愛は契約範囲外〈完結〉

伊沙羽 璃衣

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番外編 拝啓そこのお兄さん

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子爵邸に引き取られて早2年、ジュリアマリアは貴族学園への編入試験に合格した。合格通知が届いた日、父は文字通り踊り上がった。涙まで浮かべていたので、余程嬉しいのだろう。ビリにならないように頑張ろう、と心に決めてジュリアマリアは学園に向かった。
貴族学園は王都の一角に位置する。ジュリアマリアにとっては初めての王都で、見る物すべてが真新しかった。新学期まで日があったので、入寮手続きと荷ほどきを終えると、街に繰り出した。貴族子女なら顔を隠すこと!と言われたので、一応上から布をかぶっている。
市場に入って早々、ジュリアマリアはげんなりした。なんといっても人が多い。誰かと一緒に来たらすぐはぐれるだろうと確信をもって言える。

「ちょっと休憩......」

店の脇道に足を踏み入れると、何やら奥の方から声がした。気になって近づいてみると、どうやらカツアゲにあっているらしい。背の高い男4人に囲まれた青年は一言も喋らず、ひどく怯えた様子であった。なんだか可哀想になって、ジュリアマリアは顔にその辺においてあったペンキと泥を塗りたくって布をかぶり直してから声を掛けた。

「おーにいーさん」
「なんだ嬢ちゃん。この兄ちゃんの知り合いか?」
「知り合いっちゃ知り合いなんだけどぉ......この人に絡むの、やめといた方がいいよ?」

ジュリアマリアはわざとらしく首を傾げた。

「はぁ? 何言ってやがる」
「だってさぁ、この男、すっごい厄病神なんだよ。家族はみんなばたばた病気で死ぬし、嫁に迎えようとした女の子は通り魔に刺されて死んだしこの人と仲良くしてた友達のお兄ちゃんは採掘場で埋もれて死んだし果ては通りすがった人でさえころっと死んだっていう、死神なんだよ?」
「は、そんな話信じるわけ」
「ええ、あたしの顔見てもそれ言える?」

布を取っ払うと男たちは悲鳴を上げた。おいそこ、死神(仮)まで情けない声をあげるんじゃない。

「こいつのせいであたし散々だったんだよぉ。ね、どう? あたしのこと買ってくれない?」
「にっ、逃げろ! 魔女だぁああ!」

男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。死神(仮)は尻餅をついたまま動けないらしい。手を差し伸べながら、どっかで見た顔だな、とジュリアマリアは思う。

「あ、あの......その、ありがとう。たすけて、くれたんだよね?」
「なんだ、分かってたんだ」
「さ、流石に分かる......その顔は、大丈夫なのか?」
「あぁこれ? さっき泥とペンキ混ぜて顔に塗ったの。もーほんと最悪だよ。王都初日なのに、もうこれじゃ観光できない」
「すっ、すまない」
「いや別に、あたしが助けようと思って助けたから謝ってもらう必要はないんだけど」
「だ、だが初日なのだろう? 楽しみだっただろうに」
「そりゃあ、まあ」
「済まない.......」

死神(仮)がひどく落ち込んでいるので、ジュリアマリアは明るい声を出した。

「じゃあさ、また今度あたしに街を案内してよ。あんたこの辺の人なんでしょ? おいしいお店とか知ってる?」
「あ、あぁ......少しは」
「じゃあ決まりね。明日の午前中暇?」
「.......予定を開けておく」
「ありがと。じゃ、また明日。このお店の前でいい?」
「あっ、うん.......き、君の名前は?」

ジュリアマリアは振り返り答える。

「ジュリア! あんたは?」
「ぶ、じゃなくてルーノ。ルーノだ」
「ルーノ。いい名前だね!」

ジュリアマリアは急いで寮に戻った。何度も顔を洗ってペンキを落とし、一安心して眠りについたのであった。


***


「おはよー。ごめん待たせた?」
「いっ、いや、今来たところだ」
「そ、よかった。じゃ、案内よろしくルーノ」
「ま、任せてくれ」

ルーノとジュリアマリアはのんびりと街を歩いた。この辺に住んでいる割には、支払いや買い物がへたくそで、ジュリアマリアが代わりにやってあげた。もしかするとこの辺に住んでる貴族のぼんぼんだったかもしれない、と思ったのは3軒目の店の前で小銭をぶちまけた時である。

「てかルーノさ、なんで昨日あんなとこいたわけ?」

ジュリアマリアは揚げたてのパンに齧り付きながら尋ねた。

「......店の前で待っていてくれと言われたんだ」
「はあ? 店の前なんて迷惑でしょ。あぁ、だから奥に行っちゃったの? 路地裏は危ないよ」
「気を抜いていたんだ......」
「ま、そういうこともあるか。無事に会えた?」
「いや。そのまま帰ったそうだ」
「は!? クソ野郎すぎない? 何そいつびっくりなんだけど」
「く、くそ野郎......」
「え、クソ野郎でしょ?.......待って、まさかクソ女? どっちみちクソだから気にしなくていいよ!」
「そ、そうか.......くそか」

ルーノは戸惑ったようにくそ、と呟く。

「他にもくそというのはあるのか?」
「うーん、あたし最近お姉」

まずい、子爵家のことを口外したら父にしばかれてしまう。

「ちゃんみたいに思っている人の旦那さんに隠し子がいるって知ったんだけど、その時は旦那くそだわ~って思ったよね。浮気とか不倫とか最低すぎるし。あとはなんだ、盗みとか陰口」
「さ、最低.......その、浮気というのはどこからが浮気なんだ?」
「そりゃ恋人とか結婚を約束した人がいるのに他の人のこと好きになったら浮気でしょ」
「うっ.......だ、だが、貴族では已むを得ない場合も」
「えーでもさ、できるだけ互いのこと尊重していたいよあたしは。あ、あたしも一応貴族なんだよね」
「はえ」
「まあとにかく、クソはクソだからクソのために悩む必要ないよ。時間が勿体無いし」
「......悩む必要はない、か」
「うん。ま、あたしの考えだけどね」
「いや......いいことを聞いた」
「そ? ならよかった」

ルーノとは昼前に別れ、ジュリアマリアは制服に袖を通し、学園内を探索した。

「明日から授業か~。がんばろっ」

友達作りも授業も、上手くいきますように。
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