愛は契約範囲外〈完結〉

伊沙羽 璃衣

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番外編 拝啓クズ疑惑のお父様

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ジュリアマリアと王太子の恋の話。
ジュリアマリア編4話、王太子編4話です。


――――――――


ジュリアマリアは王国東部、デアンジェリス子爵領の小さな家で生まれ育った。母はジュリアマリアを産んでから体を壊してしまって、横になっていることが多かった。それでも体調のいい時は編み物をしたりご飯を作ってくれて、しかも優しくて美人なので、ジュリアマリアは母が大好きだった。父は何の仕事をしているのかよく分からない。他の家のお父さんのように毎朝仕事に行って夜に家に帰ってくるわけじゃなくて、半月くらい帰ってこないこともあるし、ずっと家にいて書類に文字を書いていることもあった。おかげで小さいうちに文字を覚えることはできたのだが、うちはよそと違うらしい、ということもすぐに分かった。文字を知っている子供なんて、他にいなかったから。
それから、時々父の知り合いだというおばさんが来て、礼儀作法やお勉強を教えてくれた。こんなの使わないよ、と唇を尖らせても、賢いと素敵なお嫁さんになれるよ、の言葉に篭絡されて机に向かってしまうのであった。勿論、おばさんが来ないときは元気よく他所の家の子供たちとはしゃぎまわっていた。だって子供だもの。
この段階で薄々、父が貴族とか偉い感じの人で、母が愛人なのでは? という疑念はあった。しかしそれにしては家にいすぎな気もするので、精々男爵とかの次男とか三男坊だろう、などと勝手に思い描いていたのである。

その予想が崩れたのは、14になる前の春のことであった。以前から体調を崩していた母が亡くなり、ジュリアマリアは父に引き取られることになった。ジュリアマリアは母の死を悲しんだが、予期していたことなのであまり引き摺らなかった。笑顔が一番、これが母の教えである。

葬式が終わり、家の整理を始めた段階でようやくジュリアマリアは父の身分を知った。
なんとこの領地を治める子爵であるという。しかも随分前に亡くなった奥さんは辺境伯という上級貴族の娘で、奥さんとの間にひとり、ジュリアマリアよりひとつ年上の娘がいるそうだ。ジュリアマリアはその奥さんとの二番目の娘として、療養から帰ってきたという体で引き取りたいと聞いた時、もしかして父は屑だったのか、と真剣に考えた。

「いやいや、そんなの申し訳なさすぎて無理! 今更家族になるなんて、考えられないし!」
「元々そういう約束でーつまりジュリアを実子として認めてもらう形で結婚したんだ」
「ええ? 愛人とその子供を認めるって? そんなことある?」
「あちらからの申し出だった……事情があるんだよ」

父は微笑んだが、それ以上は教えてくれなかった。もしかして奥さんが何か不祥事とかを起こして嫁ぎ先がなかったのだろうか、とジュリアマリアは悶々と考え込む。

「それにフェデリカは——ジュリアの姉は家督を継ぎたくないから好きにしてくれと言っているんだ。無理強いはしないけど、来て欲しいと思う」
「……あたしが行って、大丈夫なの? あたし、貴族のこと分かってないよ? 礼儀作法とかもなってないだろうし……」
「礼儀作法は大丈夫。子供のうちに習ったでしょう?」
「へ?」
「カーテシーとか」

友達に見せると貴族さまみたーい、素敵、と言われたお辞儀のことか、と思い至るまでに数拍の間があった。

「嘘!? あれなの!?」
「あれだよ。貴族名鑑とか、覚えてもらうことはいっぱいあるけど。少なくとも、下級貴族としての礼儀作法は覚えてもらったつもり」
「なんと……」

衝撃の新事実である。

「……その、フェデリカさん? は家督を継がなくて、だからあたしが必要ってこと?」
「言葉を飾らずに言うのなら、そうだね」
「親戚じゃだめなの? あれでも、お父さん一人っ子だっけ」
「うん。だから、ジュリアの次はジュリアのはとこになるんだけど……その子、ちょっと良くない噂があって位を譲りたくないんだよね」
「あぁ……そうなんだ」
「けれど、貴族になれば色々なことが変わる。街の友達とは会えなくなるし、あまり知らない人と結婚することになるかもしれない」
「嫌なことばっかじゃん……だからお父さん、お母さんと付き合ってたの? 現実逃避でもして」
「違うよ。ただ、好きだったんだ」

父は小さく笑う。

「貴族として、跡取りとして、よくないとは分かっていた。でも、どうしようもなく好きだった。ただ、それだけのことだよ」
「……ふぅん」
「腹芸なんてジュリアは苦手だろうし、領地経営だって大変なことばかりだし、いいことは多分、そんなに多くない」
「お父さんは私のやる気減らしたいの?」
「ちゃんと、選んでもらいたいだけだよ。後戻りはできないから」

思いの外真摯な父の目を見て、ジュリアマリアは唇を引き結ぶ。

「……じゃ、いいことって何?」
「うーん、なんだろうね?」
「へ?」
「いざという時に、大切な人を守れること。領を豊かにして、民の笑顔を見られること。お父さんは、それだけで十分だったからなぁ」

