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第九話 王弟レナートの過去
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レナート・オスカル・ディ・ラヴィトラーノは先代国王の第三子として生まれた。生まれてすぐに隣国へ嫁入りした姉のことは記憶にないけれど、父母と兄は目に入れても痛くない、と言わんばかりにレナートを可愛がった。兄と生母は違ったけれど、幼子の目から見ても兄と母の仲はそれほど悪くないように思われた。
初めての不幸は、どこだったろう。父母が相次いで5歳の時に亡くなったことだろうか。それとも、6歳の時、砂の皇国に嫁いだ姉が、反乱で命を落としたと聞いた時だろうか。
涙を隠せなかったレナートと違い、自らの感情を完璧に制御した兄は、唯一二人きりの時に涙した。レナートの手を握り、これからは兄として、父代わりとしてレナートを支えると言ってくれた。そして宣言通り、心無い貴族や刺客から、レナートを護ってくれたのだ。
――だから、レナートにとって、兄は家族であり、庇護者だった。
レナートが7歳になった年、兄が妃を迎えた。幼馴染だという二人は子供の目から見ても仲睦まじく、その証左のように、翌年には王子が、更に3年後には双子の王女が生まれた。賑やかな兄の家族に囲まれて、日々楽しく過ごしていた。
双子が生まれて更に6年後。レナートが成人を目前に控えた夏に、悲劇が起きた。
冬頃に、王妃の懐妊が判明した。今回、王妃の悪阻は酷く、何も喉に入らないという日が続いた。母妃のことを心配した双子の王女は、好物ならば食べられるのではないかと思い、朝早くにオレンジを採りに行った。兄王子よりもやんちゃな二人は、王宮のどこに何の木が植わっているのか、熟知していた。従者と護衛よりも早く木に辿り着いた双子は競って木に登り――そして、妹王女が落ちた。
首の骨が折れていた。即死であった。
妹の死に様を目撃した姉王女は、木から降りて妹に縋ったまま、失神した。従者が医師を呼びに行き、応急処置を施したが、その甲斐なく、姉王女も亡くなった。
双子の死を告げられた王妃は気絶し、ベッドの上から一歩も動けなくなった。日がな亡くなった王女の名を呼んでは泣き、双子が使っていた物を見ては泣いた。息子と夫の必死の慰めも、彼女の心を癒すには足らなかった。
――わたくしが殺してしまったようなものだわ。
見舞いに行った王妃が零した言葉を、レナートは今も覚えている。
――わたくしのためにとあの子たちは木に登って......そして落ちてしまったのよ。わたくしが、他でもない母である、わたくしが、あの子たちを殺したの。
そのようなことはない、不幸な事故だった、と誰が言っても、王妃は頷かなかった。嘆き、嘆き――嘆いた末に、生まれた我が子を一度も抱くことなく、天の国へ旅立ってしまった。
残された国王と王子は妻の、母の死を嘆いた。しかし、生まれた弟を、亡くなった母の分まで愛すのだ、と意気込んでもいた。
けれど、生まれた王子は、1歳を迎えることなく、母と姉が待つ天の国へ旅立っていった。
原因は今も分かっていない。
初めこそ毒を疑われたが、10人もいる毒見役はいずれも不調を来すことはなかったし、何より上の王子を差し置いて下の王子を暗殺する道理もなかった。
最愛の妻が遺した子を亡くした兄は、目に見えて憔悴した。立て続けに起きた不幸に、心がついていっていないようだった。会議を欠席する日も多く、レナートは必死に兄の見舞いに行った。
半年が経って漸く生気を取り戻した王は、しかし、酷く疑い深くなっていた。
唯一手元に残った王子でさえもいなくなるのでは。
そんな仮定に怯え、王子に少しでも危害を与えた者を決して許さなかった。王子の従者は些細な理由で替えられ、王位継承権を持つ者は密やかに圧をかけられて次々に継承権を放棄した。
