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番外編 拝啓王太子殿下
しおりを挟む第5学年から編入ということである程度目立つのはしょうがない、と腹を括ったのはつい一週間前ことである。
しかしながら既にジュリアマリアの心は折れかけていた。
「ちょっとやりすぎじゃないかなぁあの人!?」
デアンジェリス子爵家の、と名乗る度に「あの3回飛び級した伝説の人の妹?」と聞かれる。そして余程頭がいいのかと期待され、そうでもないと分かると人が離れていく。確かに姉は3回も飛び級したらしいけど頭の出来も育ちも違うから賢くはないんだあたしはさー!と何度叫びたくなったことか。
「いや知らんて大学行けるほどの頭はないんよ期待が重いわデアンジェリスの家名そこまであげないでもらっていいかなほんとにさあ」
大学にいるであろう姉に向けてぶつぶつと文句を垂れる。
「こちとら授業ついていくだけで精一杯だし課題はたくさんあるし校内は広すぎて迷子になりそうになるし誰が誰かかろうじてわかるけど思い出すのに時間かかるしそんな万能じゃないんだよもー!」
中庭でお昼ご飯を片手に口を尖らせる。入学から早一週間、今の所ぼっち確定である。
不意に向こう側の回廊に賑やかな集団を認めた。人が群がっている。なんであろうかと近づいてみると、カヴァリエリ令嬢、トリプーツィオ令息、お似合い、という単語を拾った。
——ええと、カヴァリエリ令嬢は王太子さまの婚約者で、トリプーツィオ令息は宰相家の方だよね? 婚約者もいたはず......お似合いってどゆこと?
ちらりと見えた輪の中央、カヴァリエリ令嬢は周囲を嗜めているが、その顔に浮かんだ笑みは隠しきれていない。
——浮気かぁ、王太子さまもかわいそ。
王太子、という単語と同時に、これだけは忘れるな!!と父に念を押された人の顔が頭に浮かんだ。茶色の髪に青色の瞳、失礼ながらその辺によくいそうな顔立ちだなぁと思ったことを覚えている。
——あそっか、ルーノは王太子さまに似てるのか。
ジュリアマリアは足を止めた。王太子の名前は、確かブルーノである。
「……いやいやいやいやい、そんなまさかね」
髪色も茶色じゃなくて黒かったし、とジュリアマリアは己に言い聞かせる。その背にツーっと冷や汗が流れた。
***
無差別に、と言いつつ実際はある程度爵位と成績を鑑みたクラス分けである。ジュリアマリアは1か月もする頃にはなんとかクラスメイトの中に友人を作ることが出来た。身分に分け隔てなく、と謳われてはいるが、卒業が近づく第五学年ともなれば同じ家格の子女同士でしか話をすることもない。昼ごはんも同じ子爵家の令嬢と食べることが多かったのだが、彼女は一週間に一度は必ず婚約者とご飯を食べるので、ぼっちの日もあった。
その日もジュリアマリアはひとりで中庭のベンチに座りサンドイッチを食べていた。
「あたしも婚約者作らないとなー」
何しろジュリアマリアは既に16。跡取り娘以外の貴族子女の中には、既に結婚して学園を退学している者もいる。
「まあ見つからないんですけどね......」
弱小とはいえ子爵家の婿、位を継ぐことができない下級貴族の次男や三男には美味しい地位である。これまでもさりげなく近づいてくる者がいたが、笑顔の下の欲望があまりにも分かりやすくて、婚約者候補から除外している。ジュリアマリアと父の考えとしては、ある程度信頼が置ける者がいい。何しろ母親の身分を偽っている訳だから、もしバレた際に貴賤結婚だと裁判所に訴えられたら困る。もし秘密を知っても、ジュリアマリアといずれ生まれてくるであろう子供を大切にしてくれるような人が望ましい。
「どっかから降ってこないかなー。できたらイケメン」
欲望を混ぜつつ呟き、ジュリアマリアは中庭を後にした。お喋りをしながらのんびり昼ご飯を食べる貴族子女向けに、昼休みは長めに設定されている。友人と一緒の時はそれで構わないのだが、ひとりだとどうしても時間を持て余す。ぼーっとしているのも性に合わないので、図書館で授業の予習をするか物語を読むのが日課になっていた。昼時は人も少なく穴場なのである。
「何読もうかな~」
貴族学園の図書室は広い。実用書から哲学書、物語まで幅広く沢山の書物が収められている。物語の背表紙を見ながら横歩きをしていたジュリアマリアは、角でぶつかり体勢を崩した。
「す、すまない。大丈夫か?」
「あた、私こそ余所見しててすみませ——」
顔を上げて、ジュリアマリアは目を丸くした。
髪色は違う、けれどその顔は確かにルーノである。
尚且つ、貴族名鑑でいの一番に出てくる王太子とそっくりである。
謝罪をしなければ、と思うよりも先に口が動いた。
「......なんであんなチンピラにカツアゲされてたの?」
口にしてから青ざめた。勢いよく頭を下げる。
「もっ、申し訳ございませ——」
「......嫌がらせに遭って。その、久しぶり」
「は? 王太子殿下に嫌がらせ? 馬鹿なの?」
誰かこの口を縫い合わせてくれないだろうか、とジュリアマリアは真剣に思った。考えるよりも先に言葉が出てしまう。
ルーノこと王太子は困ったような笑みを浮かべていた。
「あー、うん。多分、そうなんだと思う」
「いや認めるんですか」
「君が言うところのクソの仕業だからね」
「あの、是非お忘れになってください」
「嫌だよ」
そんな眩しい笑みで嫌だなんて言わないでほしい。
「改めて、君の名前を聞いても?」
「デアンジェリス子爵が次女、ジュリアマリア・ナーディア・ディ・デアンジェリスと申します。王国の若き太陽、王太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく」
「王太子、ブルーノ・トビア・ディ・ラヴィトラーノだ。その節は世話になった」
「とんでもありません」
ふたりは顔を見合わせ、
「まさか王太子殿下が小銭をぶちまけていたとは」
「君こそ、顔にペンキを塗りたくってたじゃないか」
どちらからともなく噴き出した。
「あちがとう、デアンジェリス令嬢。君と話したおかげで随分心が軽くなったよ」
「お役に立ててよかったです」
「また、機会があれば話そう」
「嬉しいお言葉です」
ジュリアマリアは笑いながら一礼する。
後に世紀の大恋愛として名を馳せるふたりの、まだ恋にならないある日のことであった。
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