8 / 59
第八話 報い
しおりを挟む
王弟の指示で、フェデリカはその場から退出した。正門に向かう道すがら、追いかけてくる足音がある。
「――デアン、アンヌンツィアータ!」
「ラ・ヴァッレ」
膝に手を付き息を切らしているのはカルミネだ。
「まさかお前、ほんとうに婚約するわけがないよな?」
「当たり前でしょう。殿下がご説明なさっていたように、陛下は元王太子殿下の廃嫡の件で心を痛めておられるだけよ」
「そう、だよな。ああ。お前が研究以外のことをするなんて、ありえないよな」
フェデリカは小さく笑った。
「光の回折の検証実験もまだやり足りないし、この騒動が終わったら必ず大学に戻るわ。残念だけど今回は、あなたを見送ることになりそうね」
「......そうか。大学で待っているぞ」
「ええ。ラヴィニアにもよろしく伝えてちょうだい」
フェデリカは足早に正門に向かった。知らず知らず、早足になっていった。馬車に乗り込み、フェデリカは手で顔を覆った。
己の行いの報いがこれだというのだろうか。馬鹿にした相手を陥れた結果、自分が研究できない事態になるなんて、笑うに笑えない。
「......どうして」
零れ落ちた言葉は掠れていて、想像よりずっと弱弱しかった。
***
国王の乱入で、舞踏会はお開きになった。唐突な王嗣宣言は然程貴族たちの反発を得なかったが、それでも踊っている場合ではない。レナートは閉会を告げると、急ぎ国王の私室に向かった。
「陛下」
「......何用だ、レナート」
「先程のご発言を撤回なさってください」
「断る」
国王は低く笑った。
「下賤な娘に誑かされて、ブルーノは王太子の座を降りてしまった......子らには何の権利も認められない。なんと苦しい道であろうか」
「ブルーノはその道を望んだのです」
「ああそうだ、その通りだ。なぜだろうな? 掌中の珠として、ロザリアが遺した子として愛し、すべてを与えようとしたのに......なぜ、こうなったのであろう」
「陛下、ブルーノとアンヌンツィアータ令嬢はなんら関係ありません。彼女は大学の学士、せめて婚姻の命だけでもお取り下げください」
「いいや、ブルーノを誑かした娘の縁者だ、お前のような男ではない異形にこそ似合いだろう」
レナートは顔を歪めた。かつての痛みが鮮明に甦った。
「......縁者といっても、アンヌンツィアータ令嬢とデアンジェリス令嬢は殆ど関わりがなかったのですよ」
「それがなんだ。同じ血を引く、忌まわしい娘だ。あの娘の生でブルーノは公爵として苦労するというのに......大学? 学士? 知ったことか。ブルーノが今後経験するであろう辛酸を舐めさせねば気が澄まぬ」
「再三申し上げますが、ブルーノは己で己の道を見出したのです。どうかそれを尊重なさってください」
「いいや、ブルーノは今も尚あの娘に誑かされているのだ。だというのに、レナート、お前だけが気楽に独り身のまま公爵を続けようなど、許さぬよ」
とうとう堪えきれなかった。レナートは吠えた。
「陛下――あなたはどこまでやれば気が済むのですか! 私に対する仕打ちが、まだ足りないとでも言うのですか!」
国王は淀んだ眼差しでレナートを見ている。
「命があるだけ良いと仰いますか? ええそうでしょうね、実際あなたは王位継承者を殺した! だが――だが、叛意などないと誓った実の弟に対して、どうしてああも非情なことができるのです!」
「必要なことだった」
「必要! 必要なことですと?」
あれは紛れもない悪夢であり、今も尚レナートを苦しめる枷であるというのに。
「弟の生殖器官を切り取ること、そのどこが必要だったのか、ぜひとも教えていただきたい!」
「――デアン、アンヌンツィアータ!」
「ラ・ヴァッレ」
膝に手を付き息を切らしているのはカルミネだ。
「まさかお前、ほんとうに婚約するわけがないよな?」
「当たり前でしょう。殿下がご説明なさっていたように、陛下は元王太子殿下の廃嫡の件で心を痛めておられるだけよ」
「そう、だよな。ああ。お前が研究以外のことをするなんて、ありえないよな」
フェデリカは小さく笑った。
「光の回折の検証実験もまだやり足りないし、この騒動が終わったら必ず大学に戻るわ。残念だけど今回は、あなたを見送ることになりそうね」
「......そうか。大学で待っているぞ」
「ええ。ラヴィニアにもよろしく伝えてちょうだい」
フェデリカは足早に正門に向かった。知らず知らず、早足になっていった。馬車に乗り込み、フェデリカは手で顔を覆った。
己の行いの報いがこれだというのだろうか。馬鹿にした相手を陥れた結果、自分が研究できない事態になるなんて、笑うに笑えない。
「......どうして」
零れ落ちた言葉は掠れていて、想像よりずっと弱弱しかった。
***
国王の乱入で、舞踏会はお開きになった。唐突な王嗣宣言は然程貴族たちの反発を得なかったが、それでも踊っている場合ではない。レナートは閉会を告げると、急ぎ国王の私室に向かった。
「陛下」
「......何用だ、レナート」
「先程のご発言を撤回なさってください」
「断る」
国王は低く笑った。
「下賤な娘に誑かされて、ブルーノは王太子の座を降りてしまった......子らには何の権利も認められない。なんと苦しい道であろうか」
「ブルーノはその道を望んだのです」
「ああそうだ、その通りだ。なぜだろうな? 掌中の珠として、ロザリアが遺した子として愛し、すべてを与えようとしたのに......なぜ、こうなったのであろう」
「陛下、ブルーノとアンヌンツィアータ令嬢はなんら関係ありません。彼女は大学の学士、せめて婚姻の命だけでもお取り下げください」
「いいや、ブルーノを誑かした娘の縁者だ、お前のような男ではない異形にこそ似合いだろう」