とどめとばかりに、王とレナートのはとこであり、王位継承順位第三位の男が、妻と3人の子諸共、火事で焼け死んだ。
下の王子が死んで、1年が経っていた。
レナートは兄の狂気を悟った。自らの身も危ぶまれると思い、王位継承権の放棄を願った。貴族議会は王弟であるレナートまでも王位継承権を放棄することに反対したが、兄王は諸手を挙げてレナートの決断を支持。半ば兄弟で押し切るようにして、継承権を放棄した。ついでとばかりに、外遊の計画も立てた。王子が成人し、妃を娶るまで、あと6年。2年間病と偽って領地に籠り、残りの4年を外遊に費やせば、もう、レナートは脅威に成り得ない。
体調が優れないため、外交官としての王宮での職を辞し、領地に退去すると兄に告げると、更に兄は喜んだ。
これで安心だと思った。もう兄も、恐怖に怯えずに済む、と。
まさか、兄がそれ以上を求めているとは、欠片も思わずに。
兄に呼び出されたのは、領地に向かう3日前の日のことだった。
「お呼びでしょうか、陛下」
「近う寄れ」
兄はこの数年で、随分老けていた。まだ三十路だというのに髪には白髪が多く混じり、落ち窪んだ眼窩には苦悩が現れていた。
「余は、心配でならない。他の子らのように、ブルーノまでもが余を置いていくのではないかと思うと、気が気でない」
「陛下、お気持ちは分かりますが、ブルーノはきっと大丈夫です。陛下が万全の護りを与えておいでです」
「そうだろうか」
「ええ。王国を率いる若き太陽、何ら問題はありませんよ」
レナートは懸命に兄を慰めた。
「レナート、余は恐ろしいのだ」
「何をお悩みなのですか、陛下。陛下を悩ませるものは何なのでしょう」
「そなたにしか、頼めぬことなのだ」
「私がお役に立てるのであれば、喜んで」
「そう言ってくれるか」
「はい」
良かった良かった、と兄は顔に皺を寄せて笑った。兄の久しぶりの笑みに、レナートも嬉しくなった。
「して、私は何をすれば宜しいので.......」
レナートの意識は、そこで暗転した。
「――すまない、レナート。だがこれもすべて、ブルーノの為なのだ」
最後に聞こえたのは、苦渋に満ちた兄の声だった。
次にレナートが目を覚ました時、あまりの痛みに、知らず叫んだ。
「ああ、目覚めたか、レナート」
「兄上.......!?」
体を起こそうとしたが、身体の痛みと手足につけられた枷がそれを許さなかった。
「そなたは優秀だ。だから、兄は心配でならない」
「あにう、」
「ブルーノは、親の目から見ても凡庸だ。だから、そなたを担ぎ出す者が現れるかもしれぬ」
「私はブルーノと敵対しようなどと思っておりません!」
「分かっている、分かっているのだ、レナート。しかし、そなたはあまりに優秀なのだ」
分かってくれ、レナート、と兄は自らが苦しんでいるかのように眉根を寄せる。
「そなたに子が出来て、その子も優秀だったら? 兄は考えるだけで恐ろしくてたまらぬ」
「ブルーノが子を持つまで妻帯しないとお約束いたしました、それを違えることありません!」
「分かっている、それでもなのだ、レナート」
許してくれ、と告げる兄の声は苦渋に満ちていた。
「兄は必死に考えた。どうすればブルーノを護れるのか」
「兄、」
「そして漸く答えを見つけたのだ」
兄は晴れ晴れと笑った。かつてレナートを庇護していた時と、全く変わらぬ笑みで。
「――そなたが男でなくなってしまえばよいのだとな」
翳された短刀に、今度こそレナートは絶叫した。
***
あれからレナートは数日寝込んだ。解剖学が発展していないため正確かは分かりませんが、と前置きした上で、医師は告げた。
――生殖機能を失ったかもしれません、と。
精を作るところが切られています、しかし可能性は皆無でありません、と医師は言葉を続けたが、結局レナートに絶望しかもたらさなかった。
子供が作れない。それは、大きな欠陥だ。3年間子を産めない女は石女と呼ばれ蔑まれるが、男にそう言った蔑称を聞いたことがない。
