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第百九十三話
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「えーっと……えい」
フォリアの菓子を取り上げる。
ここ一週間まさかまともに寝ていないのだろうか、フォリアは赤く腫れ、濃い隈が刻まれた顔を微かにこちらに向け、琉希が菓子袋を返すつもりがないと判断したらしく、無言で虚空から新たな菓子袋を取り出し、モソモソと口へ放り込み始めた。
二度、三度と繰り返してもすることは変わらず、結局十数回繰り返して漸く彼女の手持ちは尽きたようだ。
大量の菓子を買い込んでいたというのも嘘ではないらしい。
何はともあれこれでちょっとは話す気になっただろうか。
流石に一切を無視というのは何とも悲しく、布団の中からゆっくりと出てきた彼女に琉希は軽く笑い話しかけた。
「あのですね、ちょっとくらいお話をですね」
「……かえして」
緩慢な動きで琉希の下へ寄ってきた彼女は、そ小柄な体からは想像できないほど凄まじい力でこちらの腕を握り、本気で菓子を奪い返そうと躍起になっている。
その顔は普段大きな表情変化などしないフォリアからは想像できないほど壮絶なもので、何も知らぬものが見れば卒倒するほどだろう。
あっ、腕折られそう。
内心ちょっと話せばうまくいくかな、なんて思っていた琉希もこれには尻込み。
まともに話にならなそうだと判断し、どうにか彼女の両腕を振りほどくと後退、少し遠巻きに様子を眺めることに決めた。
「……食べないと」
「え?」
消えるほどか細い声。
「食べないと……もっとあまいの食べないと……幸せになれない……食べないと、早く食べないと……っ!」
「い、いや、甘いものだけじゃなくて幸せなことはいっぱいあると思いますよ?」
「あまい物はわたしのしあわせなの……っ、ママもパパも笑ってた、だから甘いものは幸せなのっ! 食べないと……はやく食べないと無くなっちゃう……っ! もうとらないで! はやくかえしてっ!」
少女を成す最も根本的なもの、それは幼き頃に失った家族への渇望。
家族で机を囲み、甘味へ舌鼓を打つというありふれていて、しかし長らく経験していないもの。
食という原始的な欲求とかつて経験した普遍的な幸福の記憶、二つの因果関係が長年の鬱積によって無秩序に掻き混ぜられた結果がこれだ。
彼女は菓子を食べていたのではない。
かすれる程昔に経験した、家族でケーキを食べるという普遍的な幸せ、甘い菓子を食べることでその幸福な記憶の残滓を必死にかき集めていた。
苦痛と絶望に満ちた現実を諦め、甘美な思い出に浸ることで心の痛みから目を逸らすことに決めたのだ。
「何も知らないくせに……何も知らないくせに好き勝手言うのやめて! もういいの! 私がいくら好きにしようと私の勝手、琉希には関係ない!」
「……っ! 体壊しちゃいますよ! 将来病気になっても良いんですか!? 後アリアさんはどこに行ったんですか!」
ただの家族喧嘩などではないことは流石に琉希でも分かった。
もっと一人の手では余るもの。いや、果たしてそこへ他人が介在していいのか、はっきりとNOとは言えないが、関係ないとほっぽることも出来ない何かがそこにある。
琉希の声にフォリアは目を見開くと、じわりとまた涙が浮かぶ。
そしてしばらくシャワーすら浴びていないのだろう、本来の輝きを失いぐちゃぐちゃになった頭へ両手を当て、行く当てのなくなった感情を床へと吐き出した。
「ママは……アリアは出て行った……」
「はぇ?」
「私はあの人の子供じゃないんだって、あの人は私の親じゃないんだって……そう言って出て行った……!」
次第に強くなる口調。
「もうやだ……! もうやだ! もういやなの! どうせみんな死んじゃうんだよ、筋肉だって死んじゃったのに私だけで戦うなんて無理なんだよ! もういいでしょ! どうせ死ぬなら好きにさせてよ! いらない! 苦しくなるものなんて要らない! 最期まで好きにやらせてよ!」
彼女の話す内容は何も知らない琉希からすれば支離滅裂ともいえる内容だ。
一体誰の事を言っているのか分からないが、その誰かが死んだ? なんて物騒にもほどがある。