ジュリアマリアは一晩考えて、結論を出した。

「あたし、お屋敷に行く」
「えっ」
「そんなに意外?」
「平民になると言うだろうと思っていたから」
「……確かにその方が楽だろうけどさ。お父さんが見てる景色、あたしも見てみたいなって思ったの」

父は相好を崩した。

「……ありがとう」

善は急げということで、三日後には移動することになった。初めて乗った高そうな馬車は、けれどお尻が痛かった。

「フェデリカは……少しとっつきにくいというか、変わっているというか。まあ、でも、思っているような心配事はないと思うよ」
「泥棒猫、とか身の程知らず!って言われない?」
「言われない......というか、異母妹がいると言った時もそうですか、で終わったから、興味がないと思う」
「あっさり過ぎない!? 逆に怖いよ!?」

戦々恐々としながら屋敷に着いたのだが、肝心の異母姉はいなかった。なんでも勉強するため、早々に貴族学園の寮に戻ったのだという。紹介するって言ったのに、と父は肩を落とし、勉強したいだなんて奇特な方だ、眼鏡でもかけているのかしら、とジュリアマリアの妄想ばかりが膨らんだのであった。
それからというものの、ジュリアマリアは貴族子女に相応しい知識を身につけるため勉強漬けになった。何度貴族名鑑を放り出したいと思ったか知れないが、半年もすれば覚えられた。なんでも貴族学園を卒業したという実績がないと、跡継ぎとして認められにくいらしい。出来れば二年以内に入学してほしい、と言われてジュリアマリアはとても頑張った。

「ー初歩的な知識は身につけたと聞いたよ。入学試験に受かるようになるまで、教材はあと半分くらいだとか」
「頑張ったでしょう?」
「うん。ありがとう、ジュリア」

父に褒められ、ジュリアマリアは胸を張った。

「あとは愛想笑いの練習かな」
「うっ」
「図星だからって顔に出さない」
「うー……」

覚えるのはなんとかなったけれど、表情の管理は苦手だった。つい口が、と頬をつねっていると、父は笑う。

「まぁ、おいおい慣れていくよ。フェデリカに見本を見せてもらえたらいいだろうけれど、なかなか帰ってきてくれないし……」
「学園って、こんなに帰ってこられないものなの? 長期休みがあると聞いたんだけど」
「いや……フェデリカは特殊というか……もうすぐ学園も卒業するし」
「へ?」
「あれ、言ってなかったっけ。貴族学園を3回飛び級して、もうすぐ大学に入るんだよ」
「大学って、勉強するところよね……?」
「そうだよ。物理学を学びたいそうだ」
「ぶつりがくってなに……」
「光の反射とか屈折とか。ちょっとよく分からなかった」

見知らぬ姉、なんかすごそうだ。全然分からないけれど。どんな人なのだろう。
そう尋ねると、父は難しそうな顔をした。

「うん、まぁ、会えば分かるよ」

姉、フェデリカと対面するのは、それから更に半年後の春のことであった。帰るという手紙を受け取り、ジュリアマリアは幾分か緊張した面持ちでその日を待った。

「――ただいま帰りました、お父様」
「おかえり。無事でよかった」

現れた人を見て、ジュリアマリアは息を呑んだ。
とても美しい人だった。ひとつ年上とは思えないくらい、大人びている。白い肌にまっすぐな黒い髪、神秘的な紫の瞳。どこをとっても父にもジュリアマリアにも似たところがない。けれど、肖像画で見た父の奥さんにも似ていない気がする。

「ありがとうございます。そちらがジュリアマリアでしょうか」

表情の浮かばない無機質な瞳に見据えられ、ジュリアマリアは背筋を正した。

「は、初めまして。ジュリアマリアと申します。よろしくお願いいたします」
「長女のフェデリカです。よろしく」

淡々と言い、姉は父に視線を戻す。

「大学入学手続きを進めてくださったと聞きました。ありがとうございます」
「どういたしまして。大学に発つのは、5日後だったかな?」
「はい。急で申し訳ありません」
「構わないよ」

ジュリアマリアは父と姉の間に、言い様のない違和感を覚えた。家族ではないような話し方だ、と思う。

「それでは、失礼致しまー」
「あ、あのっ!」

退出しようとする姉を、咄嗟にジュリアマリアは引き留めた。

「何か?」

無表情の姉に見つめられ、ジュリアマリアは唾を飲み込んだ。

「……ご迷惑でなければ、学園での過ごし方についてご指導いただけないでしょうか。どのようなものか、事前に知っておきたいのです」
「……あまり多くは話せませんが、それでよければ。支度があるので、明後日から三日だけになりますが」
「っ、構いません、ありがとうございます!」

それでは失礼を、と言って今度こそ姉は部屋を出て行った。

「......すっごく綺麗な人。でも奥さんにもお父さんにも似てないね」
「......そうだねえ」

父はそれ以上は何も言わず、笑ってごまかすだけだった。



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