愛は契約範囲外〈完結〉

伊沙羽 璃衣

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番外編 拝啓見ず知らずのお姉様

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「御機嫌よう、ジュリアマリア令嬢」

翌々日、やってきた姉はやはりにこりともしなかった。抑揚のない声で紡がれるせいで、怒っているようにも聞こえる。ジュリアマリアは身を縮こませながら答えた。

「ええと、御機嫌よう、フェデリカ令嬢」
「余計な言葉を挟まない。ええと、あの、その、すべて不要よ」
「は、はい」
「表情を出しすぎよ。常に笑顔を浮かべていなさい」

ジュリアマリアは頑張って口角をあげたが、不自然だと言われた。その日は鏡の前で愛想笑いを浮かべて終わった。

「あ、あの、フェデリカ様」
「あの、という言葉は不要だと言わなかったかしら」
「う、夕ご飯は一緒に食べないんですか!?」

フェデリカは相変わらずの無表情で言った。

「必要性を感じないわ。ではまた明日」

パタン、と扉が閉じられる。ジュリアマリアは唖然としてその背を見送った。

「ねえお父さん、じゃない、お父様、ほんとうはあの人、すっごく怒ってるんじゃないの!?」
「え?」
「夕ご飯を一緒に食べる必要性を感じないって言われた!」
「あぁ......昔から、フェデリカはひとりでご飯を食べていたから。食事の間に会話するということに意味を見出していないんだと思う」
「つまりお父様が放っておいたせいね!?」
「う」
「お父様のバカバカ!」

ジュリアマリアは早々に食堂を飛び出した。食事は満足に食べられていなかったが、怒っていてそれどころではなかったのである。

「御機嫌よう、ジュリアマリア令嬢」
「御機嫌よう、フェデリカ令嬢」
「辛気臭い顔をしてどうなさったの? 私は存じ上げないけれど、この世の終わりでも来るのかしら」
「——ごめんなさいっ!」
「は?」

翌朝、ジュリアマリアは部屋を訪ねてきた姉に対し、勢いよく頭を下げた。

「あたしとお母さんのせいでフェデリカさんがずっとひとりだったって聞きました。ごめんなさ」
「あなたは私の何を知った上でその発言をなさっているのかしら」
「え......」
「一か所から見聞きした情報を鵜呑みにしていては足を掬われるわよ——東の国境を預かる辺境伯家の令嬢が、一子爵家に嫁いでくる必要があった訳も考えられないのかしら?」
「へ」
「今日はそれを調べてきなさい。お父様に聞くのではなく、書物を調べることね。確認が済んだら私の部屋まで来るといいわ」

フェデリカは返事も聞かずに部屋を後にした。

「......辺境伯家の令嬢が、子爵家に嫁いできた理由?」

そんなこと、考えたこともなかった。
ジュリアマリアは急いで図書室に向かった。

「......フェデリカさん」
「あら、もう分かったの」

昼前に姉の部屋を訪れると、姉は驚いたように目を瞠った。初めて見る、姉の人間らしい感情の発露だった。

「間違ってたらごめんなさ」
「事前に予防線を張るのは感心しないわ。いつも自分が正しいのだという顔をしていなさい」
「はい。え、と、ではなく、フェデリカさんのお母さんは、体に怪我とかあって、傷物だったんでしょうか」
「なぜそう思ったの?」
「アンヌンツィアータ辺境伯家は東の国境で砂漠の民と交戦していると本に書いてありました。平民でも、女の人の体に傷があったら嫌がられます。だから身分が低くてもお父さんに嫁ぐしかなかったのかと思いました」
「他には?」
「......体が弱くて子供が産めるか分からなかったから、貴賤結婚を黙っていてやる代わりに嫁がせろ、と言ったのかなと」
「他は?」
「うぇ? えー、ではなく、フェデリカさんのお母さんがお父さんの顔が好きだったとか」
「ふっ」

小さな笑い声に、ジュリアマリアは目を瞠った。

「そうかもしれないわね。実際のところは私も知らないわ。聞いたけれど教えてくださらなかったから。けれどあなたを正妻の子として引き取っている以上、何かしら辺境伯家と子爵家の間に取引があったことは間違いないわね」

ジュリアマリアは黙り込んだ。一番可能性があると思ったことは、流石に口にできなかった。
フェデリカは父親知らずの子で、誤魔化すために父に嫁いできたんじゃないか、なんて。

「物事を多面的に捉えなさい。ひとつの言葉に複数の意味があるものと心得なさい。目の前で笑っている者は、裏であなたをこき下ろしていると思いなさい」
「そ、そんなに疑わなくても」
「あなたの甘さは命取りになる。そのくらい厳重に考えていた方がいいわ」
「わかりました」

ジュリアマリアはもじもじと手を捏ねた。まだ用があるの、と問われ、慌てて部屋を出た。

「......お姉様って呼んでいいですかって、いつ言おう」

好きにすればいいわ、とも、何を馬鹿なことを言っているの? とも言いそうだ。あの冷たい目で言われたらちょっと立ち直るのに時間がかかる。
結局指導中一度も言い出すことが出来ず、フェデリカが大学に行くのを黙って見送ることになったのであった。

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