彼女の事だし、恐らく探索者の誰かの事を言っているのだろうが、まるで当てはまる人が思い浮かばない。
とにかくその筋肉? なる人物の死と彼女の母との喧嘩が重なり、彼女は随分と焦燥し自暴自棄になってしまったようだ。
人の死はどうしようもないが、せめて精神的支柱である母親との和解が出来れば、彼女の精神を多少なりとも安定させることが出来るとは思うのだが……
「そんなこと……言わないでくださいよ。アリアさんのことなら、もう一度やり直すことくらい……」
「うるさい……うるさいうるさいっ! 琉希は知らないんだから幸せだよね、知らないからそんなこと言えるんだよね! 私の苦しみなんて知らないくせに、のうのうと日常を過ごしてるくせに! わたしはっ、私はただ普通に生きれればよかったのに……もう何もしたくない、なにかしたらまた嫌なことが起きるに決まってる! どうせ何したって世界無くなっちゃうなら、最後まで好きにした方が良いじゃん! ねえそうでしょ!?」
先ほどからどうせ死ぬだの世界が無くなるだの、なんだか壮大な内容になってきたことに額を抑える琉希。
はて、いきなり中二病にでも目覚めたのかと思ったが、その割にはあまりに切羽が詰まりすぎている。
果たして本当に世界の危機とやらが迫っているのかは分からない。もしかしたら彼女は本当にそれに立ち向かっていて、無理だと全部を放り投げてしまった……のかもしれない。
世界だなんだはまあ取りあえず置いておいて、今はそんな事より大事なことがある。
「私が言ってるのはっ、フォリアちゃんの大切なお母さんがどっか行っちゃうかもしれないのに、貴女は誰に助けを求めるでもなくそうやってじめじめ暗い部屋でキノコ栽培してるのかって聞いてるんですよ! ええ!? エノキ農家にでもなるつもりなんですかぁ!? 世界なんて救わなくてもいいですけどねぇ! 貴女の本当にかけがえのない物だけは、誰かの力を借りても絶対に手放しちゃダメなんじゃないですか!?」
「うるさい! あんなのっ、あんなの私のママじゃないっ! 私の大切なものじゃない! 本人が言ったんじゃん、私の親じゃないって! もういい! なにもいらない! 私は一人が好きなの! 一人でいたいの!」
「本っ当にそれでいいんですか! この二か月、あの人と過ごして貴女は、アリアさんがそういうことを言う人だって思っていたんですか!? 貴女が家族を信じないで誰が信じるんですか、きっと理由があるに違いありません!」
「知らない! 記憶失ってた人間なんだからどうとだって変化するでしょ! アリアはそういう人だったの、私を捨てて何とも思わない人間だったの!」
一体何処から取り出しているのだろうか、ボロボロと大粒の涙を流して叫ぶフォリア。
「そんなわけないじゃないですか! 記憶が消えようとなんだろうと、人のど真ん中にある性格なんて大して変わりません! 大体本当に気にしてないならこんな引き籠らないんですよ、貴女だってどうにも信じれなくて、割り切ることも出来なくて鬱々としていたんじゃないんですか!?」
「二か月で何が分かるっていうの!? 人の心なんてそんな簡単に分かるものじゃない!」
「分かりますっ! 私は貴女とあった時から分かりましたよ! 優しい子なんだって!」
「じゃあ琉希の目は腐ってるね! 私は他人なんてどうでもよくて仕方ない自己中心的な人間だから!」
「いーや、違いますね! 貴女が自分をそうだとそうだと思っていても、私が思う貴女が違うから違います!」
もはや互いに意地の張り合いだ、そこに理論や正当性なんてものは存在しない。
最初は冷静に振舞おうとしていたが、彼女の強烈な感情に当てられ、ふと気付けば自分自身支離滅裂なことを叫んでいることに気付く琉希。
しかし湯だった頭は既に冷静な行動をかなぐり捨てていた。
少女を背にすくりと立ち上がり足音荒く入口へ向かう琉希の背中に、叫んだことで若干興奮が落ち着き、一人になることの恐怖を思い出したフォリアが呟く。
「どこいくの……!」
「アリアさんを探します。美人ですし金髪で凄い目立ちますからね、SNSで情報を募れば明日には行く方向とかおおよその特定は出来ます。あとは私が説得して連れ戻しますから、貴女はそこでじめじめとチコリやウドの軟白栽培でもして、私が帰ってくるのを待っていればいいんです! ただし帰ってきたら必ず仲直りしてくださいね!」
