床へ卸されるリュック。
 私の動きに合わせ額に浮かぶ汗が零れ、人知れずシャツへ染み込む。

 適度な反発を持つ椅子へ腰を下ろし途中で買ったスポーツドリンクを一口喉奥へ流し込めば、甘酸っぱく少しだけしょっぱいそれが口内を満たした。
 ちょっと寒いくらいに効いた冷房が、日光とアスファルトから芯まで重ね焼きにされた身体をゆっくりと冷やしていく。

 今日も電車に乗る人は恐ろしく少ない。
 一人、二人……五人、スーツを着た人が大半なのは出社なのだろう、みな一様にスマホや新聞を覗き込んで熱心に何かを睨んでいた。
 きっと政治の動向とか株の変動とかを見ているのだろう、この前CMでそういう感じのことを言っていた。

 いつもならすることもなく、外を解け流されていく深緑をただ眼で追うだけの時間……だが今日は違う。
 ふふ、今日からは私も頭良さそうな人の仲間入りだ――そう、スマホがあるから!

「安心院重工が政府と民間でも扱える武器の新開発契約をしめ……むすび……? ふむふむ、なるほどね、うんうん」

 よく分からん。
 あ、メロン丸ごとアイス……!? でっちようかん!? う、う、うおさめ抹茶とわらびもちのソフト!? え、すっごいおいしそう。
 ところでうおさめ宇治抹茶ってなんだ、この目に痛いほど濃厚な緑色といいなんだか凄そうな響きだ。
 ほえ、台湾カステラ……? カステラは好きだ、甘くておいし

 ピイイィッ!

 鋭い警笛が耳を突き抜け、電子の世界へ旅立っていた私の思考を現世へ呼び戻す。
 首を捻れば既に閉じかけている扉。まずい、電車が出てしまう。

「や、やば……! 『ステップ』!」

 ポイッとスマホを投げ全力疾走、限界までも跳躍。
 リュックをひっつかみ閉じ行く扉をすり抜け、ギリギリのところで駅のホームへ飛び移ることに成功した。
 本来街中でこういったスキルをホイホイ使うことはあまりよろしくないのだが、今回は緊急事態なのでセーフだろう。セーフセーフ。

 ふぃ……さて、ここのダンジョンは……?

 ポケットへ手を突っ込むが、あの冷たく硬質で四角い無機物へ指が触れない。
 手に当たるのは飴の包みとレシート、それと切符だけだ。

 おかしい、確かここに突っ込んでいるはずなんだけど……あれ?
 さっきまで検索してアイスとか見てたのに、一体どこ……へ……!?

 ふと覗き込んだ電車の中には見慣れた銀のフォルム。
 次第に加速していきあっという間に見えなくなってしまったが、あれは間違いなく私の……スマホ……




「……あああああ! 待って! ストップ! とまってええええ!?」
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