『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!

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第二百十三話

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「……? あれは唯のダンジョンでは? そもそも異世界で魔力を組み上げてるのなら、わざわざこの世界に塔を建てる必要はないはずですし」

 天蓋と言えばよく知られたダンジョンだ。
 三十年ほど前、世界各地に似たようなものも多く出現したが、その中でもとりわけ真っ先に生まれたのが天蓋。
 壮麗な蒼の塔は見た目も美しく、その非現実的な存在の人気は相当なもの。
 特に夜は暗闇の中、ほんのり輝いており殊更派手だ。

 ネットに、いや、メディアに触れたことのある人間ならば、一度はその写真を見たことがあるだろう。

「うむ、貴様の言う通りあれの本体は私の世界に存在する。先ほど言っただろう、ごく近くに存在する我々の世界は互いに影響されやすい、と」
「あー確かに言っていましたね」

 恐らく影響されやすいというのも、魔力的にということなのだろうとは思う。
 しかし今までスキルなどはあれど、基本的には物理こそが全ての世界で生きてきた琉希にとって、魔力的にと言われてもイマイチぴんと来ない。

「魔天楼は言ってしまえば世界そのものに穴をあけ、狭間から無理やり魔力を組み上げているのだ。当然負担は凄まじいものになる。そうだな、二枚の重なった硝子板が二つの世界だとしようか、ここに上からドリルで穴をあけたらどうなると思う?」
「え? そりゃ当然貫通……ああ、そういうことですか」

 職人技などというものは置いておくとして、重なっているのなら当然ドリルは両方を貫き、反対側から飛び出す。
 あちらの世界から世界の枠組みを超えた巨大な塔が突き出し、次元の狭間を超え、同時にこちらの世界にも影響を与えるというわけだ。
 あれだけの大きな存在、こちらの世界へ影響を与えないよう微調整など出来るわけもない。

 ようやく納得がいった琉希へ頷き、カナリアはさらに続けた。

「正確に言うとあれは本物ではなく、映し出された幻影とでもいうべきだな。あちらの世界に大穴をあけた影響でこちらの世界にも大穴が開き、そこから溢れる魔力が向こうの塔の形を取っているのだ」
「なるほど……ん? でもあれダンジョンなんですよね? その話聞く限り色々噛み合わない気がするんですけど……何か嘘ついてないです?」
「ついとらん! どうしてそう貴様は私に態度が悪いんだ、慇懃無礼にもほどがあるだろ!? 私は超偉くて凄いんだからな!」
「そういう態度のせいじゃないですかね?」

 魔力、そして世界についての学識については、短い時間ながら言葉を交わした琉希にも理解できるほど深く、素晴らしいものがある。
 だが一方で、その傲慢不遜かつ垣間見える性格は、本当に彼女が七十年以上の時を生きてきたのか疑問に思うほどだ。

 先ほど友人に裏切られ、と言っていたものの、もしかしたらこの性格や物言いがその友人を狂気に駆らせたのではないのかと琉希は睨んでいた。

「まあいい、話を戻すぞ! いいな!?」
「さっさとしてください」
「……くっ。知っている通り世界各地にはあの塔が点在しているだろう。要するに我が世界の各国が魔天楼を創り上げ狭間からくみ上げているわけだが……世界に穴をあけるという行為はそう単純なものではない。仮に一本ならば無視できる程度でも、それが集中して何十と建てられれば、決して無視できるものでは済まない」

 世界各地へ点在する塔。
 観光名所として扱われてすらいる場所が、まさかそこまで凶悪なものであったとは、琉希の想像を凌駕していた。

「あちらの世界では当然、影響を考慮して対策しているだろう。しかしこちらの世界はどうだ? 当たり前だが対策など打てるわけがない、そもそもその存在も、そして知識すらもないのだからな。延々と硝子板へ雑に新たな穴が開けられていく。保護もなく穴を雑に開けられるのだ、最後には……」