蔑称すらない存在になったという事実は、レナートの心を暗くした。誰にも打ち明けることもできず、幻痛や兄の血濡れた手を夢に見て飛び起きるということもしばしばだった。
怒りよりも己の体への羞恥と絶望があった。
男の形をした男でないもの。果たして己は何者なのか、それすらも分からなくなっていくようだった。
初めこそ兄に怒りを抱いていたが、すぐに消えた。なぜならば、兄を兄と思わなくなったからだ。頭のおかしな国王、あの事件以来レナートの評価は揺らぐことなく存在している。少なくとも、生殖器官を切り取った翌日、痛みにのたうち回る弟に笑顔で夕飯の誘いが出来るアレは、人ではない。
暫くは友人たちとも距離を置き、領地に籠った。誰とも会いたくなかった。己が身のことを嘲笑われるのではないかと恐れた。正直に言うと、今もまだその恐れは消えず、いつどこで誰にバレるのか、気が気でない。
常に気を張るようになった。人好きのする笑顔を浮かべ、誰にも肩入れせず、一定の距離を置いて付き合うようになった。
もしかしたら、この事件がなければ既に妻を迎えていたかもしれない。しかし、今後レナートが妻を娶れば、妻が石女と謗られる。子供を抱くことも出来ず、思いつめさせてしまうだろう。
その時レナートは決めたのだ。生涯妻帯せず、もしブルーノに何かあっても決して王位を継がないと。実際に、兄王もそのつもりで生殖器官を切り取ったのだろう。
――なのに、どうして今になって。
「仕方ない。あの時は必要であった。今も、あの娘の縁者が苦しむ原因となろう」
「私情ですべてをお決めになると仰るのですか! この国の王ともあろう方が、己の感情のままに動くと仰せか!?」
国王の頬が僅かに引き攣る。
「――陛下、どうかご発言の撤回を」
「うるさい。はよう去ね」
「陛下!」
「衛兵。王弟を部屋の外に」
レナートはここで国王との対話を諦め、武力で連行される前に部屋を出た。
「叔父上」
蒼白な顔色で声をかけてきたのは甥であり元王太子のブルーノだ。暫く忙しくしていたので、会うのは久しぶりだ。
「陛下は」
「今しがた追い出された。ブルーノ、どうか説得してくれないか。王位など私は真っ平御免だ」
「わ、わかりました。お話してみます」
ブルーノが部屋に入っていくのを見送り、レナートは唇を噛みしめた。
——なんとしてでも、王命を覆す。
初めての不幸は、どこだったろう。父母が相次いで5歳の時に亡くなったことだろうか。それとも、6歳の時、砂の皇国に嫁いだ姉が、反乱で命を落としたと聞いた時だろうか。
涙を隠せなかったレナートと違い、自らの感情を完璧に制御した兄は、唯一二人きりの時に涙した。レナートの手を握り、これからは兄として、父代わりとしてレナートを支えると言ってくれた。そして宣言通り、心無い貴族や刺客から、レナートを護ってくれたのだ。
――だから、レナートにとって、兄は家族であり、庇護者だった。
レナートが7歳になった年、兄が妃を迎えた。幼馴染だという二人は子供の目から見ても仲睦まじく、その証左のように、翌年には王子が、更に3年後には双子の王女が生まれた。賑やかな兄の家族に囲まれて、日々楽しく過ごしていた。
双子が生まれて更に6年後。レナートが成人を目前に控えた夏に、悲劇が起きた。
冬頃に、王妃の懐妊が判明した。今回、王妃の悪阻は酷く、何も喉に入らないという日が続いた。母妃のことを心配した双子の王女は、好物ならば食べられるのではないかと思い、朝早くにオレンジを採りに行った。兄王子よりもやんちゃな二人は、王宮のどこに何の木が植わっているのか、熟知していた。従者と護衛よりも早く木に辿り着いた双子は競って木に登り――そして、妹王女が落ちた。
首の骨が折れていた。即死であった。
妹の死に様を目撃した姉王女は、木から降りて妹に縋ったまま、失神した。従者が医師を呼びに行き、応急処置を施したが、その甲斐なく、姉王女も亡くなった。
双子の死を告げられた王妃は気絶し、ベッドの上から一歩も動けなくなった。日がな亡くなった王女の名を呼んでは泣き、双子が使っていた物を見ては泣いた。息子と夫の必死の慰めも、彼女の心を癒すには足らなかった。