フォリアの菓子を取り上げる。
ここ一週間まさかまともに寝ていないのだろうか、フォリアは赤く腫れ、濃い隈が刻まれた顔を微かにこちらに向け、琉希が菓子袋を返すつもりがないと判断したらしく、無言で虚空から新たな菓子袋を取り出し、モソモソと口へ放り込み始めた。
二度、三度と繰り返してもすることは変わらず、結局十数回繰り返して漸く彼女の手持ちは尽きたようだ。
大量の菓子を買い込んでいたというのも嘘ではないらしい。
何はともあれこれでちょっとは話す気になっただろうか。
流石に一切を無視というのは何とも悲しく、布団の中からゆっくりと出てきた彼女に琉希は軽く笑い話しかけた。
「あのですね、ちょっとくらいお話をですね」
「……かえして」
緩慢な動きで琉希の下へ寄ってきた彼女は、そ小柄な体からは想像できないほど凄まじい力でこちらの腕を握り、本気で菓子を奪い返そうと躍起になっている。
その顔は普段大きな表情変化などしないフォリアからは想像できないほど壮絶なもので、何も知らぬものが見れば卒倒するほどだろう。
あっ、腕折られそう。
内心ちょっと話せばうまくいくかな、なんて思っていた琉希もこれには尻込み。
まともに話にならなそうだと判断し、どうにか彼女の両腕を振りほどくと後退、少し遠巻きに様子を眺めることに決めた。
「……食べないと」
「え?」
消えるほどか細い声。
「食べないと……もっとあまいの食べないと……幸せになれない……食べないと、早く食べないと……っ!」
「い、いや、甘いものだけじゃなくて幸せなことはいっぱいあると思いますよ?」
「あまい物はわたしのしあわせなの……っ、ママもパパも笑ってた、だから甘いものは幸せなのっ! 食べないと……はやく食べないと無くなっちゃう……っ! もうとらないで! はやくかえしてっ!」
少女を成す最も根本的なもの、それは幼き頃に失った家族への渇望。
家族で机を囲み、甘味へ舌鼓を打つというありふれていて、しかし長らく経験していないもの。
食という原始的な欲求とかつて経験した普遍的な幸福の記憶、二つの因果関係が長年の鬱積によって無秩序に掻き混ぜられた結果がこれだ。
彼女は菓子を食べていたのではない。
かすれる程昔に経験した、家族でケーキを食べるという普遍的な幸せ、甘い菓子を食べることでその幸福な記憶の残滓を必死にかき集めていた。
苦痛と絶望に満ちた現実を諦め、甘美な思い出に浸ることで心の痛みから目を逸らすことに決めたのだ。
「何も知らないくせに……何も知らないくせに好き勝手言うのやめて! もういいの! 私がいくら好きにしようと私の勝手、琉希には関係ない!」
「……っ! 体壊しちゃいますよ! 将来病気になっても良いんですか!? 後アリアさんはどこに行ったんですか!」
ただの家族喧嘩などではないことは流石に琉希でも分かった。
もっと一人の手では余るもの。いや、果たしてそこへ他人が介在していいのか、はっきりとNOとは言えないが、関係ないとほっぽることも出来ない何かがそこにある。
琉希の声にフォリアは目を見開くと、じわりとまた涙が浮かぶ。
そしてしばらくシャワーすら浴びていないのだろう、本来の輝きを失いぐちゃぐちゃになった頭へ両手を当て、行く当てのなくなった感情を床へと吐き出した。
「ママは……アリアは出て行った……」
「はぇ?」
「私はあの人の子供じゃないんだって、あの人は私の親じゃないんだって……そう言って出て行った……!」
次第に強くなる口調。
「もうやだ……! もうやだ! もういやなの! どうせみんな死んじゃうんだよ、筋肉だって死んじゃったのに私だけで戦うなんて無理なんだよ! もういいでしょ! どうせ死ぬなら好きにさせてよ! いらない! 苦しくなるものなんて要らない! 最期まで好きにやらせてよ!」
彼女の話す内容は何も知らない琉希からすれば支離滅裂ともいえる内容だ。
一体誰の事を言っているのか分からないが、その誰かが死んだ? なんて物騒にもほどがある。
彼女の事だし、恐らく探索者の誰かの事を言っているのだろうが、まるで当てはまる人が思い浮かばない。
とにかくその筋肉? なる人物の死と彼女の母との喧嘩が重なり、彼女は随分と焦燥し自暴自棄になってしまったようだ。
