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第二百九話
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「え……?」
琉希は驚愕した。
先ほど圧倒的な力を振るい、己とフォリアを打ちのめした金髪の少女。
しかし彼女の声で目を覚ませば、突然現れた怪物によって為す術もなく一方的に蹂躙されていた。
もはや己の目にはその一挙一動の速度についていくことも出来ず、攻防については何も見えていない。
だが時々呻き、叫び、直後に姿を消す怪物と、同時に空中でボールのように吹き飛ばされる彼女の姿を見れば、きっとあの異形が何かをしていることは容易に想像できた。
ここまで出会ってきたモンスターは様々な姿を持っていたものの、そのどれもがしっかりとした姿の軸を持っていた。
しかし今目の前に立つ怪物はどうだろう。歪んだパッチワークは生物として異形であり、モンスターとしても常軌を逸している。
それはあまりに絶対的な存在で、こんなB級のダンジョンに存在してはいけない、狂気と暴力の化身であった。
「……っ、今がチャンスですね! フォリアちゃん! アリアさんを連れて逃げましょう!」
しかし裏返せばこれは運が良いとも言える。
本来の目的はアリアと出会い、フォリアと本心を聞き出すこと。
間違いなく関係者である彼女から話を聞き出せないのは痛いが、何故か興味を持たれ、逃げることすら叶わなかった先ほどと比べれば、彼女が怪物に襲われこちらに何も出来ない現状は何倍も幸運であった。
怪物が肉を打つ水音が響き渡る森に、琉希の呼び声も加わる。
アリアは丁度、琉希の右手数メートルの位置で寝転んでおり、後はフォリアさえ戻ってくれば逃げられるのだ。
そう、思っていたのに。
「え……?」
琉希は視界の端で、赤と黒のコントラストが広がっているのに気付いてしまった。
木々の表皮にへばり付く肉片、滴り、凍り付き始めた血。
吹き飛ばされた雪とべっこり凹んだ……いや、吹き飛ばされた地面は、明らかにただならぬ事態の起こった証。
そして何より、その中心に転がる靴と、元はアイボリーであったダッフルコートが、一体そこで何が起こったのかを表していた。
「くふ……っ!」
「ひっ!?」
唖然としていた琉希の横へ、恐ろしい勢いで叩きつけられた少女。
雪や土が激しく飛び散り彼女にも降り注ぐが、それを気にしていられない程、現状あまりに琉希は無力であった。
圧倒的レベル差においても致命的なものだけは避けていたのか、しかし全身を深々と刻む傷、そして無数の打撃によって作り出された打撲傷は重傷という言葉が軽く思える程。
「おい貴様……ポーション持ってないか……?」
恐怖に歪んだ顔が琉希へ向く。
あの尊大な少女はどこへやら、今の彼女は一見先ほどと態度は変わっていないように見え、内心の恐怖が全て筒抜けになっている。
「はっ……はいっ!」
彼女のあまりに無様で哀れな姿は先ほどの少女と似ても似つかないもので、つい数分前まで敵であった彼女へ、つい緊急用のポーションを差し出してしまう琉希。
彼女が未だに握っていたカリバーを漸く手放し、震える手でつかんだそれを嚥下した直後。
『シャアッ!』
再び、横から現れた巨腕によって吹き飛ばされる。
その一撃に、躊躇いや手加減などというものはなかった。
全てが殺意の塊、全てが必殺。
破壊衝動のまま振るわれた暴力と理不尽は、再生を始めた少女の身体を再び破壊の渦へ叩き落す。
吹き飛ばされた彼女の口から溢れた、血痕とポーションが琉希の頭へ降り注いだ。
「ひ……!」
情けなく漏れた琉希の悲鳴に気付き、怪物の瞳が地に座り込む彼女を睥睨した。
地面に転がってたカリバーを掴み上げると、金髪の少女へ振るわれたの同様、無造作な暴力が掲げられる。
そして、その巨腕に似合わぬ小さな金属の塊を、目にもとまらぬ速度で振り下ろし……
その姿は全く異なっていれど、琉希には見慣れたフォームをしていた。
「フォリア……ちゃん……?」
頭上でピタリと止まるカリバー。
フォームだけではない。
鬣のように見えた長い頭髪も、よく見れば彼女のソレ同様細く、滑らかで美しい。
瞳も縦に割れているが、太陽のように輝く金瞳はそのままだ。
そして何より鱗などが所々生えている物の、感情を多弁に伝えるその顔つきはさほど変わっていなかった。
異形になろうとも、歪められようとも、決して消えない彼女の本質がそこにはあった。
混沌に飲み込まれていた瞳へ、一筋の理性が宿る。
『りゅ……キ……?』
「うそ……ですよね……? なんで、そんな体……!?」
掠れた声。
だが間違いなく琉希の声に反応し、狂気に飲まれた彼女の心に秩序が生まれる。
何が起こったのかは理解できない。だが、間違いなく目の前にいるのはフォリアであった。
崩れそうな心を必死にかき集め、壊れそうな精神を必死につなぎ止め、耐え難い現実を乗り越えるため琉希と共にここまで足を運んだ、一人の少女であった。
恐怖を乗り越えようと、互いに震える腕が伸ばされ……その巨腕に合わぬ優しい力で、琉希の細腕が弾き飛ばされる。
絶叫。
何かを恐れ、怯み、酷く苦しんだ様子で頭を押さえ、暴れ狂うフォリア。
悶え苦しむ彼女は近づこうとする琉希へ寄るなと怒鳴り、ただ逃げる様に絶叫した。
そしてその動きすらも遂に止まる。
再び宿ったのは、感情を捨て、沸き上がる獣の衝動に身を委ねた狩人の瞳。
ギリリと激しくカリバーが握られる音が鼓膜を揺らす。
言葉はもう届かなかった。
琉希がいくら彼女の名を叫ぼうともう体が止まることなく、天に高く突き上げられた腕はすさまじい力を籠められ、筋肉が激しく収斂している。
それでも、恐怖に腰が抜け力の入らない膝を擦り、フォリアへ抱き着かんと地を這う琉希。
だが彼女の努力を嘲笑うよう、再度巨腕が振り下ろされ――
「お……い……、貴様、琉希とか言ったな……長くは……持たん、逃げるぞ……!」
今度は無数の魔法陣が怪物の四肢を縛り付ける。
それは琉希やフォリアへ先ほど放たれた元の同質のもの。しかしながら多重構造によって強化された術式は、かつてのそれとは比べ物にならない程強固な物。
気絶したまま浮かべられるアリアと共に、ボロボロの姿で脇腹を抑えた少女が立っていた。
ピシ、ピシと絶え間なく響く音。
圧倒的な力によって魔法陣は目に見えて歪んでいく。彼女の言う通り、これは長くは持たないだろう。
「でっ、でも……!?」
「今貴様に何が出来る!? お前ごときゴミのように蹂躙されて終わりだッ! 身の程を知れ雑魚!」
「なっ、危険なダンジョンにフォリアちゃん一人置いていくなんて出来ません!」
「現実を見ろ愚鈍! あの怪物を倒せるモンスターなぞ、このダンジョンに存在するわけがないだろうがっ!」
怪物の身体が変異した。
即座に破壊できないと悟ったのか、それとも偶然かは分からないが、彼女の背中から突き出すように生えてきたのは、黒く巨大な翼。
唖然とする暇もなく無数の羽根が突き出し、銃弾もかくやというほど降り注ぐ。
少女は不可視の壁で三人を守りながら叫んだ。
「くっ……分かったか! 今のあいつに理性なぞ存在しない! 後で色々話してやるから行くぞ!」
従うしかなかった。
彼女の言う通り現状を解決する手段はなく、少なくとも訳アリの少女は何かを知っている。
今ここで何もできず死ぬくらいなら、解決方法を彼女から聞き出すしかない。
琉希は走った。
二人で踏み込んだ扉の下へと、共に出ると誓った入口へと。
感情のままにあの怪物へ飛び掛かれたらどれだけ楽な事だっただろう、冷静な自分が恨めしかった。
「――っ、必ず、必ず戻ってきますから……!」