――わたくしが殺してしまったようなものだわ。
見舞いに行った王妃が零した言葉を、レナートは今も覚えている。
――わたくしのためにとあの子たちは木に登って......そして落ちてしまったのよ。わたくしが、他でもない母である、わたくしが、あの子たちを殺したの。
そのようなことはない、不幸な事故だった、と誰が言っても、王妃は頷かなかった。嘆き、嘆き――嘆いた末に、生まれた我が子を一度も抱くことなく、天の国へ旅立ってしまった。
残された国王と王子は妻の、母の死を嘆いた。しかし、生まれた弟を、亡くなった母の分まで愛すのだ、と意気込んでもいた。
けれど、生まれた王子は、1歳を迎えることなく、母と姉が待つ天の国へ旅立っていった。
原因は今も分かっていない。
初めこそ毒を疑われたが、10人もいる毒見役はいずれも不調を来すことはなかったし、何より上の王子を差し置いて下の王子を暗殺する道理もなかった。
最愛の妻が遺した子を亡くした兄は、目に見えて憔悴した。立て続けに起きた不幸に、心がついていっていないようだった。会議を欠席する日も多く、レナートは必死に兄の見舞いに行った。
半年が経って漸く生気を取り戻した王は、しかし、酷く疑い深くなっていた。
唯一手元に残った王子でさえもいなくなるのでは。
そんな仮定に怯え、王子に少しでも危害を与えた者を決して許さなかった。王子の従者は些細な理由で替えられ、王位継承権を持つ者は密やかに圧をかけられて次々に継承権を放棄した。
とどめとばかりに、王とレナートのはとこであり、王位継承順位第三位の男が、妻と3人の子諸共、火事で焼け死んだ。
下の王子が死んで、1年が経っていた。
レナートは兄の狂気を悟った。自らの身も危ぶまれると思い、王位継承権の放棄を願った。貴族議会は王弟であるレナートまでも王位継承権を放棄することに反対したが、兄王は諸手を挙げてレナートの決断を支持。半ば兄弟で押し切るようにして、継承権を放棄した。ついでとばかりに、外遊の計画も立てた。王子が成人し、妃を娶るまで、あと6年。2年間病と偽って領地に籠り、残りの4年を外遊に費やせば、もう、レナートは脅威に成り得ない。
体調が優れないため、外交官としての王宮での職を辞し、領地に退去すると兄に告げると、更に兄は喜んだ。
これで安心だと思った。もう兄も、恐怖に怯えずに済む、と。
まさか、兄がそれ以上を求めているとは、欠片も思わずに。
兄に呼び出されたのは、領地に向かう3日前の日のことだった。
「お呼びでしょうか、陛下」
「近う寄れ」
兄はこの数年で、随分老けていた。まだ三十路だというのに髪には白髪が多く混じり、落ち窪んだ眼窩には苦悩が現れていた。
「余は、心配でならない。他の子らのように、ブルーノまでもが余を置いていくのではないかと思うと、気が気でない」
「陛下、お気持ちは分かりますが、ブルーノはきっと大丈夫です。陛下が万全の護りを与えておいでです」
「そうだろうか」
「ええ。王国を率いる若き太陽、何ら問題はありませんよ」
レナートは懸命に兄を慰めた。
「レナート、余は恐ろしいのだ」
「何をお悩みなのですか、陛下。陛下を悩ませるものは何なのでしょう」
「そなたにしか、頼めぬことなのだ」
「私がお役に立てるのであれば、喜んで」
「そう言ってくれるか」
「はい」
良かった良かった、と兄は顔に皺を寄せて笑った。兄の久しぶりの笑みに、レナートも嬉しくなった。
「して、私は何をすれば宜しいので.......」
レナートの意識は、そこで暗転した。
「――すまない、レナート。だがこれもすべて、ブルーノの為なのだ」
最後に聞こえたのは、苦渋に満ちた兄の声だった。
次にレナートが目を覚ました時、あまりの痛みに、知らず叫んだ。
「ああ、目覚めたか、レナート」
「兄上.......!?」
体を起こそうとしたが、身体の痛みと手足につけられた枷がそれを許さなかった。