レナートは顔を歪めた。かつての痛みが鮮明に甦った。
「......縁者といっても、アンヌンツィアータ令嬢とデアンジェリス令嬢は殆ど関わりがなかったのですよ」
「それがなんだ。同じ血を引く、忌まわしい娘だ。あの娘の生でブルーノは公爵として苦労するというのに......大学? 学士? 知ったことか。ブルーノが今後経験するであろう辛酸を舐めさせねば気が澄まぬ」
「再三申し上げますが、ブルーノは己で己の道を見出したのです。どうかそれを尊重なさってください」
「いいや、ブルーノは今も尚あの娘に誑かされているのだ。だというのに、レナート、お前だけが気楽に独り身のまま公爵を続けようなど、許さぬよ」
とうとう堪えきれなかった。レナートは吠えた。
「陛下――あなたはどこまでやれば気が済むのですか! 私に対する仕打ちが、まだ足りないとでも言うのですか!」
国王は淀んだ眼差しでレナートを見ている。
「命があるだけ良いと仰いますか? ええそうでしょうね、実際あなたは王位継承者を殺した! だが――だが、叛意などないと誓った実の弟に対して、どうしてああも非情なことができるのです!」
「必要なことだった」
「必要! 必要なことですと?」
あれは紛れもない悪夢であり、今も尚レナートを苦しめる枷であるというのに。
「弟の生殖器官を切り取ること、そのどこが必要だったのか、ぜひとも教えていただきたい!」
1
あなたにおすすめの小説
毒姫ライラは今日も生きている
木崎優
恋愛
エイシュケル王国第二王女ライラ。
だけど私をそう呼ぶ人はいない。毒姫ライラ、それは私を示す名だ。
ひっそりと森で暮らす私はこの国において毒にも等しく、王女として扱われることはなかった。
そんな私に、十六歳にして初めて、王女としての役割が与えられた。
それは、王様が愛するお姫様の代わりに、暴君と呼ばれる皇帝に嫁ぐこと。
「これは王命だ。王女としての責務を果たせ」
暴君のもとに愛しいお姫様を嫁がせたくない王様。
「どうしてもいやだったら、代わってあげるわ」
暴君のもとに嫁ぎたいお姫様。
「お前を妃に迎える気はない」
そして私を認めない暴君。
三者三様の彼らのもとで私がするべきことは一つだけ。
「頑張って死んでまいります!」
――そのはずが、何故だか死ぬ気配がありません。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
【1月18日完結】捨てたものに用なんかないでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。
戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。
愛人はリミアリアの姉のフラワ。
フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。
「俺にはフラワがいる。お前などいらん」
フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。
捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。
ベルガー子爵領結婚騒動記
文月黒
恋愛
その日、王都より遠く離れたベルガー子爵領は、俄かに浮き足立っていた。
何せ、ついに領民一同が待ち望んでいたベルガー子爵の結婚相手がやって来るのだ。
ちょっとだけ(当領比)特殊な領地の強面領主に嫁いで来たのは、王都の男爵家の末娘・マリア。
だが、花嫁は領主であるベルンハルトの顔を見るなり泣き出してしまった。
最悪な顔合わせをしてしまったベルンハルトとマリア。
慌てるベルンハルトの腹心の部下ヴォルフとマリアの侍女ローザ。
果たしてベルガー子爵領で彼らは幸せを掴めるのか。
ハピエン確定のサクッと読めるギャグ寄り恋愛ものです。
『めでたしめでたし』の、その後で
ゆきな
恋愛
シャロン・ブーケ伯爵令嬢は社交界デビューの際、ブレント王子に見初められた。
手にキスをされ、一晩中彼とダンスを楽しんだシャロンは、すっかり有頂天だった。
まるで、おとぎ話のお姫様になったような気分だったのである。
しかし、踊り疲れた彼女がブレント王子に導かれるままにやって来たのは、彼の寝室だった。
ブレント王子はお気に入りの娘を見つけるとベッドに誘い込み、飽きたら多額の持参金をもたせて、適当な男の元へと嫁がせることを繰り返していたのだ。
そんなこととは知らなかったシャロンは恐怖のあまり固まってしまったものの、なんとか彼の手を振り切って逃げ帰ってくる。
しかし彼女を迎えた継母と異母妹の態度は冷たかった。
継母はブレント王子の悪癖を知りつつ、持参金目当てにシャロンを王子の元へと送り出していたのである。
それなのに何故逃げ帰ってきたのかと、継母はシャロンを責めた上、役立たずと罵って、その日から彼女を使用人同然にこき使うようになった。
シャロンはそんな苦境の中でも挫けることなく、耐えていた。
そんなある日、ようやくシャロンを愛してくれる青年、スタンリー・クーパー伯爵と出会う。
彼女はスタンリーを心の支えに、辛い毎日を懸命に生きたが、異母妹はシャロンの幸せを許さなかった。
彼女は、どうにかして2人の仲を引き裂こうと企んでいた。
2人の間の障害はそればかりではなかった。
なんとブレント王子は、いまだにシャロンを諦めていなかったのだ。
彼女の身も心も手に入れたい欲求にかられたブレント王子は、彼女を力づくで自分のものにしようと企んでいたのである。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる