愛は契約範囲外〈完結〉

伊沙羽 璃衣

文字の大きさ
14 / 59

第十四話 大学への帰還

しおりを挟む
「あぁ、研究ができるって素晴らしい......」

フェデリカは自室で実験結果の表を眺めて口角を上げた。
大学に帰還して一週間が経った。
婚約の話は既に広まっていたが、教授や顔見知りは皆「研究続けられるの? よかったね」と言うばかりで身分を気にする素振りは皆無だった。少し警戒していたのが阿保らしくなったくらいだ。やるつもりだった実験を帰ってきた当日に行って、今はその結果検討の最中である。式をこねくり回して頭が痛くなったところでペンを置いた。

「あ、そうだ手紙......」

フェデリカは今朝受け取って放置していた手紙の封を開けた。王弟とは定期的に手紙のやり取りをする約束をしている。王宮や貴族の動き、近況を知らせてくれるらしい。これは第二便である。

「――帝国からの使節団、か」

帝国は北の隣国だ。先代国王の最初の妻——現国王の母も帝国の姫だった。王弟は国内の貴族令嬢を母に持つので、今回の王太子廃嫡に伴って何かしらの横槍を入れてくるかもしれない。 王弟は快く送り出してくれたが、貴族や他国の対応を任せきりにしているのが申し訳ない。せめて退位についての計画を増やしておこうと思う。今のところまだ三案しかないので。

「ディー、開けてー!」
「はいはい」

手紙を読み終わったところで扉の外から騒々しい声がした。言われるがまま開けた途端、本を両手に抱えた少女が転がり込んでくる。

「ひゃー疲れた!」
「ヴィー、前から言っているけど、本を持ちすぎよ」
「えへへ」

フェデリカのルームメイト、ラヴィニアである。4年の付き合いになるが、11の時から落ち着きのなさは変わらない。

「ごはん食べた? まだなら食堂行こう!」
「はいはい」

ラヴィニアに手を引かれるがまま、食堂に向かった。定食を頼み、並んで腰かける。

「――今日はねえ、下肢の解剖をしたの。海の王国の人たちの研究論文がすごく参考になったよ!」
「そう、よかったわね」
「でもやっぱり遺体が足りないんだよねえ......ねえディー、お偉いさんになったら犯罪者以外の遺体も使っていいって法律作ってー」
「無茶言わないでちょうだい」
「――ここにいたか、二人とも」

お盆を持って近づいてきたのはカルミネだ。フェデリカの向かいに腰掛ける。

「なんかあったの、ヴァッレ」
「ラ・ヴァッレだ、アホツァーレ」
「あほっていう人が阿保なんだよー!」
「うるさい」
「話を進めてちょうだい」
「すまん」「ごめーん」

ラヴィニアとカルミネは口を開くと煽り合いになるので面倒くさい。

「砂の皇国から留学生が来るらしい」
「専攻は?」
「生物だ」
「じゃあ関係ないじゃん」
「いや、それがだな。その留学生というのが、皇族らしい」

フェデリカは目を見開いた。ラヴィニアは呑気にグラタンを頬張っている。

「へえ、変な人もいるもんだね。ヴァッレとディーだけじゃなかったんだ」

大学に通うのは裕福な商人や農民の子が多い。王侯貴族は勉学よりも領地経営、官吏や騎士として働くことが求められているためだ。高位貴族のカルミネと女性貴族のフェデリカが同期入学したのは大変珍しい。

「受け入れたのね、皇族を」
「どうやら砂の皇国側から随分圧力をかけられたらしい。貴族の血を引く教授は嫌がっていたそうだが」
「なんで?」

フェデリカは簡単に砂の皇国と我が国の現状について説明した。現王朝が前王朝を滅ぼした際、最後の皇后であり我が国の王女でもあった女性が殺されたこと。以降国交を断絶していること。

「ふーん。でも学問は誰の下にも平等に、でしょ?」
「そうね。ただ、大学が非難されるかもしれないの。まだ砂の皇国を悪く思っている人もいるから」
「えー、お金もらえなくなったら困るなあ」
「でしょう?」

大学の運営は授業料と貴族と神殿からの支援金で賄われている。法学と神学を学ばされるのは後者の支援を受ける為である。

「留学生の名前はアーキル・ザイン・タイスィール。分かるか?」

フェデリカは首を横に振る。貴族名鑑でさえ覚えるのに苦労していたのに、数年前まで敵国だった国の皇子まで把握できているわけがない。

「第十三皇子だ。生母が平民で、半皇族の扱いを受けているらしい。粗暴という噂もあるし、あちらはハーレムとか側室制度で女性が軽視されがちだから気をつけろ」
「分かったわ。ありがとう」「ヴァッレに言われるの何か癪ー」
「二度とお前に忠告してやらんぞ」