 言い淀むカナリア。

「最後には、周囲へ取り巻く魔力の圧に耐えきれず潰れ砕かれ、世界ごと次元の狭間に取り込まれ、元の魔力へと還元されてしまうだろう」
「な……!?」
「だがそれ以前に問題があった。ひび割れているのだ、小さい穴だって無数に空いている」

 琉希が驚愕する暇もなく、彼女は言葉を続けていく。

「もしかして、狭間の魔力が溢れる……とかですか?」
「だろ!? そう思うよな!? やっぱり貴様もそう思うよなぁ!?」
「え……はい」

 当然の予想だった。いわば穴の開いた船、海に浮かべれば水が侵入してくるようなもの。
 琉希自身ぱっと思いつくものであったので、カナリアが何故唐突にいきなりテンション高く叫んだのか理解できなかった。

「うむ、うむ! 本題に入るぞ! 魔蝕という病気についてだ。まずあの病気の発症条件に付いて話そう、ダンジョンについてはその後だ」

 そしてついに始まった、未知の病気である『魔蝕』の概要。

「自分の許容量を超える膨大な魔力を、ごく短期間に取り入れることで第一段階は始まるんだ。許容量というのはまあ、体内にある魔力の数倍から数十倍程度だな。これは本人の資質などでかなり上下するので、はっきりとどれぐらいとはは言い辛い」
「ふむ……それってつまり、私たちで言う経験値ってことですか?」
「ああ、確かそういう風に表記されてるんだったか。そうだ、だがこの状態ではまだ発症しない。身体が魔力を排出しようと変化し、しかし体内の魔力と結合しているため切り離すことが出来ず、体表に黒い魔石の塊を生み出す」

 そう言って彼女がポケットから取り出したものは、最初の出会いと戦いで、琉希を拘束しながら何かの魔法を唱えた時に握っていた、小さな魔石であった。

「まさか……」

 琉希の背中に嫌な汗が流れる。

 体の表面に黒い魔石の塊? 短期間に膨大な魔力経験値を取り入れる?
 全てに酷く心当たりがあった。

「そうだ、貴様の胸にあるのも同様だな。だがこの状態なら、ゆっくりと時間を掛ければ自分の物と馴染み、無害で取り入れることすら出来る。だが繰り返し、あるいは圧倒的に上回るほどの量だとそうはいかない、排出なぞ間に合わん。こうなるとじわじわと味覚、嗅覚などが変化していく。人間としての機能が記憶に塗りつぶされることでゆっくり失われ、新たな生物として作り替えられていくのだ」

 魔蝕の発症は主に環境的要因が大きい。

 短期間に膨大な魔力を体内へ取り入れるということは、そう簡単に出来るものではない。
 当然普通に生きているだけならばまず起こりえず、即ち、普段から高濃度の魔力が渦巻く環境へ足を運ばなければ、前提条件に至ることすらないだろう。

 そういった特異な生活環境が原因なのだ。
 まず発症例が見つかることはないし、魔法に関わっていようとこの病気の存在を知らない人物が九割、いや、それ以上かもしれない。
 カナリア自身この病気の存在を知ったのは、次元の狭間を発見してから多種多様な文献へ手を付けた結果、偶然目にしただけの事であった。

「魔力には記憶が宿ると言ったな? 自分を形作る魔力、それがギリギリまで自分としての形を保ってくれるわけだが……限界を超えたら最後、一気に変化が進み、肉体は無茶苦茶に再構成される。自分以外の魔力から引き出された記憶が、指向性も定まらぬまま肉体を変化させていった結果、魔力を糧とし、意識すらも塗りつぶされ、あるがままに暴れる狂気の怪物だけが残る」

 folia、原義は『狂気』。
 しかし舞曲としては長い時を掛け変化した結果、瀟洒で落ち着いた曲調となった。
 偶然ではあるが皮肉なことに、気弱で静かな少女は、その名と真逆の変化をしてしまった事となる。
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