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番外編 元王太子の幼少期
しおりを挟む「ブルーノ。そなたは王にならなければならぬ。誰よりも強く、誰よりも賢く、誰にも負けることのない王に」
あの日から繰り返し聞かされ続けた言葉が、呪いのようにブルーノを蝕んでいる。
***
ブルーノ・トビア・デ・ラヴィトラーノはカルロ五世の長男として生を受けた。父と母は子供の目から見ても仲睦まじく、ブルーノは目一杯愛を注がれていた。
「こら、勝手に部屋を出ちゃだめだぞ!」
「やだー! そといくー!」「いくー!」
「まだ危ないからだめ!」
「にいさまずるーい!」「ずるーい!」
「王女殿下も王子殿下と同じくらいの年になったらたくさん外で遊べますよ」
「ほんと!?」「うそじゃない!?」
「ほんとです」
3歳年下の双子の妹や、2歳年上の乳母子と遊ぶ日々は楽しさに溢れていた。双子は赤ん坊の頃からやんちゃで、目を離すとすぐに脱走しようとするのが悩みの種だった。
「じゃー、にーさま、あそんで!」「あそんであそんで!」
「わかった。何をして遊ぼうか?」
「おにんぎょうさん!」「おうまさん!」
同時に違う遊びを口にした双子は顔を見合わせ唇を尖らせる。
「おにんぎょうさんであそぶの!」「いや! おうまさん!」
「ふたりとも落ち着いて......」
「「にーさましずかにして!」」
「あ、はい......」
ブルーノが落ち込んでいると、不意に扉が開く音がした。
「――どうしたの?」
「叔父上!」
「「おじさま!」」
顔を覗かせたのは、8歳年上の叔父、レナートだった。年の差が近いため、兄弟のように育った。なんでも器用にこなしてしまう叔父はブルーノにとって憧れで、双子が生まれる前は雛鳥のように叔父について回っていたものである。
「わたしおにんぎょうさんであそびたいの!」「あたしはおうまさんがいいの!」
「そうか。じゃあ、最初にお人形さん遊びをして、終わったらお馬さんごっこをしようか」
「「おじさまてんさい!」」
「はは、ありがとう。さて、何の人形を使おうか?」
双子は競うようにしておもちゃ箱に走る。ブルーノは感心して叔父を見つめた。
「叔父上はふたりを宥めるのが上手ですね」
「ブルーノが小さい時によく宥めていたからね」
「うう」
おむつも替えてくれたという叔父に、ブルーノは頭が上がらない。
「ブルーノもすぐに慣れるよ」
「そうだといいのですが」
双子が元気よく駆けてくる。止まらずに突撃を食らい、ブルーノが倒れ込むまであと数秒であった。
***
「お初お目にかかります。ヴェロニカ・アデリーナ・ディ・カヴァリエリと申します。王国の若き太陽におかれましては、ご機嫌麗しく」
「王太子、ブルーノ・トビア・ディ。ラヴィトラーノです。カヴァリエリ令嬢、よろしく」
ブルーノとカヴァリエリ侯爵家令嬢、ヴェロニカの婚約が結ばれたのはブルーノが8歳になる頃だった。カヴァリエリ侯爵領は豊富な鉱山を有しており、財産も豊富。加えて多産の家系である。令嬢は幼いうちから才媛と名高く、政治的な打算だけで結ばれた婚約であった。
令嬢は燃えるような赤色の髪に琥珀色の瞳を持つ、綺麗な子供だった。一目で心奪われる、といったことはなかったが、この子がお嫁さんになるのか、と嬉しく思った。両親のように仲のいい夫婦になれるのでは、とわくわくした。
「カヴァリエリ令嬢は何をするのがお好きですか?」
「読書を好んでおります」
「どんな本がお好きですか?」
「物語が好きです」
「いいですね。僕も好きです」
「さようでございますか」
「最近は何の本を読みましたか?」
会話は基本的にブルーノが質問して、カヴァリエリ令嬢が答えるという形だった。顔合わせから何度話をしても、一度としてカヴァリエリ令嬢がブルーノに質問を投げることはなかった。質問が出尽くすと、次第にお茶会の間沈黙の時間が多くなっていった。
「カヴァリエリ令嬢は僕のこと好きじゃないのかなぁ」
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「そうだよねぇ」
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「努力って、どんな?」
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「うーん、ご令嬢はとても頭がいいと聞きますから、殿下ももっと賢くなるとか」
「うっ.......頑張ろうかな」
一層勉学に精を出し始めた矢先、吉報があった。
「ご懐妊ですか?」
「ええ。あなたたちに妹か弟ができるのよ」
「やったー! あたしたちお姉様よ!」「嬉しい! いっぱい可愛がるわ!」
「ふふ、頼りにしているわね。ブルーノも、よろしくね」
「「はーい!」」「はい!」
「余は頼りにならないのか、ロザリア」
「まあ、陛下ったら。勿論頼りにしておりますわ」
「きゃー、らぶらぶ!」「こういうのをぞっこんって言うんですって!」
「違うぞふたりとも。お父様とお母様は相思相愛なんだ!」
ブルーノが9歳を迎える少し前のこと、母妃の懐妊が判明したのである。双子はとても喜び、まだ見ぬ弟妹への品を父母と共に頭を悩ませながら選んでいた。勿論ブルーノも参加し、あーでもないこーでもないと言い合った。
しかし、すぐに母妃の悪阻が始まった。食べても吐いてしまうという日が続いた。父王は母妃のため滋養にいいものを取り寄せたり、食べやすいような工夫をするよう料理人に命じていたけれど、母妃はなかなか物を食べられなかった。ブルーノと双子は見る見る痩せ細っていく母妃を心配し、傍らに張り付くようになった。
「え? 双子が?」
「はい。元気よく出て行かれました」
「全く、母上に怒られるぞ」
乳母子から双子が庭園に飛び出していったと聞き、ブルーノは呆れてペンを止めた。今の時間は王子王女は勉強の時間のはずである。
「オレンジなら食べられるかも、と仰っていたので、木登りをされるのではないかと」
「あぁ、確かに。母上はオレンジがお好きだしな。一区切りついたら、僕も母上のところに行く」
「畏まりました」
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「アンジェリカ、アナスタジア!」
叫びながら輪の中に入り、ブルーノは絶句した。
「アンジェ......? アナ......?」
アンジェリカの肩はあらぬ方向に曲がり、その上に折り重なるようにして倒れたアナスタジアの体はぴくりとも動かない。
ブルーノは絶叫した。
双子は既に、亡くなっていた。
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