「そなたは優秀だ。だから、兄は心配でならない」
「あにう、」
「ブルーノは、親の目から見ても凡庸だ。だから、そなたを担ぎ出す者が現れるかもしれぬ」
「私はブルーノと敵対しようなどと思っておりません!」
「分かっている、分かっているのだ、レナート。しかし、そなたはあまりに優秀なのだ」
分かってくれ、レナート、と兄は自らが苦しんでいるかのように眉根を寄せる。
「そなたに子が出来て、その子も優秀だったら? 兄は考えるだけで恐ろしくてたまらぬ」
「ブルーノが子を持つまで妻帯しないとお約束いたしました、それを違えることありません!」
「分かっている、それでもなのだ、レナート」
許してくれ、と告げる兄の声は苦渋に満ちていた。
「兄は必死に考えた。どうすればブルーノを護れるのか」
「兄、」
「そして漸く答えを見つけたのだ」
兄は晴れ晴れと笑った。かつてレナートを庇護していた時と、全く変わらぬ笑みで。
「――そなたが男でなくなってしまえばよいのだとな」
翳された短刀に、今度こそレナートは絶叫した。
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あれからレナートは数日寝込んだ。解剖学が発展していないため正確かは分かりませんが、と前置きした上で、医師は告げた。
――生殖機能を失ったかもしれません、と。
精を作るところが切られています、しかし可能性は皆無でありません、と医師は言葉を続けたが、結局レナートに絶望しかもたらさなかった。
子供が作れない。それは、大きな欠陥だ。3年間子を産めない女は石女と呼ばれ蔑まれるが、男にそう言った蔑称を聞いたことがない。
蔑称すらない存在になったという事実は、レナートの心を暗くした。誰にも打ち明けることもできず、幻痛や兄の血濡れた手を夢に見て飛び起きるということもしばしばだった。
怒りよりも己の体への羞恥と絶望があった。
男の形をした男でないもの。果たして己は何者なのか、それすらも分からなくなっていくようだった。
初めこそ兄に怒りを抱いていたが、すぐに消えた。なぜならば、兄を兄と思わなくなったからだ。頭のおかしな国王、あの事件以来レナートの評価は揺らぐことなく存在している。少なくとも、生殖器官を切り取った翌日、痛みにのたうち回る弟に笑顔で夕飯の誘いが出来るアレは、人ではない。
暫くは友人たちとも距離を置き、領地に籠った。誰とも会いたくなかった。己が身のことを嘲笑われるのではないかと恐れた。正直に言うと、今もまだその恐れは消えず、いつどこで誰にバレるのか、気が気でない。
常に気を張るようになった。人好きのする笑顔を浮かべ、誰にも肩入れせず、一定の距離を置いて付き合うようになった。
もしかしたら、この事件がなければ既に妻を迎えていたかもしれない。しかし、今後レナートが妻を娶れば、妻が石女と謗られる。子供を抱くことも出来ず、思いつめさせてしまうだろう。
その時レナートは決めたのだ。生涯妻帯せず、もしブルーノに何かあっても決して王位を継がないと。実際に、兄王もそのつもりで生殖器官を切り取ったのだろう。
――なのに、どうして今になって。
「仕方ない。あの時は必要であった。今も、あの娘の縁者が苦しむ原因となろう」
「私情ですべてをお決めになると仰るのですか! この国の王ともあろう方が、己の感情のままに動くと仰せか!?」
国王の頬が僅かに引き攣る。
「――陛下、どうかご発言の撤回を」
「うるさい。はよう去ね」
「陛下!」
「衛兵。王弟を部屋の外に」
レナートはここで国王との対話を諦め、武力で連行される前に部屋を出た。
「叔父上」
蒼白な顔色で声をかけてきたのは甥であり元王太子のブルーノだ。暫く忙しくしていたので、会うのは久しぶりだ。
「陛下は」
「今しがた追い出された。ブルーノ、どうか説得してくれないか。王位など私は真っ平御免だ」
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