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第百三十五話
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「あれ……あれ……?」
『しっかりしろ結城! ぼさっとしてる余裕なんてない、早くその場から離れろ! モンスターと会っても無視するんだ、絶対に戦おうなんて思うんじゃねえぞ!』
手を伸ばしても、確かにそこにあったはずのものは一切ない。
確かめるように地面へ伸ばされた手からは、ざらりと湿った土が零れ落ちていくだけ。
なにも触れない、何も感じない。あれだけいたはずの人も、無機質な人工物の欠片さえもそこには混じっていなかった。
理解を拒む体が冷たい汗を零し、全身が仄暗い未知への恐怖に震える。
何が起こっているの?
私はなにか化かされてでもいるの?
今見ているこれは何かの映像作品ではないの?
今に誰かがぴょいと現れて、大きな看板を片手にドッキリだと嘲笑を浮かべるんじゃないのか。
そう思っていたのに、無慈悲な時の流れは私一人を置き去りにして過ぎていくばかり。
コンコン、ポンポンと狐や狸がひょっこり顔をのぞかせてくれた方が、まだ幾分か今よりましな気分になれる。
『大丈夫だったか結城!』
「き、筋肉……確かにあったの……! 今さっきまですぐ目の前にあったの、本当に、本当にちょっと目 を離しただけだったの……! なのに、なのに」
震える手で異様に重いスマホを持ち上げ、やっとの思いで出した声は、自分でも笑ってしまうほどか細いものだった。
彼が何か叫んでいる。
何か言わないといけない、でも何を言えばいいの? 私が今見たものを言って、なるほどそうだったのかと誰が頷いてくれるの?
ああ、ぐるぐるする。
あたまいたい。
『おい人の話聞いてんのか! 今どこにいる! 拾いに――いや、いい。見つけた」
おなかを掬い取るように差し込まれた、太く安心感のある腕。
「後で吐くかもしれねえけど許せ、有事だからな!」
手を伸ばした先、ゆっくりと町が遠のいていく。
トカゲ、とかげ、とかげ、とかげ。
ぴかり、とかげ、ぴかり、光る、消える。
人の住んでいた形跡が、とかげが輝くたびにがっぽりと抉れ、瞬きすらしていないというのにぴったりと合わさる。
最初からそこにあったかのように、木と建造物のデッサンが狂ったかのような融合物がまた一つ生まれた。
何度も、何度も。
爆ぜ、消え、くっつく。
まともな世界が歪んで、歪み同士がもっと歪む。
町が消えていく、町のあった空間がどんどん縮んでいく。
子供が塊の粘土から千切った後残りをまとめていくように、木も道路も建造物も関係ない、抉れた面と面がぴったりと合わさって、歪な融合物だけが遺された。
堕ちる。
モンスターが消えるたびに空間は削り取られていき、確かにあったはずの町が抉れ、一軒家程度の空間へと縮まっていって……
意識が、堕ちる。
そして何もなくなった。
◇
「んぁ……」
緩慢な回転を繰り返す天井のシーリングファン、朝陽か夕陽か知らないが、橙色の柔らかな光が引き戸から差し込む。
今まで体験したことのないほど柔らかく、暖かいのに寝苦しくはない布団とベッドの上質なシーツに包まれ、うつらうつら重い瞼を開いた。
どこだ、ここ。
ぼんやりとする頭を枕にうずめると。ほんの少しだけ鼻をくすぐる爽やかな香り。
気持ちいい。
身を包むもののどれもこれもが柔らかく、つややかで滑らかな病みつきの触感、何も考えずにずっと撫でていたい。
染み一つない木製の天井、複雑な模様の欄間。
全く記憶のない部屋、直感的に分かるというか、なんだかすごい高そうな香りがした。
それに窓際に配置された椅子、そこに座らせられた謎の仏像がものすごい存在感を放っている。
まるで今からでも動き出しそうというべきか、ものすごいマッシブな体が、はて、こんなに筋肉を全身へ纏った闘争力に溢れた仏像が存在していいのだろうかというべきか、そもそも何で何の変哲もない部屋にこんな異形の化け物が放置されれているのだというべきか……
――いや、待てよ?
布団からゆっくりと起き上がり、そのうつむいた顔を横から覗くと……
「にょわ!? こっ、これきっ、筋肉じゃん……! な、ななっ、なんでこんなところいるの!?」
筋肉だこれ!
「ん、ああ、起きたか。半日ずっと眠ってた気分はどうだ?」
本人はどうやら居眠りをしていたらしく、私の声にハッと目を開けた。
ついでに私自身、彼の強烈な存在感に意識は平常を取り戻し、同時にぼやけていた出来事の輪郭がはっきりと姿を取って思考へ蘇る。
「ここどこ」
「温泉街の近くにあったホテルだ、お前が突然気絶したんで運んできた」
「――!」
温泉なんてのんびり浸かっている暇はない、焦燥感がうなじをちりちりと焼く。
そうだ、寝ている場合じゃない。
私は見たんだ、先ほどまで話していた存在が、先ほどまで目の前にあった物ががっぽりと消える瞬間を。
ただ消えるだけじゃない、消えて一瞬できた空洞が丸で元からなかったかのように閉じるのも見た。
どうあがいたってあり得るものじゃない。
「ね、ねえ! ダンジョンの崩壊は!? 学校は!? 大麦はどうなったの!?」
「何の話だ? 流石に俺でもお前の夢の内容をズバリ言い当てるのは無理だぞ、もう少しヒントをくれ」
すっとぼける筋肉の顔が苛立たしい、もう少し柔和な顔になってから冗談は飛ばしてくれ。
一体何を考えているのか、多くの人の命がかかっているってこの緊急事態で、よくもまあそんな態度を取れるものだ。
枕元へ添えられていたスマホをひっつかみ、彼の顔へ画面をこれでもかと近づけ指さす。
「ち、違う! 筋肉の方こそ何言ってるの!? ほら、ここに大麦の電話番号だって……!」
「大麦って誰だよ、お前の友達か? 第一どこにもないじゃねえか」
何もかもがちぐはぐだ、何を言っているのか本当に理解できない。
言われるがままに画面へ顔を近づけ、二度、三度とスクロールを繰り返す。
私は友達も少ないし、知り合いだってそう多くはない。
彼女のアカウントだって、そう、簡単に見つかるはず。
「あ、あれ……? 確かに登録したはずなのに……」
見つかるはず、だったのに。
確かに互いに登録し電話をしたはずの彼女、しかしスマホのどこにも彼女の連絡先も、そして通信履歴すら残っていなかった。
勿論スマホをシャカシャカ振ったり、ぺちぺち叩いても出てこない。
あ、あれ? スマホ壊れちゃった?
一応使うとき以外は『アイテムボックス』に放りこんであるし、戦闘の衝撃でってことはないはずなんだけど。
筋肉が悪戯に消した……?
まさか。ロックがかかっているし、一々そんなことをする人間じゃないのは私だってわかっている。
思考と記憶が酷くずれている、それを自分自身理解しているからこその違和感が気持ち悪い。
その後ひたすら思いつく限りにあれこれと調べてみたが、大麦若葉……いや、大西若葉についての情報は、私のスマホのどこにも残っていなかった。
『しっかりしろ結城! ぼさっとしてる余裕なんてない、早くその場から離れろ! モンスターと会っても無視するんだ、絶対に戦おうなんて思うんじゃねえぞ!』
手を伸ばしても、確かにそこにあったはずのものは一切ない。
確かめるように地面へ伸ばされた手からは、ざらりと湿った土が零れ落ちていくだけ。
なにも触れない、何も感じない。あれだけいたはずの人も、無機質な人工物の欠片さえもそこには混じっていなかった。
理解を拒む体が冷たい汗を零し、全身が仄暗い未知への恐怖に震える。
何が起こっているの?
私はなにか化かされてでもいるの?
今見ているこれは何かの映像作品ではないの?
今に誰かがぴょいと現れて、大きな看板を片手にドッキリだと嘲笑を浮かべるんじゃないのか。
そう思っていたのに、無慈悲な時の流れは私一人を置き去りにして過ぎていくばかり。
コンコン、ポンポンと狐や狸がひょっこり顔をのぞかせてくれた方が、まだ幾分か今よりましな気分になれる。
『大丈夫だったか結城!』
「き、筋肉……確かにあったの……! 今さっきまですぐ目の前にあったの、本当に、本当にちょっと目 を離しただけだったの……! なのに、なのに」
震える手で異様に重いスマホを持ち上げ、やっとの思いで出した声は、自分でも笑ってしまうほどか細いものだった。
彼が何か叫んでいる。
何か言わないといけない、でも何を言えばいいの? 私が今見たものを言って、なるほどそうだったのかと誰が頷いてくれるの?
ああ、ぐるぐるする。
あたまいたい。
『おい人の話聞いてんのか! 今どこにいる! 拾いに――いや、いい。見つけた」
おなかを掬い取るように差し込まれた、太く安心感のある腕。
「後で吐くかもしれねえけど許せ、有事だからな!」
手を伸ばした先、ゆっくりと町が遠のいていく。
トカゲ、とかげ、とかげ、とかげ。
ぴかり、とかげ、ぴかり、光る、消える。
人の住んでいた形跡が、とかげが輝くたびにがっぽりと抉れ、瞬きすらしていないというのにぴったりと合わさる。
最初からそこにあったかのように、木と建造物のデッサンが狂ったかのような融合物がまた一つ生まれた。
何度も、何度も。
爆ぜ、消え、くっつく。
まともな世界が歪んで、歪み同士がもっと歪む。
町が消えていく、町のあった空間がどんどん縮んでいく。
子供が塊の粘土から千切った後残りをまとめていくように、木も道路も建造物も関係ない、抉れた面と面がぴったりと合わさって、歪な融合物だけが遺された。
堕ちる。
モンスターが消えるたびに空間は削り取られていき、確かにあったはずの町が抉れ、一軒家程度の空間へと縮まっていって……
意識が、堕ちる。
そして何もなくなった。
◇
「んぁ……」
緩慢な回転を繰り返す天井のシーリングファン、朝陽か夕陽か知らないが、橙色の柔らかな光が引き戸から差し込む。
今まで体験したことのないほど柔らかく、暖かいのに寝苦しくはない布団とベッドの上質なシーツに包まれ、うつらうつら重い瞼を開いた。
どこだ、ここ。
ぼんやりとする頭を枕にうずめると。ほんの少しだけ鼻をくすぐる爽やかな香り。
気持ちいい。
身を包むもののどれもこれもが柔らかく、つややかで滑らかな病みつきの触感、何も考えずにずっと撫でていたい。
染み一つない木製の天井、複雑な模様の欄間。
全く記憶のない部屋、直感的に分かるというか、なんだかすごい高そうな香りがした。
それに窓際に配置された椅子、そこに座らせられた謎の仏像がものすごい存在感を放っている。
まるで今からでも動き出しそうというべきか、ものすごいマッシブな体が、はて、こんなに筋肉を全身へ纏った闘争力に溢れた仏像が存在していいのだろうかというべきか、そもそも何で何の変哲もない部屋にこんな異形の化け物が放置されれているのだというべきか……
――いや、待てよ?
布団からゆっくりと起き上がり、そのうつむいた顔を横から覗くと……
「にょわ!? こっ、これきっ、筋肉じゃん……! な、ななっ、なんでこんなところいるの!?」
筋肉だこれ!
「ん、ああ、起きたか。半日ずっと眠ってた気分はどうだ?」
本人はどうやら居眠りをしていたらしく、私の声にハッと目を開けた。
ついでに私自身、彼の強烈な存在感に意識は平常を取り戻し、同時にぼやけていた出来事の輪郭がはっきりと姿を取って思考へ蘇る。
「ここどこ」
「温泉街の近くにあったホテルだ、お前が突然気絶したんで運んできた」
「――!」
温泉なんてのんびり浸かっている暇はない、焦燥感がうなじをちりちりと焼く。
そうだ、寝ている場合じゃない。
私は見たんだ、先ほどまで話していた存在が、先ほどまで目の前にあった物ががっぽりと消える瞬間を。
ただ消えるだけじゃない、消えて一瞬できた空洞が丸で元からなかったかのように閉じるのも見た。
どうあがいたってあり得るものじゃない。
「ね、ねえ! ダンジョンの崩壊は!? 学校は!? 大麦はどうなったの!?」
「何の話だ? 流石に俺でもお前の夢の内容をズバリ言い当てるのは無理だぞ、もう少しヒントをくれ」
すっとぼける筋肉の顔が苛立たしい、もう少し柔和な顔になってから冗談は飛ばしてくれ。
一体何を考えているのか、多くの人の命がかかっているってこの緊急事態で、よくもまあそんな態度を取れるものだ。
枕元へ添えられていたスマホをひっつかみ、彼の顔へ画面をこれでもかと近づけ指さす。
「ち、違う! 筋肉の方こそ何言ってるの!? ほら、ここに大麦の電話番号だって……!」
「大麦って誰だよ、お前の友達か? 第一どこにもないじゃねえか」
何もかもがちぐはぐだ、何を言っているのか本当に理解できない。
言われるがままに画面へ顔を近づけ、二度、三度とスクロールを繰り返す。
私は友達も少ないし、知り合いだってそう多くはない。
彼女のアカウントだって、そう、簡単に見つかるはず。
「あ、あれ……? 確かに登録したはずなのに……」
見つかるはず、だったのに。
確かに互いに登録し電話をしたはずの彼女、しかしスマホのどこにも彼女の連絡先も、そして通信履歴すら残っていなかった。
勿論スマホをシャカシャカ振ったり、ぺちぺち叩いても出てこない。
あ、あれ? スマホ壊れちゃった?
一応使うとき以外は『アイテムボックス』に放りこんであるし、戦闘の衝撃でってことはないはずなんだけど。
筋肉が悪戯に消した……?
まさか。ロックがかかっているし、一々そんなことをする人間じゃないのは私だってわかっている。
思考と記憶が酷くずれている、それを自分自身理解しているからこその違和感が気持ち悪い。
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