パスタを口に入れようとして、ふとフェデリカは手を止める。ハーレムや側室、と聞いて思い出したことがあった。
――3年間で好きな人が出来たら、ご自由にお楽しみくださいって言うの忘れたわ。
次の手紙に書いておこう、とフェデリカが考えている横で、カルミネとラヴィニアはくだらない言い争いをいつまでもしていた。


***


四頭立ての豪華な馬車が近づいてくる。レナートは人好きのする笑みを浮かべ、馬車から降りてきた使節を迎えた。
北の帝国からの訪問の申し入れは、フェデリカが発ってすぐに送られてきた。承諾の手紙を送るのとほぼ同時に北の国境に着いていたので、元王太子の騒動を聞きつけてすぐに訪問することは決まっていたのだろう。

「――ようこそお越しくださいました、皇女殿下」
「お出迎えありがとう存じます、王弟殿下」

美しい女だった。時と場合によっては、傾国の美女と謳われたであろう。
雪のように白い肌、流れる銀の髪、空を思わせる淡い水色の瞳。布地が多く露出が少ない北の衣装。

「お初お目にかかります。北の帝国第三皇女、エカチェリーナ・アリサ・ヴラジミーロヴナ・パトルシェヴァと申します」

皇女はその美しい顔に笑みを刷き、優雅に一礼した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

毒姫ライラは今日も生きている

木崎優
恋愛
エイシュケル王国第二王女ライラ。 だけど私をそう呼ぶ人はいない。毒姫ライラ、それは私を示す名だ。 ひっそりと森で暮らす私はこの国において毒にも等しく、王女として扱われることはなかった。 そんな私に、十六歳にして初めて、王女としての役割が与えられた。 それは、王様が愛するお姫様の代わりに、暴君と呼ばれる皇帝に嫁ぐこと。 「これは王命だ。王女としての責務を果たせ」 暴君のもとに愛しいお姫様を嫁がせたくない王様。 「どうしてもいやだったら、代わってあげるわ」 暴君のもとに嫁ぎたいお姫様。 「お前を妃に迎える気はない」 そして私を認めない暴君。 三者三様の彼らのもとで私がするべきことは一つだけ。 「頑張って死んでまいります!」 ――そのはずが、何故だか死ぬ気配がありません。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【1月18日完結】捨てたものに用なんかないでしょう?

風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。 戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。 愛人はリミアリアの姉のフラワ。 フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。 「俺にはフラワがいる。お前などいらん」 フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。 捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。

ベルガー子爵領結婚騒動記

文月黒
恋愛
その日、王都より遠く離れたベルガー子爵領は、俄かに浮き足立っていた。 何せ、ついに領民一同が待ち望んでいたベルガー子爵の結婚相手がやって来るのだ。 ちょっとだけ(当領比)特殊な領地の強面領主に嫁いで来たのは、王都の男爵家の末娘・マリア。 だが、花嫁は領主であるベルンハルトの顔を見るなり泣き出してしまった。 最悪な顔合わせをしてしまったベルンハルトとマリア。 慌てるベルンハルトの腹心の部下ヴォルフとマリアの侍女ローザ。 果たしてベルガー子爵領で彼らは幸せを掴めるのか。 ハピエン確定のサクッと読めるギャグ寄り恋愛ものです。

『めでたしめでたし』の、その後で

ゆきな
恋愛
シャロン・ブーケ伯爵令嬢は社交界デビューの際、ブレント王子に見初められた。 手にキスをされ、一晩中彼とダンスを楽しんだシャロンは、すっかり有頂天だった。 まるで、おとぎ話のお姫様になったような気分だったのである。 しかし、踊り疲れた彼女がブレント王子に導かれるままにやって来たのは、彼の寝室だった。 ブレント王子はお気に入りの娘を見つけるとベッドに誘い込み、飽きたら多額の持参金をもたせて、適当な男の元へと嫁がせることを繰り返していたのだ。 そんなこととは知らなかったシャロンは恐怖のあまり固まってしまったものの、なんとか彼の手を振り切って逃げ帰ってくる。 しかし彼女を迎えた継母と異母妹の態度は冷たかった。 継母はブレント王子の悪癖を知りつつ、持参金目当てにシャロンを王子の元へと送り出していたのである。 それなのに何故逃げ帰ってきたのかと、継母はシャロンを責めた上、役立たずと罵って、その日から彼女を使用人同然にこき使うようになった。 シャロンはそんな苦境の中でも挫けることなく、耐えていた。 そんなある日、ようやくシャロンを愛してくれる青年、スタンリー・クーパー伯爵と出会う。 彼女はスタンリーを心の支えに、辛い毎日を懸命に生きたが、異母妹はシャロンの幸せを許さなかった。 彼女は、どうにかして2人の仲を引き裂こうと企んでいた。 2人の間の障害はそればかりではなかった。 なんとブレント王子は、いまだにシャロンを諦めていなかったのだ。 彼女の身も心も手に入れたい欲求にかられたブレント王子は、彼女を力づくで自分のものにしようと企んでいたのである。

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

処理中です...