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第十五話 砂の皇国第十三皇子
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フェデリカは暫く穏やかな日常を過ごしていた。同じ物理学専攻の学士と討論したり、ラヴィニアに誘われて近くの丘にピクニックに行ったりと、勉学にも交友関係にも満ち足りた日々であった。懸念といえば実父と養父からの返事が来ないこと、そしてベルトランを海の王国に連れ帰ったという男や、ベルトランの実の両親の情報が何ひとつとして出てこないことくらいだ。
そんな折、知り合いから演奏会に誘われた。音楽専攻の学士が作った曲を幾つか演奏する小さな会だが、大学の卒業生で名の知れた音楽家が気紛れに訪れるので、気が抜けないらしい。他科目専攻の楽器が上手な学士も呼んで、賑やかになるのが常であった。
貴族では楽器を弾く者は少ないが、フェデリカは父の勧めで幼少期から竪琴を習っていた。入学した当初から定期的に演奏会に呼ばれている。
練習をしようと演奏室に行くと、中から音がした。竪琴でもオルガンでもラッパでもない。首を傾げつつ中を覗くと、色鮮やかな衣装が目に入った。褐色の肌に黒い髪と翡翠の瞳。頭に巻いた白い布。
——砂の皇国の第十三皇子だろうか。
粗暴という話をカルミネから聞いたが、とてもそうは見えない。耳を澄ませていると、不意に音が止まった。目を開いた途端に、凭れていたドアが開かれ、態勢を崩しかけた。
「――大丈夫ですか」
「あ、はい。失礼しました」
「演奏室をお使いになるんですよね。どうぞお入りください」
促されるがまま入室する。椅子の上に、見慣れぬ楽器があった。
「ケマンチェといいます。砂の皇国東部の伝統楽器です」
「初めて目にしました。どうお弾きになるのですか?」
「このように」
青年はもう一度楽器を奏で始めた。耳慣れぬ音が、どこか心地よい。
「――あなたは何をお弾きになるのですか」
「竪琴を」
「そうですか。お邪魔でなければ、ここで弾いていても構いませんか」
「後に来たのは私です、寧ろ私がお邪魔になってしまうのでは?」
「いえ。気になりませんので」
「ではお言葉に甘えて」
フェデリカはそこで1時間半ほど練習した。お腹が空いたので食堂に行こうと片づけを始めると、腹の虫が鳴った。フェデリカのものではなく、青年のものだ。
「......食堂に行かれますか?」
「そうします」
青年も早々と片づけをし、同じタイミングで演奏室を出た。早々に違う道へ進もうとしたので、こちらです、と指を指す。
「ありがとうございます。こちらに来たばかりで、勝手が分からず」
「食堂までご案内しますね」
「お願いします」
道中は静かだった。食堂が見えてきた頃になってようやく、青年が声を発した。
「僕は、ダーヤ大学から参りましたアーキル・ザイン・タイスィールと申します。生物学を専攻しています。あなたのお名前を伺っても?」
「フェデリカ・ヴェルディアナ・ディ・デアンジェリスと申します。専攻は物理学です」
大学内なのでデアンジェリスを名乗る。多分もう会うことはないだろう、と思いつつ、フェデリカはよろしくお願いします、と微笑んだ。
しかしながらフェデリカの予想はすぐに外れることになる。
「――あ」
「こんにちは」
翌週の演奏会に、アーキルも参加していたのである。
「お久しぶりです」
「はい。ようやく、迷わずに食堂まで行けるようになりました」
アーキルは穏やかな笑みを浮かべている。
「あれ、ふたり知り合いだったの?」
ふたりの会話に割って入ったのは音楽専攻の知り合いだ。
「この前、演奏室でお会いしました」
「そうなんだ! じゃあ頼みやすくていいや。3か月後の演奏会でさ、ケマンチェと竪琴の合奏してもらいたいんだよね」
「「へ」」
「よろしく!」
知り合いは返事も聞かず颯爽と他の人に声を掛けにいった。残されたふたりは呆気に取られて佇んだ。
「ええと......よろしくお願いします?」
「......よろしくお願いします」
これは頻繁に顔を合わせることになりそうだ。面倒くさい、とフェデリカは微笑みの裏で溜息を吐いた。
***
よろしくお願いします、と微笑む令嬢を前にして、1つの肖像画が脳裏に過った。褐色の肌に黒い髪、赤い瞳を持つ男。似ている、と直感した。肌の色と瞳の色を変えただけでは、と思うほどに。
——彼女が、前王朝の血筋なのだろうか。
噂で、彼女が次期王の婚約者だと聞いた。これまで大学という俗世から隔絶された場所にいたために見つからなかったのだろうが、王妃ともなれば大勢の目につく。父の目から逃れることはできないだろう。だが、同様に彼女を殺すことも難しい。ただでさえこの国は砂の皇国現王朝を厭うているのだから。
——僕が彼女のことを言わずにいるうちに王妃になれば、あの男は彼女を殺せなくなる。