逃げる途中、フォリアの靴とコートを拾い集め、少女を置き去りにして痛む心を誤魔化す様に、琉希は小さく呟いた。
琉希は驚愕した。
先ほど圧倒的な力を振るい、己とフォリアを打ちのめした金髪の少女。
しかし彼女の声で目を覚ませば、突然現れた怪物によって為す術もなく一方的に蹂躙されていた。
もはや己の目にはその一挙一動の速度についていくことも出来ず、攻防については何も見えていない。
だが時々呻き、叫び、直後に姿を消す怪物と、同時に空中でボールのように吹き飛ばされる彼女の姿を見れば、きっとあの異形が何かをしていることは容易に想像できた。
ここまで出会ってきたモンスターは様々な姿を持っていたものの、そのどれもがしっかりとした姿の軸を持っていた。
しかし今目の前に立つ怪物はどうだろう。歪んだパッチワークは生物として異形であり、モンスターとしても常軌を逸している。
それはあまりに絶対的な存在で、こんなB級のダンジョンに存在してはいけない、狂気と暴力の化身であった。
「……っ、今がチャンスですね! フォリアちゃん! アリアさんを連れて逃げましょう!」
しかし裏返せばこれは運が良いとも言える。
本来の目的はアリアと出会い、フォリアと本心を聞き出すこと。
間違いなく関係者である彼女から話を聞き出せないのは痛いが、何故か興味を持たれ、逃げることすら叶わなかった先ほどと比べれば、彼女が怪物に襲われこちらに何も出来ない現状は何倍も幸運であった。
怪物が肉を打つ水音が響き渡る森に、琉希の呼び声も加わる。
アリアは丁度、琉希の右手数メートルの位置で寝転んでおり、後はフォリアさえ戻ってくれば逃げられるのだ。
そう、思っていたのに。
「え……?」
琉希は視界の端で、赤と黒のコントラストが広がっているのに気付いてしまった。
木々の表皮にへばり付く肉片、滴り、凍り付き始めた血。
吹き飛ばされた雪とべっこり凹んだ……いや、吹き飛ばされた地面は、明らかにただならぬ事態の起こった証。
そして何より、その中心に転がる靴と、元はアイボリーであったダッフルコートが、一体そこで何が起こったのかを表していた。
「くふ……っ!」
「ひっ!?」
唖然としていた琉希の横へ、恐ろしい勢いで叩きつけられた少女。
雪や土が激しく飛び散り彼女にも降り注ぐが、それを気にしていられない程、現状あまりに琉希は無力であった。
圧倒的レベル差においても致命的なものだけは避けていたのか、しかし全身を深々と刻む傷、そして無数の打撃によって作り出された打撲傷は重傷という言葉が軽く思える程。
「おい貴様……ポーション持ってないか……?」
恐怖に歪んだ顔が琉希へ向く。
あの尊大な少女はどこへやら、今の彼女は一見先ほどと態度は変わっていないように見え、内心の恐怖が全て筒抜けになっている。
「はっ……はいっ!」
彼女のあまりに無様で哀れな姿は先ほどの少女と似ても似つかないもので、つい数分前まで敵であった彼女へ、つい緊急用のポーションを差し出してしまう琉希。
彼女が未だに握っていたカリバーを漸く手放し、震える手でつかんだそれを嚥下した直後。
『シャアッ!』
再び、横から現れた巨腕によって吹き飛ばされる。
その一撃に、躊躇いや手加減などというものはなかった。
全てが殺意の塊、全てが必殺。
破壊衝動のまま振るわれた暴力と理不尽は、再生を始めた少女の身体を再び破壊の渦へ叩き落す。
吹き飛ばされた彼女の口から溢れた、血痕とポーションが琉希の頭へ降り注いだ。
「ひ……!」
情けなく漏れた琉希の悲鳴に気付き、怪物の瞳が地に座り込む彼女を睥睨した。
地面に転がってたカリバーを掴み上げると、金髪の少女へ振るわれたの同様、無造作な暴力が掲げられる。
そして、その巨腕に似合わぬ小さな金属の塊を、目にもとまらぬ速度で振り下ろし……
その姿は全く異なっていれど、琉希には見慣れたフォームをしていた。
「フォリア……ちゃん……?」