人の死はどうしようもないが、せめて精神的支柱である母親との和解が出来れば、彼女の精神を多少なりとも安定させることが出来るとは思うのだが……
「そんなこと……言わないでくださいよ。アリアさんのことなら、もう一度やり直すことくらい……」
「うるさい……うるさいうるさいっ! 琉希は知らないんだから幸せだよね、知らないからそんなこと言えるんだよね! 私の苦しみなんて知らないくせに、のうのうと日常を過ごしてるくせに! わたしはっ、私はただ普通に生きれればよかったのに……もう何もしたくない、なにかしたらまた嫌なことが起きるに決まってる! どうせ何したって世界無くなっちゃうなら、最後まで好きにした方が良いじゃん! ねえそうでしょ!?」
先ほどからどうせ死ぬだの世界が無くなるだの、なんだか壮大な内容になってきたことに額を抑える琉希。
はて、いきなり中二病にでも目覚めたのかと思ったが、その割にはあまりに切羽が詰まりすぎている。
果たして本当に世界の危機とやらが迫っているのかは分からない。もしかしたら彼女は本当にそれに立ち向かっていて、無理だと全部を放り投げてしまった……のかもしれない。
世界だなんだはまあ取りあえず置いておいて、今はそんな事より大事なことがある。
「私が言ってるのはっ、フォリアちゃんの大切なお母さんがどっか行っちゃうかもしれないのに、貴女は誰に助けを求めるでもなくそうやってじめじめ暗い部屋でキノコ栽培してるのかって聞いてるんですよ! ええ!? エノキ農家にでもなるつもりなんですかぁ!? 世界なんて救わなくてもいいですけどねぇ! 貴女の本当にかけがえのない物だけは、誰かの力を借りても絶対に手放しちゃダメなんじゃないですか!?」
「うるさい! あんなのっ、あんなの私のママじゃないっ! 私の大切なものじゃない! 本人が言ったんじゃん、私の親じゃないって! もういい! なにもいらない! 私は一人が好きなの! 一人でいたいの!」
「本っ当にそれでいいんですか! この二か月、あの人と過ごして貴女は、アリアさんがそういうことを言う人だって思っていたんですか!? 貴女が家族を信じないで誰が信じるんですか、きっと理由があるに違いありません!」
「知らない! 記憶失ってた人間なんだからどうとだって変化するでしょ! アリアはそういう人だったの、私を捨てて何とも思わない人間だったの!」
一体何処から取り出しているのだろうか、ボロボロと大粒の涙を流して叫ぶフォリア。
「そんなわけないじゃないですか! 記憶が消えようとなんだろうと、人のど真ん中にある性格なんて大して変わりません! 大体本当に気にしてないならこんな引き籠らないんですよ、貴女だってどうにも信じれなくて、割り切ることも出来なくて鬱々としていたんじゃないんですか!?」
「二か月で何が分かるっていうの!? 人の心なんてそんな簡単に分かるものじゃない!」
「分かりますっ! 私は貴女とあった時から分かりましたよ! 優しい子なんだって!」
「じゃあ琉希の目は腐ってるね! 私は他人なんてどうでもよくて仕方ない自己中心的な人間だから!」
「いーや、違いますね! 貴女が自分をそうだとそうだと思っていても、私が思う貴女が違うから違います!」
もはや互いに意地の張り合いだ、そこに理論や正当性なんてものは存在しない。
最初は冷静に振舞おうとしていたが、彼女の強烈な感情に当てられ、ふと気付けば自分自身支離滅裂なことを叫んでいることに気付く琉希。
しかし湯だった頭は既に冷静な行動をかなぐり捨てていた。
少女を背にすくりと立ち上がり足音荒く入口へ向かう琉希の背中に、叫んだことで若干興奮が落ち着き、一人になることの恐怖を思い出したフォリアが呟く。
「どこいくの……!」
「アリアさんを探します。美人ですし金髪で凄い目立ちますからね、SNSで情報を募れば明日には行く方向とかおおよその特定は出来ます。あとは私が説得して連れ戻しますから、貴女はそこでじめじめとチコリやウドの軟白栽培でもして、私が帰ってくるのを待っていればいいんです! ただし帰ってきたら必ず仲直りしてくださいね!」
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