父が絶望する顔を思い浮かべ、アーキルは笑みを浮かべた。彼女に怯え、震える姿を考えると、胸が躍った。
——母さん。ようやくあの男にも罰が下るかもしれない。
アーキルは微笑みを浮かべてケマンチェを構えた。
そんな折、知り合いから演奏会に誘われた。音楽専攻の学士が作った曲を幾つか演奏する小さな会だが、大学の卒業生で名の知れた音楽家が気紛れに訪れるので、気が抜けないらしい。他科目専攻の楽器が上手な学士も呼んで、賑やかになるのが常であった。
貴族では楽器を弾く者は少ないが、フェデリカは父の勧めで幼少期から竪琴を習っていた。入学した当初から定期的に演奏会に呼ばれている。
練習をしようと演奏室に行くと、中から音がした。竪琴でもオルガンでもラッパでもない。首を傾げつつ中を覗くと、色鮮やかな衣装が目に入った。褐色の肌に黒い髪と翡翠の瞳。頭に巻いた白い布。
——砂の皇国の第十三皇子だろうか。
粗暴という話をカルミネから聞いたが、とてもそうは見えない。耳を澄ませていると、不意に音が止まった。目を開いた途端に、凭れていたドアが開かれ、態勢を崩しかけた。
「――大丈夫ですか」
「あ、はい。失礼しました」
「演奏室をお使いになるんですよね。どうぞお入りください」
促されるがまま入室する。椅子の上に、見慣れぬ楽器があった。
「ケマンチェといいます。砂の皇国東部の伝統楽器です」
「初めて目にしました。どうお弾きになるのですか?」
「このように」
青年はもう一度楽器を奏で始めた。耳慣れぬ音が、どこか心地よい。
「――あなたは何をお弾きになるのですか」
「竪琴を」
「そうですか。お邪魔でなければ、ここで弾いていても構いませんか」
「後に来たのは私です、寧ろ私がお邪魔になってしまうのでは?」
「いえ。気になりませんので」
「ではお言葉に甘えて」
フェデリカはそこで1時間半ほど練習した。お腹が空いたので食堂に行こうと片づけを始めると、腹の虫が鳴った。フェデリカのものではなく、青年のものだ。
「......食堂に行かれますか?」
「そうします」
青年も早々と片づけをし、同じタイミングで演奏室を出た。早々に違う道へ進もうとしたので、こちらです、と指を指す。
「ありがとうございます。こちらに来たばかりで、勝手が分からず」
「食堂までご案内しますね」
「お願いします」
道中は静かだった。食堂が見えてきた頃になってようやく、青年が声を発した。
「僕は、ダーヤ大学から参りましたアーキル・ザイン・タイスィールと申します。生物学を専攻しています。あなたのお名前を伺っても?」
「フェデリカ・ヴェルディアナ・ディ・デアンジェリスと申します。専攻は物理学です」
大学内なのでデアンジェリスを名乗る。多分もう会うことはないだろう、と思いつつ、フェデリカはよろしくお願いします、と微笑んだ。
しかしながらフェデリカの予想はすぐに外れることになる。
「――あ」
「こんにちは」
翌週の演奏会に、アーキルも参加していたのである。
「お久しぶりです」
「はい。ようやく、迷わずに食堂まで行けるようになりました」
アーキルは穏やかな笑みを浮かべている。
「あれ、ふたり知り合いだったの?」
ふたりの会話に割って入ったのは音楽専攻の知り合いだ。
「この前、演奏室でお会いしました」
「そうなんだ! じゃあ頼みやすくていいや。3か月後の演奏会でさ、ケマンチェと竪琴の合奏してもらいたいんだよね」
「「へ」」
「よろしく!」
知り合いは返事も聞かず颯爽と他の人に声を掛けにいった。残されたふたりは呆気に取られて佇んだ。
「ええと......よろしくお願いします?」
「......よろしくお願いします」
これは頻繁に顔を合わせることになりそうだ。面倒くさい、とフェデリカは微笑みの裏で溜息を吐いた。
***
よろしくお願いします、と微笑む令嬢を前にして、1つの肖像画が脳裏に過った。褐色の肌に黒い髪、赤い瞳を持つ男。似ている、と直感した。肌の色と瞳の色を変えただけでは、と思うほどに。
——彼女が、前王朝の血筋なのだろうか。
噂で、彼女が次期王の婚約者だと聞いた。これまで大学という俗世から隔絶された場所にいたために見つからなかったのだろうが、王妃ともなれば大勢の目につく。父の目から逃れることはできないだろう。だが、同様に彼女を殺すことも難しい。ただでさえこの国は砂の皇国現王朝を厭うているのだから。
——僕が彼女のことを言わずにいるうちに王妃になれば、あの男は彼女を殺せなくなる。
父が絶望する顔を思い浮かべ、アーキルは笑みを浮かべた。彼女に怯え、震える姿を考えると、胸が躍った。
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アーキルは微笑みを浮かべてケマンチェを構えた。
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