頭上でピタリと止まるカリバー。
フォームだけではない。
鬣のように見えた長い頭髪も、よく見れば彼女のソレ同様細く、滑らかで美しい。
瞳も縦に割れているが、太陽のように輝く金瞳はそのままだ。
そして何より鱗などが所々生えている物の、感情を多弁に伝えるその顔つきはさほど変わっていなかった。
異形になろうとも、歪められようとも、決して消えない彼女の本質がそこにはあった。
混沌に飲み込まれていた瞳へ、一筋の理性が宿る。
『りゅ……キ……?』
「うそ……ですよね……? なんで、そんな体……!?」
掠れた声。
だが間違いなく琉希の声に反応し、狂気に飲まれた彼女の心に秩序が生まれる。
何が起こったのかは理解できない。だが、間違いなく目の前にいるのはフォリアであった。
崩れそうな心を必死にかき集め、壊れそうな精神を必死につなぎ止め、耐え難い現実を乗り越えるため琉希と共にここまで足を運んだ、一人の少女であった。
恐怖を乗り越えようと、互いに震える腕が伸ばされ……その巨腕に合わぬ優しい力で、琉希の細腕が弾き飛ばされる。
絶叫。
何かを恐れ、怯み、酷く苦しんだ様子で頭を押さえ、暴れ狂うフォリア。
悶え苦しむ彼女は近づこうとする琉希へ寄るなと怒鳴り、ただ逃げる様に絶叫した。
そしてその動きすらも遂に止まる。
再び宿ったのは、感情を捨て、沸き上がる獣の衝動に身を委ねた狩人の瞳。
ギリリと激しくカリバーが握られる音が鼓膜を揺らす。
言葉はもう届かなかった。
琉希がいくら彼女の名を叫ぼうともう体が止まることなく、天に高く突き上げられた腕はすさまじい力を籠められ、筋肉が激しく収斂している。
それでも、恐怖に腰が抜け力の入らない膝を擦り、フォリアへ抱き着かんと地を這う琉希。
だが彼女の努力を嘲笑うよう、再度巨腕が振り下ろされ――
「お……い……、貴様、琉希とか言ったな……長くは……持たん、逃げるぞ……!」
今度は無数の魔法陣が怪物の四肢を縛り付ける。
それは琉希やフォリアへ先ほど放たれた元の同質のもの。しかしながら多重構造によって強化された術式は、かつてのそれとは比べ物にならない程強固な物。
気絶したまま浮かべられるアリアと共に、ボロボロの姿で脇腹を抑えた少女が立っていた。
ピシ、ピシと絶え間なく響く音。
圧倒的な力によって魔法陣は目に見えて歪んでいく。彼女の言う通り、これは長くは持たないだろう。
「でっ、でも……!?」
「今貴様に何が出来る!? お前ごときゴミのように蹂躙されて終わりだッ! 身の程を知れ雑魚!」
「なっ、危険なダンジョンにフォリアちゃん一人置いていくなんて出来ません!」
「現実を見ろ愚鈍! あの怪物を倒せるモンスターなぞ、このダンジョンに存在するわけがないだろうがっ!」
怪物の身体が変異した。
即座に破壊できないと悟ったのか、それとも偶然かは分からないが、彼女の背中から突き出すように生えてきたのは、黒く巨大な翼。
唖然とする暇もなく無数の羽根が突き出し、銃弾もかくやというほど降り注ぐ。
少女は不可視の壁で三人を守りながら叫んだ。
「くっ……分かったか! 今のあいつに理性なぞ存在しない! 後で色々話してやるから行くぞ!」
従うしかなかった。
彼女の言う通り現状を解決する手段はなく、少なくとも訳アリの少女は何かを知っている。
今ここで何もできず死ぬくらいなら、解決方法を彼女から聞き出すしかない。
琉希は走った。
二人で踏み込んだ扉の下へと、共に出ると誓った入口へと。
感情のままにあの怪物へ飛び掛かれたらどれだけ楽な事だっただろう、冷静な自分が恨めしかった。
「――っ、必ず、必ず戻ってきますから……!」
逃げる途中、フォリアの靴とコートを拾い集め、少女を置き去りにして痛む心を誤魔化す様に、琉希は小さく呟いた。
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